連勝の落とし穴
翌朝から街は平穏な立ち上がりの月曜日を
迎えていた。ここには満員電車も長距離通勤も
無い。相手に負けない気持ちは多分にあるが、
おせっかいな国民性あるので、人は増えても
行きかう人たちは笑顔だった。
そんな街を眺めつつ、朝食後の一杯を
楽しんでいた。女性陣は食事が終わって
暫く話した後、新学期の準備などで急いで
出て行った。街でも子供達が賑やかだ。
「陛下、宜しいでしょうか」
イシズエが入ってくる。
朝の会議が始まる時間だ。
俺としては皆も忙しいだろうから、
朝はもう少しゆっくりでも
構わないと言ったが、
国民より少し前に動いてこそ
みたいなものが重臣にはあるようだ。
早速今週の予定について話す。
方針としてはいつでも出陣が出来るよう、
武官には練兵や戦術について詰めの作業を、
文官たちには統治後の運用や人事について、
イシズエたちには兵糧と兵馬の準備と管理を
して欲しいと告げる。
次にオンルリオの現場復帰について
当面はトロワを補佐に付け、
その復帰振りを見て順調ならそのまま元の
仕事に従事させると告げる。
これについては異論というか慎重論が
多く出ていた。疑うよりその精神面を
心配する声が多かった。俺としては
本人が乗り越えるしかないと思っている事や、
本人が申し出てきたので出来る限り
意向に沿ってやりたいと告げた。
一度の失敗は軍を統率し攻め入るという
部分で起きていた。更にそこには
こちらにも探り足りない部分もあり、
それまで評価を得てきていた部分ではない。
これに関して大部分が賛成であったものの、
やはりオンルリオのみが過分に許されている
という意見もある。
そこで戦闘での怪我をしたものなどの
ケアを充実させようという意見を出す。
今のところ我が国では人が余っているなどと
言う事は無い。どこも人が欲しい。
その場所で優秀な人材であれば、
足が悪かったり怪我で腕が動かせなかったり、
はたまた人付き合いが悪かったりしても
問題ない。そう言った部分の再起用先を
見つける為の相談部門も設ける事にした。
「陛下、昼食後から面会の申し入れが
始まります。資料をお渡ししておきますので、
昼食後、くれぐれも昼食後に目を通してください」
相談部門の人選や予算組み。
ナルヴィの報告やアインスの報告、
ウルシカとリクトの諜報活動の取っ掛かりの報告、
法改正や新しい税制などは
後日書類に起こし再精査するものは精査することで
午前の会議は終わった。
終わった後ナルヴィから渡された資料を
取り合えず引き出しに仕舞い皆との昼食の為に
中庭に向かう。
俺は朝から畜産局を除いて鍛錬をし
朝食を取っているが、合間合間に声を
掛けられそのまま仕事を処理していた。
が、そうなると早いもの順になって、
一時期俺のおやすみからおはようまで
廊下で待つものが居た。
親衛隊からの抗議や他の重臣からの
抗議もあって、皆が仕事で俺を
訪ねてきても良い時間というのを
定めている。
それが月曜の午後。
「皆一堂に集めよ」
俺は昼食後一息ついた後、
面会者を一堂に集めた。
この時期だからしょうがないが、
皆トウシンの攻略についての
話ばかりが目立った。
一堂に会した面会者は、
内政官だけでなく、武官文官から
諜報部門など幅広く集まっている。
「皆に問いたいのは、トウシン以前の
東の領土についてまるで通り道のような
そんな意識でいるように思うがどうか」
その俺の言葉にざわつく一同。
暫くして一番の問題はトウシンであり、
そこを押さえる事が重要だと言う
意見が大半を占めた。
そしてその大半は食料の取引を止める
という方法は違えど結果は同じ
意見だった。
「セイヨウの失敗、ホクリョウの手間取り、
これらを加味すれば我らが余裕で居られる
理由は無い。また食料の取引を止めるなど
最後の手段だ。俺としてはそんな安易な策を
聞く為に時間を割きたくはない」
俺の言葉に押し黙る一同。
本来なら事前に潰されるような案件だったが、
現状を知る上で必要であれば
そういった者達も通すよう伝えていた。
楽勝ムードか……この次は贈収賄問題かな?
更に行けば内通者から相手国を手引きしかねない。
「ですが陛下、あるものは使い被害を最小限に
食い止めるのは世の常ではありませんか?
恵まれた我らが悪いように陛下はおっしゃる」
その言葉に視線を向けると、内政官のジグムという
青白く痩せこけた背の高い巨人族の男だった。
「被害を最小限……?
どういう発想で最小限に至ったのか教えてくれ。
まさか少し食料の取引を止めただけで、
相手が降参又は内乱でも起こしてくれると?」
「まさかその様な事は。その間に諜報部門にも
協力してもらい、内応の仕掛けをするなど」
「貝は一度口を閉じれば開くまで時間が掛かる。
トウシンは蓄えもまだあり、尚且つ円滑に
取引しつつもこちらの生産体制に目を向けている。
あの国の国民からすればこちらは格下。
それが使者にも現れていたし、
未だに取引では強く出てくる。
内応に期待するのは辛いと思うがな」
「そこで我らの兵を」
「どうやって? 東の領土がすんなり手に入るとして
そこから統治をする。そこがおざなりになれば、
一気にひっくり返される。足場がぬかるみでは
歩く事すらおぼつかなく、下手をすれば首を取られるぞ?
その為に東の領土を確実に押さえ、
且つ統治した上でトウシンに目を向ける。
そこまでセットなら個別に会いもしたが、
重臣が考えるから目の前の事は任せて
自分達はその後を考えるなど、実に失礼ではないか?
言われた事をしているだけで、その意味や内容を見ないのは
随分勿体無いと思うがな」
それから場は静まり返り、俺が席を立つ事で解散と
なった。
「あんなものか」
「陛下の御威容が強すぎるきらいはありますが、
良い引き締めになったように思います」
「ジグムが整理してて必要がありそうな
人間はあんなもんか?」
「はい。皆上官ですので、考えが部下に
及んでも困りますし」
俺はバルコニーで用意されたお茶を、
先ほどの面会者の中に居たジグムと
飲みながら休憩していた。
「ジグム、体の調子はどうだ」
「はい、陛下のお陰で家族共々
体調は日に日に良くなっております」
「それは何より。確実に体が良くなる
薬や方法というものが無くて、手探りで
申し訳ないが」
「いいえいいえ決して。陛下が救って下さらねば、
我が家族は子に至るまで
死を迎えるしか御座いませんでした」
「カイヨウでは中々難しいだろうな。
病を抱えたまま生きるには」
「この大地で生きる者全てそうではありますが、
どうも我が一族は元々潮風に弱い体質のようで」
「海産物も苦手ではな……。まぁ縁があった
という事だろう。嫌な仕事をしてもらってすまないが、
とても助かっている」
「この非才病弱な我が身が陛下の為に
働ける、という事はこの上ない喜びです。
寝ているだけで良くはなりませんし、
心が強いだけが取り柄ですので」
ジグムはこの国に家族共々働き口を
探しに来て軍に所属したものの持たず、
他でも駄目で路頭に迷う寸前だった所を、
俺と出会って起用した。ナルヴィに付けて
メキメキ頭角を現し、ウルシカの次官として
今は辣腕を振るっている。
それとは別に面会の人選なども担当させている。
何れ人事部門を任せて見ようとも思っていた。
「有難い事だ。そのお陰でこの身で知れたが、
やはり少し緩んだ気を引き締める為に、
何か策を考えないとな」
「やはりそれには例の処分をされては如何かと」




