しんどい交渉
「開門してくれ」
門の前に着き、門兵に頼む。
門兵も緊張した面持ちで門を開けた。
俺は鞘から相棒たちを抜かないが、
ここにくる道すがら人がわらわら増えて、
その者たちは其々武器を構えないまでも
手を掛けていた。
「これはこれは……」
門が開き橋が降りる。例の治水班と話し、
篭城を更に硬くする為新しく外堀を作り、
橋を架けた。軽くて丈夫な木を使用しているので
片付けは少し楽になっている。
「今頃何の用か聞かせてもらおう」
その橋の向こう側に、黒尽くめの集団が居る。
以前山の上で俺を襲撃した集団だ。
馬にも乗らず立ち尽くしている。ただ卑屈さは無い。
「話をしに来た」
「何の話だ」
「以前才があるなら受け入れると聞いた」
「それはまた随分と前の話だな」
「……今は違うのか」
「違うな。戦場において弓引いたのだ。
覚悟があってしたことだろう?
お互いこの先は恨み辛み無し。
どちらかが根絶やしになるまで戦う、
と俺は思ったが」
「一部の者が勝手にした事。
襲撃も里の者は与り知らぬ事」
俺はそれを聞いて笑った。
中々都合の良い冗談だ。
そんな話を聞き続けていたら、
敵がゼロになるまで襲撃され
その都度与り知らぬで終わる。
そんなものに付き合う気は無い。
知らぬ民より知る民の方が大事だし。
「王」
「ああすまない。で、与り知らぬから
何だというのだ。それでお前たちが
許されると思った根拠は何だ」
「我らの技能は何処の国でも欲しいはず」
「そうかな。戦場で見たがイマイチだった。
今俺の国では生き馬の目を抜く日々を送っている。
それこそお前たちのような仕事をして、
地位を得ようとするものが出ないとも限らない。
で、その時に問題になるのは信頼だ。
任務は隠密。任せる人間の技量は元より信頼が
重要になるのではないか?」
「然り。我らの仕事で示すより他無い」
「で、今示してくれるのかな」
「勿論。故にそれまで里に手を出さぬという
約束をして頂きたい」
「……それは俺に対して対等に交渉すると
言ってるように聞こえるが」
「……約束さえして頂ければその倍以上の
成果を献上致す」
俺は少し考えた。時間を稼いで援軍を呼ぶ。
これは普通に考えられることだ。俺はナルヴィ、
イシズエ、オンルリオの三人を其々見た。
この中でイシズエのみ小さく頷いて目を少し動かす。
……なるほど。この里の者たちに心当たりがあるようだ。
「良いだろう。その言違えば容赦無く全滅させる。
それで良いかな」
「一つ願いがある」
「なんだ」
「倍以上の成果を果たした際、その褒美を頂きたい」
その言葉に全員が動く。勿論俺は手を広げて押さえる。
「俺の信頼だけでは足りぬと?」
「信頼とは一度一日で得られるものではない。
我らとてその程度のことは理解している。
王を狙って二度もしくじれば尚の事。
我らはこれより死を覚悟して参る。
仕事に対する対価を頂ければ、その後も仕え必ずや
王の覚え良い者たちの第一になるよう働く所存」
「所領の安堵、信頼だけでは足りぬ。ならば何が望みだ」
「我らも確実に満足に食事を出来てる訳ではござらぬ」
さてどうしたものか。こちらとしては代々積み上げてきた
であろう技術は欲しい。ただ反乱されても困る。
調べるだけ調べて攻撃されれば、国が危ない。
そんな相手に更に腹を満たしてやるのは、
自滅に等しくは無いか。
何よりこちらは一度機会を与えている。それを反故にして
更に要求は、流石に対等どころか向こうが上のように
なっている。
「そうだなぁ……そっちの里の長の嫁と子供をこちらに
寄越してもらおうか。あんまり嬉しくないけど」
「人質か」
「人質ではない担保だ。無条件にお前たちを信用する気は
更々無い。お前たちも分かっているだろうが、
こちらは攻めようと思えば今すぐにでも潰せるんだ。
何より皆褒美が欲しいと望んでいる。
そんな状況で反故を許し交渉に応じる。
更に褒美についても約束するんだ。
そこまでしてはいそうですか、では後ろに居る者たちは
納得しない。そんな都合の良い話はないだろうどう考えても」
正直人質にどれほど効果があるのか疑問ではある。
本来なら全員の嫁と子供を寄越してもらうのが安全だろうが、
そこに監視の目を向けるのもしんどいし、
そこで功績をあげようとされたら余計な混乱を招く。
なのでここが落としどころだろう。無条件に応じてはいない
という内外へ向けたアピールにもなるし。
……ホント王様になったらふかふかな椅子でただ座ってるだけ
ってのを想像したが、ここまで嫌な事をしたり考えたり
しなきゃならないってのは何だなぁとおもう。
冒険者の方が気楽で良い。
「……分かった。もし嫁と子供に何かあれば、
我らは一人になろうとも、この国を滅ぼす」
「前提を間違えるな。お前たちが公言したことを果たせば
問題ない事だ。それを逆恨みされても困るし、
恨みを、禍根を残すわけにはいかないから俺も
その時は必要なことを躊躇わずするぞ?」
俺と会話していたのは里の長らしい。
了承したことに周りがざわついていたが、
それを止めて承知した。俺はそれに対して
黒隕剣を抜き放ち答える。星力を纏い、
剣身を中心に球体がケプラーの法則のように
回り始める。それに慄く黒尽くめの集団。
「では二人は明朝こちらに連れてくる」
「明朝待っているぞ」
そう言って俺も相手も引き下がる。
「王、宜しいのですか?」
「宜しいも何も……。ああいういやらしい事は
お前が言うものかと思った」
「いえいえ滅相も無い。素晴らしい交渉かと。
私は今宵興奮のあまり寝れそうもありません」
「寝ろ」
城へ引き返す際、ナルヴィは子犬のように
俺の後を付いてきてそう言った。とても冗談には
聞こえなくて気味が悪い……。
「王、私めが先行しましょうか?」
「駄目だ。約束だし明日の朝まで待つ。
ただし兵士たちに警備を厳しめにするよう
伝えてくれ。夜襲や忍び込みがあるかもしれない」
「私もお役に立ちたく……。彼らの里は知っております。
そして長も知っております。私兵を使い調べてもおりました。
最初に襲撃を受けたと聞いた際には我が不明を恥じました。
是非汚名返上のの機会を」
「……なるほど。だが駄目だ。
お前は今何よりこの国にとって大事な人物。
正直他の里などに興味は無い。先ずはここの安定が大事だ。
挽回するのであれば、明日からの仕事ですればいい」
俺が襲撃を受けたのは、イシズエが私兵を使って
調べ始めたからだろうなぁ。急にそんな事をし始めたら、
情勢が変わった、身が危ないと思っても仕方ない。
イシズエはやはり余計な気遣いが過ぎる。
与えられた仕事を三割上乗せでこなしてくれるだけでも
十分すぎるのに、更にその上をしようとしてこけている。
気概は買うが、オチがついては本末転倒だ。
これに関して俺も見守り声を掛けるのが必要だろうなぁ。
「王、乗りこなせねば名馬も駄馬になりましょう」
……こいつも言わんでいい事を声を大にして言う癖を
何とかしてもらわんとなぁ。お腹痛くなりそう。




