世界を侵す
「ちなみに本番はこれからよ」
クルールさんが指をパチンと鳴らす。
空間から次々と現れる魚群。クルールさんの小型版。
ホントえげつない。神に仕えるだけあって、魔力も桁違いだ。
「嬉しいお知らせだ。俺のタネはこれでお終い」
このフィールドだけでも十分だろと思ったが、
タネが尽きたなら何より。考えればわかめはやせるんだから、
魔力があれば生成くらいできるか。
「いくぜ!」
クルールさんの矛先がこちらへと向く。
それと同時に襲い来る魚群。ミサイルポッドが放たれたように、
俺へ向かって飛んでくる。視覚だけじゃなく聴覚にも集中する。
期待していたようなズレは無い。一つ一つが意思を持っているという
事はないようだ。ならばと俺は相棒二振りに星力を通し、左右で
袈裟切りを連続して星力を放つ。衝突により泡が立つ。
「やっぱ全部は無理か」
空いた部分を埋めるように集合し、規模を縮小して
俺の目の前に現れる。俺は即二剣を並べ星力を通して突き出す。
放たれた星力によって泡となり消える魚群。
「そうだろ?」
俺のさっきの言葉に返答するような声が横から聞こえる。
防御姿勢を取るのは肩を少し突き出す程度しかできず、
横へ吹き飛ばされる。そして考える事もせずに俺は前方へ飛び退く。
元居たところには魚群の群れが突っ込んでいた。
見ながらも起き上がり構えを整える。このままだと確実に押し込まれる。
更に酸素の量も供給が少ない。ふと目をさっき星力を放った方向へ向けた。
するとそこには亀裂が走っている。確かにこの空間は水で出来ているが、
元々無かったものを魔術を使って呼び込み生成したものだ。
という事は、破る方法もあると言う事。クルールさんの世界だ。
元々の世界とは違う。無かったものを無かった事に、在るべき姿へと
戻せば良いだけだ。
俺は相棒二振りの切っ先を左右それぞれの斜め下へと向け、
目を閉じ集中した。星力を凝縮するように念じる。
深呼吸を三度ほどした後、相棒たちへ星力を纏わせ
「在るべき姿へ戻れ!」
俺は勢い良く振りかぶると、左右袈裟斬りを
力一杯放つ。衝撃波は亀裂が生じている所へと一直線だ。
俺の直ぐ目の前まで来ていたクルールさんは、
俺の一撃を避けてニヤリと笑ったが、
俺が動じずに衝撃波の行方を見ていると
徐々に顔色を変え振り返る。
「おいちょ!まてよ!」
ベッタベタな物まねをガラガラ声でしている。
余裕があるじゃないか。そう思った瞬間、
えらい速さで飛ぶように俺の衝撃波を追いかけた。
流石に無理だろうとは思ったが、クルールさんは
追いつきかけた。
「オーマイガッ!」
いつもの声でそう叫ぶと同時にガラスの割れる音が
聞こえてきた。そして水やわかめ、魚たちも光の粒子と
なって木漏れ日のような陽の中へ吸い込まれて行く。
「あー!ああー!ああああああ!」
目の前で崩れて行くさまを見ながら立ち尽くし、
絶叫の後膝をついて頭を垂れた。
「ていや」
俺はゆっくりと近付き、悲しそうな顔を作って首を横へ
振った後、棒読みでそう言うと背びれ辺りを、
なるべく刺さらないように黒隕剣で突いた。
「ぎゃあああああ!」
いや刺さってないんだーが。大げさかよ。
クルールさんはもがき苦しみ始めた。何があったんだ……。
「うるさーーーい!だからお前たちは駄目なんだ!」
俺が呆然とその様を見つめていると、
俺とクルールさんの頭をぱかーんと何かではたかれた。
痛くも無いが驚いて叩かれた音がした左側を見る。
「あれラハム様」
「おう元気だな!」
「次はラハム様ですか?」
「いいや俺は良いや」
「え?」
「いや駄洒落じゃねーよ」
「あああああ!」
「お前五月蝿いさっさと戻れ!」
俺と水が人の形を取っているラハム様が無視して会話を始めると、
まるでノーダメージのクルールさんが必死の形相をして
俺とラハム様の間に入ってきた。
そしてラハム様の一撃を右頬に食らうと、何も言わずしゅんとして
景色の中へ解けて行った。
「兎に角だ。この世界は誰の物でもない。ある一定の空間といえど、
侵食すると言う事は魔力を膨大に使う。有利な場を敷けるが、
それを破られた時の反動は計り知れない。とんでもなくリスキーな代物だ」
「しかしクルールさんはそれが出来るなんて凄いですね」
「まぁな。あんな侵食魔術は出来るやつは稀だ。
それにあいつは基本あれしか出来ない。
なんでまぁ自分で考えて鍛えるほか無かったんだな」
「地上でも強いのはその所為ですか」
「そういう事だ。今回のはそういった侵食空間を破る方法があるというのを
学べたらそれで合格ということになる」
「あの、世界を侵食する力ってどれくらいまで出来るんですか?」
「力の大きさによる。現にここが何処か考えてみろ。
ティアマトのバックアップがあってのだが。
それがもっと強大であればその限りではない。
これをよく考えて、そしてお前の得た手段を忘れないことだ」
「はい……」
それしか出来ない。しかしそれが強力。
という事はそれに浸かりきる事で自分の力を過信し過ぎる事も
あるってことか。恐らくもっと特化した者はそう簡単には砕けないのかも
しれないな。もっと思いっきりやればいけるのだろうか。




