信じるものと生きること
それからイシズエとナルヴィと
戦略について会議に入った。
表向きはこちらの勝ちだが、
内容は完敗だ。
だが焦って取り戻すことも無い。
起きた事は起きた事として、
これから先先手を取られないよう、
迅速に動くのが肝要だという意見で一致を見る。
イシズエは残り二つの領地についても
調べてくれ、戦術のベースを作成してくれていた。
ナルヴィはユズヲノさんと相談し、
第二陣の人員を選出してくれている。
「明日打って出る」
その言葉にイシズエとナルヴィは頷く。
見た目的には勢いに乗って、という風に見えるが、
実際はセンリュウとヤマナワから
情報が漏れた事を想定し、それに呼応して
動かれないよう、北を攻めるのだ。
北を押さえればアーサーたちが呼応して
アシンバのフロストを、フリッグさんの
国を攻撃しようとした際に、漁夫の利を見込める。
その為に直ぐ動いて足場を固める。
「で、アシンバのフロスト出身の組合はどうか」
「それが……」
思わしくないのはフリッグさんに相手が代わった
事もあり想定していたが、更に不味い。
簡単に言えばフリッグさんは自身の神性を利用して、
信仰心を山の民に植え付ける為に、奇跡という
トリックを使い見せた。それは巨人族が以前使っていて、
今は使えなくなっている呪術を使って見せ、
更に山の民のみに使えるようにしていたのだ。
アーサーもある意味信仰みたいなもんだが、
マジの信仰が来た。それこそ教義には
終末論でも載ってるのかね。
「どうされます?」
「アシンバは?」
「離脱したい者はするよう促しているようです。
この影響で食べ物なども流れるでしょうし、
影響を考えますと難しいですね」
「まぁタネは強引な捻じ込みだろうけど、
効果は凄まじいものがあるな」
「あまり時間を掛けますと、信仰が伝染しますな」
「そうでしょうな。ただ座して祈るだけでは
元の木阿弥になってしまいます」
「それだけなら良いが、信仰を盾にこっちの
物を差し出すよう要求してくる可能性がある」
攻略法としては勿論種明かしは効果がある。
だが時間が経った信仰は根強く人を蝕む。
それが例え偽者だとしても、他の無関係な
善良な人に被害を出したとしても、
消えずにいつまでも残る。そこに正義も悪も無い。
いや在るとすれば信仰をしているかしていないかだ。
「信仰するのは構わないが、それを強要したり、
何かの代償に信仰を促すのは良くないな。
というかそういうのは巨人族は懲りてると思ったがね」
「はい……ですがそれを上回るものがあるのでは、と」
「ある種強制的な何か、か。
後気になるのはウルシカのフロストだ。
あっちはどうなっている?」
「それが、相変わらず良く見えません。
取引に影響は全く無く、さりとて警戒を解いても居ません。
あくまで静観を決め込むような感じです」
「ただアシンバのフロストの動きはどこも見逃せないだろう?」
「はい。そこも注視していかなくてはなりません」
「まぁ今は一刻も早く俺の領地を平定して、
他の三国に備えないとな」
「確かに。ただし他の国にも同じことは言えましょう」
「内政が充実している点でアドバンテージはあるが、
状況は変わらず、か。いやはや参った参った」
俺は頭の後ろで手を組んで、椅子に寄りかかる。
三国共に領内の統一と沈静がスタートラインだ。
ここで出遅れれば基盤が揺れて後手を取る事になる。
アーサーの余裕、フリッグさんの戦略、
そして謎のウルシカのフロスト。
考えても仕方の無い事だが、頭の片隅においておかないと。
「先ずはこちらが動こう。明日出陣の通達をしてくれ。
先方はノウセス、後続に俺の部隊。全部で一千。
戦略は領内平定と沈静、戦術は確固撃破。
