怪物の吹き溜まり
「まさかノコノコ出てくるとはな」
「私が君より有利だから出てきたのさ」
なんか牛の顔の眉間にちょろっとある髪が
くりんと曲がっていて、それを言葉の終わりに
人差し指で撥ねやがった。コイツ引き篭もり過ぎて
ついに精神の均衡を崩したのか。
「君も理解しているはずだ。ココは私の空間だ。
私が引き篭もると決めたのだ。何者にも邪魔させはしない」
「そんなことを態々言いに来たのか。ご苦労なこった」
「なら諦めて帰るが良い」
「いや冷静に話してるつもりか知らんが、涎が横から垂れてるぞ?」
そう言うとフッと笑った後に、くの字に体を曲げて沈んだ。
おいおいおい。ミノさん屈強な戦士な気がしたけど、
引き篭もりすぎて弱ったのか?
「きっ貴様ぁ……卑怯だぞ!」
マジか……どんだけ弱体化してるんだ。
俺が呆れて恐らく死んだ魚のような目をしていると、
「良いだろう! 次の階から地獄を見せてやる! とっておきだ!」
と捨て台詞を吐いて下に降り様としていた。
逃げ足だけ超速いじゃないか。
「おい待て!」
「な、なんだ!」
「せめて宝箱の中身はもう少し豪華にしろ! お前の父ちゃん王様だろが!」
「うっせ! バーカバーカ!」
律儀に止まって俺の言葉を聴いてくれたものの、最後は捨て台詞と
唾をペッペしながら去っていった。出来ればあの床踏みたくないなぁ。
「どうします?」
「根に持ちそうよねアイツ」
「んだなぁ」
とは言えゲームマスターには苦情は言わなければならない。
ゲームとしてバグってるっていうか魅力無さ過ぎてクソゲーの
臭いがプンプンしてやがるぜっ!
「どうせなら暫くここで鍛錬でも……」
ギトウはそう提案してきた。
まぁ焦るのも無理はないか。今後どれだけ大量の敵が出てくるか
解らないんだから。
「少しくらい焦らしてやっても良いだろう。時にギトウ、
聞きたい事があるんだけど」
「何でしょうか」
「先生って中国での意味で言ってるのか?」
「え? 中国では先生は○○様、とか○○さんという意味ですよ。
嫌だなぁ間違えちゃ」
あら恥ずかしい。てっきり違う意味かと思ってたわ。
……って何でこの世界の生まれのギトウがそれを知っているんだ?
「おいギトウ今なんて」
俺がそう言い掛けると
「遅いわボケェェェエエエエエ!」
という叫び声と同時に床が崩れる。
声で割ったのかと思うほどの怒号だった。
遅いってまったく時間経ってないのになんで
キレられるんだ。
「……大人気なさ過ぎるだろ。自分がどんだけ長生きしてると
思ってるんだあの牛」
と言ってから我に返る。俺もおっさんなのに
ここに来るまで大概だったしなぁ。年とか関係ないわ。
俺より下でもしっかりしてる人達に逢ってきたっていうのに。
急に同姓の年下が出来ると立場的にも偉くなった気分に
なってしまうのは悪い癖だ。そういうところは自分で気をつけないと。
俺が嫌いな嫌な奴に俺自身がなってしまう。
所詮世界が壊れても、それは世界の選択の一つ。
焦って責任を感じて誰かに当たるよりは、やり遂げる覚悟と
ジックリ外面だけでも構えておくのが良いよなぁ。
そんなことを落ちながら考えてしまった。
「でぇぁははははははは! 小生意気なニンゲンめ!
これなら貴様らも生きてられまい! 泣け! 叫べ!
命乞いをしろぉ!」
魔物の群れの奥の方でミノさんが奇妙な踊りをしながら
唾を撒き散らしつつ叫んでいる。陽気なやっちゃなぁ。
「ど、どうしましょう先生!」
「どうする?」
エウリュアレーは冷静だ。しっかり構えている。
元々メデゥーサだって必殺の魔眼を使うためには、
どうやっても相手が視界に入るようにしなければならない。
その為に呪術等を使うだけでなく、格闘もする必要がある。
となるとギトウに経験を積ませる余裕が少し出来た訳だ。
「先ずは道を開けようか」
「では僕が」
俺は微笑みながらギトウを見て首を振る。
「乱戦で闇雲に戦う中で見つかるものもあるけど、
ここに居るのは全てがそうじゃない。何しろ混み過ぎてる。
ただ何れはやってもらうよ」
と言って俺は前を向きなおす。
竜人の街に迫っていた魔物たち位の数が、
そう広くない空間にひしめいていた。
魔術粒子はある。何しろ魔術によって形成されている。
後はこれがいけるかどうか。
「神の息吹」
俺は手を前にかざすと、金色の風が渦を巻いて
魔物たちを飲み込み吹き上がる。
その間に俺は自分の気を纏った後更に魔力を織り込み
相棒二振りを握ると風に乗った。
流れて来る魔物を次々と切り伏せつつ、
魔法によって解けていく骸骨の武器を弾いてミノさんへ送った。




