歩兵の世界
それから出陣に向けた準備が忙しい。
本来なら親衛隊やイシズエのみに
兵の選抜は任せるところだが、
俺が自ら出て行くということで
自薦してくる者が多いらしい。
そこで俺は今回試験を実施する事に
した。時間が無いため御触れを出し、
その日から次の日に開催。
種目は持久走と模擬戦。
城の外で行われた。
アゼルス・リィンもスカウトしたのに
これに混ざっていた。律儀なのか
改めて力を証明したいのか。
持久走については一位とは行かなかったが、
それでも早さもあって良い成績だった。
更に模擬戦ではアゼルスの所持していた
鎖鎌が唸る。アタッチメント仕様のようで、
先には鎌ではなく柔らかい木が付いていた。
アゼルスはどうも工房の下働きをしつつ、
この武器を開発したらしい。開発局でないところが
アゼルスらしい。机の上が主になるより、
机で書いて作って直ぐ自分で試すまでやりたかったんだろう。
ただし困った事にあれは本人用だ。
他の者が使うのは難しいと思う。
今後改良していくんだろう。
模擬戦ではそれが遺憾なく発揮された。
模擬戦とはいえ多くの人間が集まり
鍔迫り合いをする。ようはイモ洗い状態だ。
隙間無く乱戦になる。
アゼルスは上手くそれを掻い潜り、
鎖鎌を振り回せる環境を作ると、次々に
相手の兜をコンコンと木の先で叩いていった。
俺が驚いたのはそのコントロールと
引きの早さ、そして鎖を摑まれたときに
発揮された怪力だった。
まるで釣り針が多く付いた竿を引き上げるように、
摑んだ人間を自分の所まで引き上げた。
そして模擬刀で次々コンコン叩いて鎖を自由にすると、
混戦へ投げ込んでいく。
結果、アゼルスが付いた軍の圧勝……とは行かなかった。
暫くすると、アゼルスへ向かい集中して矢が放たれる。
持ち前の持久力と瞬発力でかき回すも、
それを追尾するように矢は飛んでいた。
アシンバのフロスト出身、
ロンゴニスという、これまた巨人族にしては
背は高い者の華奢な、右頬に傷を持つ二枚目の
男が仲間と共にアゼルスを追尾していた。
俺が気になってイシズエに尋ねロンゴニスの事を
知った後
「アゼルス、ロンゴニス、合格だ」
と二人に合格の声を掛けると、
模擬戦は白熱していく。
アゼルスとロンゴニスは互いに武器を収め、
模擬戦を観戦していた俺のところへ来て
傅いた。
「存分に発揮出来たか? 物足りないんじゃないか?」
そう俺が尋ねると、二人はニカッと笑い
「本番では更なる成果を挙げて見せましょう」
「然り。今は優秀な同僚が見つかる事を願うばかりで
御座います」
そう答えた。歩兵の混戦の中で生き残るためには、
その中で如何に動くか、また相手のキモを潰せるか。
それが分かる者が多ければ多いほど、
死からは遠のく。自分が生き残るためには、
そういう同僚が多い方が確実に良い。
自分の優秀さに自信も誇りもあるが、
味方がどうしようもなければ死が迫る可能性が高い。
それを見越しての発言だろう。
「やはりこういうのは必要だよなあ」
俺は一人模擬戦を見ながらつぶやく。
誰もが生き残り手柄を立て地位や名誉を得たい。
その為にどうすれば良いか。死に近い歩兵たち
だからこそ、その為に工夫し考える。
見れば誰一人として支給された防具のままではない。
思い思いの工夫をしている。
上に居るだけでは分からない事が
こんなにもあるとは……。
「陛下、猛り立つお気持ちは分かりますが、
お控えください」
イシズエに声を掛けられる。
俺はその声を聞いて、体を見回すと
相棒が鞘に入っているのに輝きを放っている。
「ああすまん」
俺は深呼吸をして用意されていた椅子に腰掛ける。
いかんよなぁ興奮してしまう。
戦ってみたい欲が出てしまう。
ブロウド大陸を思い出す。
暫くして結局夕暮れと共に終了した。
怪我をしたもの力尽きて下がった者以外、
立っていた者を合格とした。
一人ひとり来て記帳してもらう。
そして一人ひとりを労い頼むぞと声を掛けた。
何人かは涙を流して手を握り締めてきたし、
あるものたちは地面に頭を擦り付けて
感謝の言葉を述べていた。
俺という人間というよりは、
やはり王様の直属の兵というのはそれ程
重いのかと思った。
アゼルスとロンゴニスにそれを尋ねると、
それもそうだが、俺が一人で片付けた
例の戦いが今でも伝説のようになっているらしい。
この世界に来て補正が掛かってるし、
ある意味伝説の剣持っているしなぁ。
ただ問題なのは数がめっちゃ増えてる事、
そして誰一人生かしておかなかったなど、
魔王みたいな感じになっているのが驚いた。
「そのような偉大な王の下で、
自分の力を生かせるのは武人の喜びです」
「お世辞でもなんでもありません。
陛下ならお分かりかと思われますが、
後ろが安全なら何の恐怖も無く戦えます。
指揮も武力も分からず戦うなど、
死と常に隣り合わせの歩兵にあっては、
死が決まったようなもの。敵より性質が悪い。
獣の餌大地の糧朝露に成り果てるしか
ございません」
なるほどね。
戦争なんてものは起きなければ良い。
が、どんな形であれ相手であれ、
人である以上戦い続けるのが定め。
オーディンはひょっとすると、
そんな人が居ない世の中をただ眺めて
居たかっただけなのかもしれない。
人は生まれてしまったが、
元の世界には居なかった生き物や
技術がここにはある。増えすぎず
伸びすぎない、剪定された世界。
恐らく技術革命がいつかは起こると思う。
俺なら鉄などの鉱物は大地から
出なくして、後は干渉しない……
とかするかもだけど、どうなんだろうなぁ。
隕鉄もあるって事は落ちてきてるんだし。




