それぞれの戦い4
リードルシュとダンディスがレッサーデーモンを退けた頃、
広間では姫とファニーが、カースドラゴンと対峙していた。
姫も己と向き合う事になる。
広間では黒い竜が退屈そうに尻尾で攻撃しながら、
城を壊していた。
姫とファニーはそれを避けつつ攻撃を加える。
だが決定打に欠けた。
竜槍は鱗に傷を付けたが、かすり傷だった。
「おいおい、暇すぎるな。お前達やる気があるのか?」
カースドラゴンはわざと尻尾を広間に垂らして
攻撃し易いようにし、挑発する。
「はぁっ!」
姫は竜槍を振るい、尻尾を斬ろうとするが、
やはりかすり傷だった。
「竜の吐息」
その傷口にねじ込まんと、ファニーは炎を口から吐く。
「マジかよ」
カースドラゴンは退屈さにあくびが出ていた。
結果炎は効果なく、かすり傷が残るのみだった。
回復していないのが救いと言えなくもない。
「あんまのんびりやってると、傷が回復しちまうんだが」
カースドラゴンは眠たそうな眼をしてそう二人に告げる。
事実カースドラゴンはほぼダメージを受けていない上に、
実力の一分も出していなかった。
「体面を気にしなくても済むように、あの王様が邪魔者を一掃したじゃないか。何で竜に戻るのを躊躇うのかねぇ」
カースドラゴンはファニーにそう語りかける。
カースドラゴンとしては、強い竜と戦いたかったのだ。
だからこそ呼び出しに応じたと言うのに。
実に退屈だ。
そう思っていた。
「黙れ。貴様など、我が竜槍の錆にしてくれる」
「いやもう飽きたんだよアンタのチクチクには」
そうカースドラゴンは言うと、姫を尻尾で薙ぎ飛ばした。
城壁に打ちつけられ、姫は薄れ行く意識の中で
悔しさが身を焦がした。
生まれて記憶がある時には、祖父によって手解きを受けていた。
薄らとした記憶の中に、誰かが居た気がしたが、思いだせない。
剣を使わせても一流、槍を使わせても一流。
そして軍を率い、国を導いた祖父を尊敬していた。
そんな祖父になりたくて、偶にしか受けられない手解きの時は、
絶えず練習していた槍捌きを存分に振るった。
記憶の中の祖父は笑顔だった。
自分の成長をとても喜んでくれていた。
女だてらに槍を振るう姿は勇ましいと褒めてくれた。
王とは、民を護り、民を導く為に強く在らねばならない。
その祖父の言葉を一日として忘れた事は無い。
父と初めて会ったのは、祖父が亡くなった後、
初陣の時だった。
祖父の言っていた言葉に相反する姿に、ジレンマを感じていた。
これが王の姿なのかと。
それでも父だから、自分が亡くなった祖父の分まで奮闘し、
国を、民を護らねばならないと戦った。
誰よりも先陣を駆け、死地に置いては殿を務め、
誰よりも傷つき倒れず、兵を奮い立たせた。
父から出た言葉で感激を受けた事は無い。
心から喜んでいない事が伝わる。
自分は本当は実の子では無いのではないかと思った事もあった。
祖父の笑顔と言葉だけが、自分を支えていた。
父に生贄をやめようと進言した事もあった。
だが、祖父から続いている事だと言われたら、
黙るしかなかった。
だけどずっと苦しかった。
護るべき民を生贄に捧げ、自らは安穏として過ごすなど、
ずっとずっと身を焼かれる思いだった。
そんな時に竜と生贄が逃げた事を聞かされ、
内心嬉しかった。
そして悔しかった。
自分がしたかった事を、先にされてしまった。
民を救ったのは、弱そうな冒険者だった。
自分は本当は強くない。
ただ見たくないものから眼をそらしていただけに過ぎない。
その冒険者と対した時に、
魔族と戦った時に、
変わり果てた父と対した時に
思い知らされた。
何と言う無様。
自分が強かったのも、祖父が強かったのも
魔族の血が流れていた故だったのだ。
それでも国を護り、民を護る姿は王だと信じた。
そもそも王とは、王族に生まれれば何れなれるものだと
信じていたのではないか。
自分が王族で無ければ、志があっても一軍を率いる事すら
出来なかったのではないか。
民を喰い、自らの欲望に身を任せた父は王族だから成せたのだ。
民ならこんな事は出来ない。
権力を持つと言う事は、自分を律しなければならない。
自分は、私はそれが出来ていたのか。
王族と言う地位に甘んじ偉そうに
自己犠牲に、自己陶酔に浸っていただけではないのか。
ああ、何も見えない……。
――勇ましいき姫君は、頭の中は夢見る乙女なんだな――
そうだ。その通りだ。
――生贄をささげる事が使命で、国の基盤とし続けるなら――
何れ滅びる定めだったのだ。
――竜に頼り竜の所為にして逃げる統治者を誰が望む?――
呆れるな。
――互いが互いを陥れ生贄としようとする国のどこに魅力がある?――
全く無い。だから滅びる。
相対した弱そうな冒険者が言った事は一々心に刺さった。
そしてそれが今この事態を招いたのだ。
コウ殿。
――姫、アンタが真に国を思うなら――
あの時は立ち向かうように叱責された言葉も、
共に戦っている今なら、コウ殿の厳しくも優しい激励に聞こえた。
そう私は立たなければならない。
王族に甘んじ自己陶酔をしていただけでは終われない。
祖父が愛した国を、兵士と共に戦った日々を、
全て無に帰さない為に、私は今こそ立たなければならない。
祖父から巣立ち、両の足で立たなければ。
こんな所でぐずぐずしていられない。
罪を犯したのが父ならば、落とし前をつけるなら
それは自分で無ければならない。
一番肝心な所を、民に任せたまま己を攻め絶望する訳には
もういかない。
真実を見つめ、誤りを正し、立つんだ。
あの方が、コウ殿が待っている!
「黙れ雑魚……。私はもう屈しない。眼を背けない。私は弱い。だが民の前では、あの方の前では自らを律し隣に居続ける!その為に貴様などに構う暇はない!」
姫は竜槍を支えに立ちあがる。
その瞳は炎を宿していた。
「へぇどれだけやれるものかね」
カースドラゴンはつまらなそうにその姿を見ていた。
だが次の瞬間、その尻尾の先は落ちていた。
鋭い一撃が斬り落としたのだ。
「人間……貴様……」
カースドラゴンは瞳孔を開き、姫に飛びかかる。
姫はそれに対して突っ込んで行く。
逃げずに、一歩でも前へ!
動きを良く見てかいくぐり、腹へ竜槍を突き立てる。
「馬鹿な!?何故こんな力が……」
「お前は竜だから強い。だが真実から逃げないと決めた私の敵では無い!」
カースドラゴンは憎むように姫を見つめ、
幻のように消えて行った。
「姫、よくぞ一度で急所を貫いたな」
ファニーが駆け寄り肩を貸す。
「解りません。ただただ夢中で」
「姫の一念見せてもらった。姫のお陰で我は力を温存できた」
「コウ殿の所へ急ぎましょう」
「ああ、急がねばな。我ら全員の力が必要になる。敵は一人では無い」
「え?」
「何れ解る。我ら全てが見落としている点を」
ファニーは意味深な言葉を告げつつ、姫を抱えて王座の間へと急ぐ。
ファニーが告げた、敵は一人では無い。
全てが見落としている点とは!?




