それぞれの戦い3
ダンディスが追いつめたレッサーデーモンは、
仰向けになるリードルシュの元へ行く。
リードルシュはダンディスと
レッサーデーモンの戦いを、
仰向けになりながら聞いていた。
戦場で間近に神狼の戦う音が聞けるとは、
感慨深いと思っていた。
エルフの里の中でもリードルシュの家は、
伝統を重んじ、里の中核を成す家だった。
小さい頃から何不自由なく暮らし、
家庭も問題無かった。
すくすくと育ってきたリードルシュは、
当然のように家を継ぐものだと思っていた。
そんなある日の事、
エルフの里に迷い込んできたドワーフがいた。
里で協議をする間、リードルシュの家で
監視される事になった。
そこでリードルシュは外界と
初めて触れる事になる。
工房を見せてほしいと頼まれ、
自分の家の工房を見せると、
一宿一飯の恩義だとして、剣を作り始めた。
その何かが乗り移ったかのような姿に、
若いリードルシュは魅せられた。
伝統を重んじそれを護る事のみに
注力している一族。
その姿にこのドワーフのような姿を
見る事は無かった。
リードルシュの同族を見る目が変わった。
護るのがダメではないが、
どこか懸命さを伝統の維持のみに
傾ける一族は先があるのだろうかと。
暫くしてドワーフの放逐が決まる。
ドワーフとしても異存は無かった。
リードルシュは、是非同行させてほしいと
頼むも断られる。
自分の技術は普通の技術で、
教えるほどのものではない。
今日まで見ていたお前なら、
自分で出来るだろう、と。
ドワーフはそう言い残して去って行った。
それからリードルシュは親の目を
逃れて鍛冶に打ち込む。
レイピアから始まり、剣へと移るのに
時間はかからなかった。
鉱石集めに里を抜け出す事も多くなる。
だが力でドワーフに及ばない
リードルシュは苦悩する。
自身が打った剣は、
ドワーフが残して行った剣より脆い。
打ち方はドワーフと同じ。
足りないのは力なのか。
ドワーフが普通の技術と言っていた技術は
果たして本当なのか。
リードルシュは里の外へ興味が沸く。
そして鉱石集めから、街へ行くのに
そう時間が要らなかった。
街へ出て鍛冶屋を覗くと、
そこにはあの時のドワーフが居た。
この偶然を天啓と捉えたリードルシュは、
ドワーフに再度師事を願う。
しかし認められない。
一週間ほど通い詰め、ドワーフの頑固さに
勝ると言う言葉と共に弟子入りを
許されたリードルシュは鍛冶に打ち込む。
その間に剣術の指南も受けていた。
ドワーフと言えば力技だと思われがちだが、
手先の器用さもエルフと変わらないものを
師匠は持っており、師匠は抜刀術を
得意としていた。一気に力を解放して
一刀でケリをつける。
ドワーフらしいと言えばドワーフらしい。
そして月日が経つ。
だがリードルシュの作る剣は
一向に重くならない。
軽く丈夫な剣は女性の冒険者や
初心者にはウケが良かったが、
それ以外には見向きもされなかった。
師匠であるドワーフは、
それでも並のエルフでは無いと
褒めてくれた。
しかしリードルシュは魅せられた師匠の剣に
近付きたかった。
エルフの里に毎日帰っては古文書を漁り、
使えそうな技術を盛り込む。
でも足りない。
そんなある日の事。
一人の魔術師が師匠の工房へ訪ねてきた。
リードルシュの剣を手に取り
「勿体無い」
と口にしたのを聞き逃さなかった。
その魔術師に問うと、答えを
あっさりと教えてくれた。
エルフの術が込められているが故に、
軽くて丈夫な剣が出来ている。
これに込めた者が魔術の基礎を学び応用すれば、
凄い剣が出来るだろうと。
リードルシュに躊躇いは無かった。
師匠に隠れて工房での仕事が終わると、
その魔術師に師事し、魔術の基礎を学び、
魔術の原理を習得した。
物質と物質を魔術によって繋げる事により、
強い剣が作れるようになる。
リードルシュの剣は師匠に近付いた。
ただ魔術を用いた事で破門を言い渡されてしまう。
リードルシュは師匠に今までの礼として、
給金の全てを渡し去ろうとした。
その時に師匠から、餞別として渡された黒曜石。
産出量が多くない希少なものを渡され、涙する。
一礼して去ると、魔術師の元へと訪れ礼をする。
その時に魔術師からも餞別として、
自分では扱いきれないものだからと
隕鉄を渡される。
空から降ってきた、未知の鉱物で値は付けられない。
売れば巨万の富が得られる代物だ。
リードルシュは断るも、
魔術師からこれを使って何時か相応しい者に渡す為の
剣を作って欲しいと頼まれ強引に渡された。
こうして街への行き来が終わると、
リードルシュは自分の家で鍛冶に没頭する。
そして1年が過ぎた時、完成したのが黒隕剣だった。
誕生の喜びにうち奮えたが、
工房へ押し寄せたエルフの兵隊に
捕縛される。
リードルシュは周りが見えないほど