詳細はその都度修正だ」
「はっ!」
「そのように進めます」
「では少しだけ寝かせてもらう。
頭が鈍いと後れを取る」
「是非その様に。我々にも仕事を頂きませんと」
「そうです。生憎あのような輩の相手をしていて、
通常の仕事が如何に有難いか身に沁みました……」
「イシズエは心底参ったらしいな」
「ええ。話が通じないというのがああも苦痛を与えてくるとは。
我が身を振り返り今後気をつけようと思った次第で」
「そういう事ならヨウトやオンルリオと組ませるのも
宜しいかもしれませんな」
「おいおい本気で編成するつもりか!?」
俺がそう突っ込むと、笑いが起こりそれが収まると
解散した。その後ベッドまで何とか辿り着くと、
あっという間に夢の中だった。
夢を見る事も無く、自然と目が開いた。
周りを見ると、恵理やリムン、エメさんが居る。
俺はよく起きなかったな、と思う。
いつのまにか着替えさせられてるし、
体も拭かれたような感じだ。
「げっ!」
部屋からこっそり出ると、
目の前に正座をして槍を地面に置いた
目つきの悪い青い鎧に細身を覆う巨人族が居た。
「起きられたか! 王!」
耳がキーンてなるレベルの大声に耳を塞ぐ。
「お前何処から入ってきた!」
「何処も何も正面だ! 俺は逃げも隠れもしない!」
そういう問題ではない。何ですんなり入ってきてんだ。
うちの守備兵はどうなってるんだ。ざるか? ざるなのか?
「前も言った様に俺は戦場でならどんな手も使うが、
それ以外で卑怯なまねをする事はない。
ましてや正面切って競いたい相手を騙し討ちなど言語道断!」
「うるさいからー。ちょっと声のトーン落とせって」
「うむ! 王がそういうならそうしよう!
それより王よ!」
「それよりって……しかも微塵も話聞いてないだろお前」
「朝食はまだか!」
「ボケ老人かお前は!」
「まだ食っていない!」
「まだ朝食じゃないしお前は敵なの!」
「む! なるほど働かざるもの食うべからずだな!
わかる!」
「分かってなーい!」
軽く頭を叩いたが、笑顔で豪快に笑うのみだ。
ホントになんでこいつだけ残ってるんだ。
追い返せよこんな堂々としたスパイ他におらんぞ。
「こっちは難しい問題で頭が痛いのに……」
「何の話だ!?」
「時にお前に尋ねるが、神の教えが自滅だとして、
お前はそれを信じ他人に強制し滅ぶか?」
「よく分からんが、自分が勝手に信じてるものを
他人に強制する時点でもう可笑しいと思うが。
人は生きる為に、何れ死ぬとしてもこの時を
全力で生きている。誰かの為や何かの為じゃない。
己自身のために生きている。
滅ぶなら自分らしく突っ走って滅ぶ。」
「なるほどな。カイヨウでは皆そうなのか?」
「無論。貧しく満たされる事が無いのは、
五歳にもなれば悟る。我々は信仰が救ってくれない事を
一番身に沁みて分かっている。
信じるのは己のみ。それしか余裕が無いのでな」
そうか、なるほどな。確かに言われて見ればその通り。
生きる事に必死なのに足を止めて祈る暇があるかって
ことだわな。殉教を気軽に成せると考えるのは、
飢餓で死と隣り合わせの人々にとっては笑い話なのかも
知れない。
「王様は難しく考えすぎではないか?
生きるのが嫌なら一人で死ねばいい。
生まれて始まったのなら何れ死ぬ。
そのゴールに向かってどうするか人其々だ。
ただ無駄に過ごすほど命に時間は無い。
それが分かっていれば全力で走るだろう。
ましてや食うものも限りがあるこの大地では尚更だ。
祈る時間があるなら動いて飯を食う!」
これは参ったな……。見透かされた気持ちだ。
「分かった。なら少し付き合え」
「おう!」
「……何にとは聞かんのか?」
「特に!」
まったく武人然とした奴だ。




