俺の見解
実のところ餌を撒く事は終わっている。
というのも意図していないが、黒尽くめの
人数が出発時より減っていた。
失敗して捕まり情報は漏れている。
それを分かった上で長は直接俺のところに来ずに、
里へ寄ったんだろう。
里を材料にそこと交渉するために。
ただ運が良かったのは、俺が先渡しを里にして
更に人を取り込んで交流を強固にした事だ。
これによりどうしようもなく長は俺のところへ来た。
更に武器を隠し持っていたことから、
俺を討てるとでも考えていたんだろう。
娘や妻が居り、更にロキやナルヴィも居て
親衛隊も居る。悪いがハンゾウでもない限り
逆転できる意思と実行力があるとは思えなかった。
そんなものがあるなら、帰って来るより
人質に取られ任務失敗を理由に命を絶つだろう。
里が人質に取られているも同然なのに。
「そこまでお考えでしたら先に言って頂きたかった」
「まぁ言うにしても長が来るまで猶予してたんだろ?
本来であれば僕からの報告で処理しても良かったのに、
わざわざ生きてここに帰ってこさせたんだから」
そうロキも密偵部隊を組織して訓練がてら
情報収集していて、彼らの監視もしていた。
俺としては黒尽くめの集団はそう深い情報を
持って居なかったと考えていたので、
捕まったところで特に問題は無かった。
問題があるとしたら長の行動なので、
最後まで泳がせて見た……といえば聞こえはいいが、
人質を取っている相手だけに、最後まで約束を守り
救出して俺の前に帰って来ることを勝手に期待した。
ただそれだけだった。
「だからこそ生きて返すのか聞いたんだが、
お優しい王様は生かして返すという道を最後まで
押し通された訳だよ」
「……王よ、改めて進言致します。
イシズエ及び前長を処断すべきです。
どうあっても死罪以外免れぬでしょう」
ナルヴィは語気を強めて俺に詰め寄る。
色々な感情が混じってて冷静さを欠いているような
気がする。珍し……くもないのか事イシズエに
関連したことだから。
「王が我が里に気を使って頂いているのみなら、
私からも御忠言致し上げますが、私にはそうは
思えませんので控えさせて頂きます」
「へぇ。ハンゾウが思うところはどんなところなのかな」
「……ロキ様も御意地が悪う御座いますな。
ハンゾウの勝手な解釈故お許し頂きたいのですが、
前長とイシズエ殿という旗を立て、
王に対して反対的な立場を立てることにより
王にのみ迎合するような事が無いよう、
そういった者達でも罰せられないという
具体例を示しているように思われました」
これに対してロキは微笑みながら頷いた。
悪い顔してるなぁ相変わらず。
「ですが死罪に相当する者を何もなしで
生かしておいたのでは」
「分かっているよ。取り合えず知らせ札を
町中に立てて処分を発表する。
これで腑に落ちると思う」
「表向きはそれで御終い。だけれど
それだけじゃないんだろう?」
ロキはウキウキしながら俺の顔を見て
訪ねて来た。ホント根性悪いわぁ。
「はいはい。ロキはそれで提案があるんじゃないのか?」
「まぁ良いや。謀略は僕の専門分野だし、
オーディンの手が届かないんだ存分にやらせてもらいたい!
勿論君の威光を地に落とすような真似はしないよ!?
もっとも落とす心算ならもうやってるけどね!」
オタク特有の好きな事に対して喋る時のように、
一気に捲くし立てるロキ。テンション高いなぁ。
「途中経過はくれるんだろうな」
「勿論。包み隠さず報告するさ。
……随分あっさり認めてくれるね」
「退屈そうだったからな。息抜きはある程度してもらわないと。
ここが最後なら俺も一気に制圧するが、
先はまだある。お前も俺と何も無しで一騎打ちするまで、
妙な真似をするのもされるのも嫌いなはずだ。
だからこそナルヴィ同様イシズエに対して
同じ思いで居るんだろう。顔にも言葉にも出てた」
「バレてたのかい? 恥ずかしいじゃないか言ってくれないと。
でも安心して欲しい。アイツは使わない。
僕も君と同意見でね。彼は戦争の中や政争の中で
死ぬべきじゃない。君と少し違うのは、
もっと彼は苦しんで、どこに当てていいか分からない
恨みを抱えて死んでいくべきだと言う事だ。
無能な働き者ほど性質の悪いものは無い。
温情を三度仇で返すなんて聞いた事も無い。
本来なら自分で自分を処理すべきだ」
……どうやら思いのほか怒っているようだ。
そこまで苛立たせてしまうっていう理由は色々あるだろうが、
俺も前は似たような存在だった気がする。
何か自分では分からないが、相手を苛立たせて
訳が分からない恨みを持たれてしまう。
これはこの世界に来て俺が無くしたものなのかも知れない。
そんな風に思ったのもあって、イシズエには
特になるべくナルヴィやロキを刺激しないよう、
フォローした心算だったが、それが上手くいかなかった。
そしてここに来て俺も前はそうだったと理解する。
前の世界の俺もイシズエも何となく嫌われた。
切っ掛けはちょっとした事で、周りの人の
気に食わなかった。その後小さな失敗も目に付き、
反省した心算でもそう見えず、成功すれば悪目立ち。
積もりに積もった挙句大きな失敗をしてしまい、
憎しみを抱かれてしまう。
そうなった時の打開策を俺は持っていなかったし、
イシズエも同じ。俺のときは先生だったが、
イシズエの時は俺だ。そしてイシズエを生かす
チャンスでもある。
「そう。イシズエは生かし続ける。
反対意見を纏めて俺にぶつけて来る役だ。
勿論役であってそれそのものになっては困る。
あくまでもこの国の為に、野党になって
立ち続けてもらう。更に過激な反乱分子を
報告してもらい、密偵部隊に対処を任せる。
これでどうか」
そう三人に問うと、渋々ながら頷いた。
正直なところ、流石にこれ以上の責任は負ってやれない。
イシズエが死ぬまで面倒見る訳にはいかないし、
かと言って見捨てるのも酷過ぎる。
ただしそれは優しすぎては駄目だ。
納得せず内乱を起こさせても不味い。
”王に従った”という結果があればいい。
言い換えれば”王の所為”なのだ。
俺はその納得に対して相応しい結果を
残さなくてはいけない。
「ロキは逐次報告を。ナルヴィは処分の立て札と
知らせについて取り掛かってくれ。
ハンゾウはイシズエたちの中に放つ草を
厳選して数名選び放ってくれ」
こうして短いようで長い休みの日は終わる。