鍛冶に没頭していた。
その怪しさに、保守的なエルフ達は危険視しており、
隙を窺っていたのだ。
長老に種族に対して危機をもたらしたものとして、
エルフを名乗る事を許されず、
罰を与えられ容姿が変わる。
だがリードルシュは満足感に満たされており、
罰を与えられた事に恨みは無かった。
アイゼンリウトへ招かれたのは、
首都アイルから離れた街で
工房を開き、武器を懸命に打ち
評判を得た時のことだった。
王はリードルシュの打った剣を
気に入り、是非兵士達にと
頭を下げた。
保守的なエルフとは違う
その器の大きさに魅せられ、
リードルシュは晴れて王室御用達となる。
中でもアグニスは王の傍で戦う為に、
強い剣を欲していた。
毎日通い、手に馴染み強度の高い剣を
リードルシュと共に日々調整した。
ダンディスと出会ったのもそんな時だった。
アグニスに紹介された獣族は、
どこか影のある兵士に見えた。
会う度に武勲を重ねて戻ってくるも、
宮中の評判は芳しくない。
それをダンディスに伝えるも、
仕方ないと諦めたようだった。
王が、アグニスが居ることで
成り立っている軍であり、
二人が欠ければ、
エルフの里と何も変わりが無い事に、
リードルシュは落胆した。
王が亡くなり、興味が失せたリードルシュは
流浪の旅に出た。
目的も無く人との接触も最低限にし、
野宿も得意になった。
胸の乾きが癒えない。
さまよい歩いていた時の事、
エルツの肉屋が高く買い取りを
してくれて、冒険者の間で信頼を
得ていると言う話を聞き、
何か予感がしてふらりと寄ってみた。
「旦那!」
懐かしい顔だった。
兵士であった頃とは別人のような
爽やかな笑顔で迎えてくれた
旧友に、安心した。
「旦那もこの街で見つけてみたらどうかな」
「何を?」
「旦那の剣を、王やアグニス、
俺以外に託せる相手が居るかどうか」
「居るとは思えないが」
「解らないぜ。ここは冒険者の出入りも激しく、
活発で生き生きした連中が多い。
その中には変わりモノが一人くらい居るだろう」
そう久しぶりに杯を交わした時に言われ、
路銀を蓄える為に少しだけ
居ようと思って工房を開く。
確かに活発だったが、誰も自分が手抜きで
打った剣を見抜けなかった。
ここでもリードルシュは落胆し、
いつしかこの世界に自分が望む持ち手など
居ないのではないかと思い、引きこもった。
怠惰の中で過ごす日々の中で、
出会ったへんてこな男。
異種族を連れた人間は言った。
「ええ、でも残念なことに俺の力に
耐えられそうなものが無いんで、
取り合えず服だけで」
その言葉にカチンと来た訳ではない、
心の中で自らが鍛冶に打ち込んでいた姿と
その音が鳴った気がした。
試しに打ちあうと、言葉通りだった。
剣を見る目もあった事が嬉しかった。
真っ向から否定された事が、
何よりも心を震わせた。
この男なら託せる。
この男の為に打ちたい。
そう思わせてくれた。
アグニスから竜を連れて去ったのが
コウだと聞いた時、
得も言われぬ嬉しさで笑顔になる。
そういう男だと思った。
期待通りだった。
そしてアイゼンリウトを救う為に、戦うと言う。
敵は魔族に身を落とし、
魂を食らった化け物と化した王。
前王よりも強く、自分では歯が立たなかった。
王と戦うべく進んだコウの背中と黒隕剣の覚醒。
それは自身の予想を超えた者であり、
この先どうなるのか、誰よりも見たかった。
位も望まず報酬も望まず、
ただ冒険者の生活を取り戻す為、
ただそれだけの為に剣を進化させたおかしな人間。
王との決着がつく時、その場に居なければならない。
それが鍛冶屋として貫いた自分の一章の終わりだと
リードルシュは思った。
「生意気な獣族!
こいつの命がどうなっても良いのか!?」
レッサーデーモンの声が希望に満たされた心を遮る。
友人は二つ名を全力で発揮して追いつめた。
惨めな魔族。
怠惰に溺れた自分より情けない生き物を見て、
リードルシュは渾身の一撃を立ち上がりつつ放つ。
「ぐぎあ」
その一太刀はレッサーデーモンの
右肩から胸、腰まで斬れた。
「あばよ。俺達は見届けなきゃ
ならないもんがあるんでな」
リードルシュの目の前には、
相棒の中華包丁が
レッサーデーモンの左肩から
腰まで斬り込んでいた。
「はぐぉ」
「確か魔族ってのは上位になると
二つ心臓があるらしい」
「ならばこれで終いだ」
リードルシュとダンディスは、
魔族を挟んで向かい合い、
剣と包丁を治める。
断末魔すらなく砂のように
崩れて行くレッサーデーモン。
「さぁ行こうか」
「ああ、もう休養は十分だ急ごう」
レッサーデーモンが消え去った後、顔を合わせる
リードルシュとダンディス。
こうして二人は王座の間へとゆっくり歩き始めた。
自らが託した男の戦いを見届ける為に、
リードルシュは王座の間へと歩き出す。




