冒険者より無能な働き者、蠢動す
コウを助ける為に、力を習得するべくクエストに臨む冒険者少女たち。
その背後で、この世でもっとも迷惑な存在が動き出していた。
「皆の者!よく聞くが良い!我は第一王子にして
王位継承者である、アルディオである!
剣は国一、軍を指揮してはどの国の次期王にも勝る!」
多くの鎧を着こんだ兵たちの前にある高台から大演説する、
まさに王子と言わんばかりの煌びやかな格好に、
飾が散りばめられ斬れそうもない剣を携えた男がいた。
「今回の魔物たちの動きは国を危ぶむ者たちによる
扇動だと言う。これを討伐出来るのはこのアルディオ
のみであると硬く自負するところである!」
鎧で素顔が見えないが、全員が全員辟易していた。
頼みの綱の姫は独自で動いたという話が兵士達にも伝わっていた。
隙があればそちらへ向かいたいという者が、ほぼ全員である。
「……何が次期王だ……」
「全くだぜ。あの馬鹿に振りまわされる
こっちの身にもなって欲しいわ」
「馬鹿は馬鹿でも飛びぬけてるからな。
自分に攻撃が来ないように、常に一番後ろに居る癖に」
「まぁ馬鹿さで言えばどの国の次期王にも勝るな」
「言えてる。姫が婿でも貰ってくれた方がまだマシだ」
「どうせ今回も痛くも痒くもない所へ行くんだろ。気楽ではあるがな」
「そうだな。適当に切り上げて小隊長に姫の救援に
向かうよう進言しよう」
「いや小隊長殿もそのつもりらしい。
見ろよ王子様の後ろの隊長達を。
誰もフルフェイスの兜を脱いでないだろ?」
「脱げるわけもないよな。馬鹿の演説を長々と聞かされるんだ。
脱いだら寝ているのがばれる」
兵士たちに散々な言われようの王子は大演説中である。
最初はキチッと立っていた者たちも、段々と姿勢を崩し始めた。
「では皆の者!出立の準備に掛かれ!」
「はっ!」
威勢のいい返事は、王子が自身の演説に
満足し終えた事への喜びだった。
自己顕示欲の塊のような演説を聞かせられるのは、
苦痛以外の何物でもないからだ。
「皆の者!続け!」
城門に一軍を引き連れ、先頭に立つ王子は剣を
掲げ馬を走らせる。
そして魔物がいるであろう森に近付くと、段々と速度を下げ
集団に埋もれて行き最後列になった。
通り過ぎる兵たちは心の中でこの王子を軽蔑していた。
市民には良いカッコをしたいが、
見えなくなれば安全な所へ引く。
有能であれば指揮の為だと理解するが、
後ろに居ても討伐にてこずると、将軍から隊長、小隊長へと
叱責が伝令で伝えられるという迷惑極まりない存在だった。
魔物を討伐しつつも、兵たちは思っていた。
この無能な主が国王になったら国が破綻するのではないか。
姫はいつも先頭に立ち味方を鼓舞し、自らも奮闘する。
時には殿さえ務める。
どさくさにまぎれてこの無能者を亡き者にするか。
口を合わせなくとも兵たちの間で思惑が交差する。
問題は誰が亡き者にするか。
それがいつも課題であり、それが躊躇われるからこそ
王子は存命出来ていると言っても過言ではない。
しかし何かきっかけがあればと誰もが思っていた。
不穏な空気に包まれつつも、村を襲う魔物を討伐していく
兵士たち。
しかしいつもと違うのは、中に魔族が混じっていたからだ。
その異変に気付いた兵士たちは伝令を飛ばし、状況を伝える。
「魔族が何だと言うのだ!民の為にさっさと片付けよ!」
という期待を裏切らない馬鹿な回答に戦意をそがれて行く。
徐々に押し込まれ後退を余儀なくされる兵士たち。
王子はいち早く後退していた。
仲間の屍を見つつ後退する兵士たちの心の中で
怨嗟がとぐろを巻き始める。
「いいわぁ心地良いわぁ」
「本当ねお姉さま。実に良い気分だわ」
後退する王子の前に、二人の女性が現れる。
一人は長い黒髪から飛び出て上に尖る耳と
コウモリの羽根に、タイトな黒い鎧を纏った美女。
もう一人は黒い髪を両端で縛りそれによってはっきりと見える
尖った耳、幼い顔立ちで口から犬歯が尖って出ている。
コウモリの羽根を世話しなく動かし、黒のワンピースが
印象的な美少女だった。
「くっ魔族か!者ども奴らを倒せ!」
王子の号令に誰も従わなかった。
全ての兵士がその切っ先を王子へ向けんとしていたからだ。
「きっ貴様ら!我が命を聞けんと言うのか!?」
「あらあら、どうしようかしらアリス」
「そうねえイーリス姉さま。同志討ちさせるのも面白いんじゃないかしら?」
「おのれ、おのれ、おのれ!」
王子はそう叫びつつも、魔族と怨嗟を抱く兵に挟まれ
右往左往するばかりだった。
「王子残念賞だったわね。筋書き通りなら、
貴方を傀儡にして生贄の儀式を続けようと思ったけど、
無理になってしまったの」
「そうねイーリス姉さま。まさかあんなオジサンが
この世界に現れるなんてね」
「そう神の悪戯でしょうね。規格外の者と剣。
それに対抗する手段を私達は持ち得ていない。
所詮私達もこの世界のルールに縛られた存在だもの」
「でもね残念王子、そのルールを破る方法があるの」
「な、何を言っている」
「冥土の土産よ。生贄の儀式を伝えたのは我らの同胞。
お前は人と我らの混血。先代は肉体を強く継承し、今代は」
「魔族としての本能を強く継承した。そして人と魔族の
混血という少しルールと違う器に人の命と魂の生贄を注ぎ込めば」
「父上が……!?」
「良いわぁ絶望に満ちた表情は非常にそそるわぁ」
「本当にうっとりしちゃう。お前の父親は無能ではないのよ。
魔族として生贄を集め、自らの力として蓄えていた。
昼は私達は動き辛い。人の血が混じれば更にね。
先代の魅了にかかった宰相は抵抗力がある程度あったから
下僕には出来なかったの。でもね、それを巧く使えば国を
維持しつつ効率良く生贄を取り続けられるという
方法を取ったの。実に狡猾」
「ええ、素晴らしいわ。魔族と人の悪の部分が増幅された者。
それがお前たちの父親。そしてそこへ今から更に、
お前達全ての命と魂を加えれば」
「世界のルールから逸脱出来て、規格外に対抗する手段は
完成を見る。規格外さえ排除してしまえば、
神の手駒は無くなる」
「用は加減の問題なのよ残念王子。
減らし過ぎず増やし過ぎなければ、神すら手を出せない。
何しろ私達にも神はいるのだから」
「神が手を出せば魔神も手を出す。そうなれば
神々の黄昏が起きる」
「神々の黄昏が起きればこの世界は破滅する。
再構築を余儀なくされる。それは大変なことなのよ」
「あの規格外のおじさんの元居た世界でも神々の黄昏は訪れ、
一度世界は死んだ。再構築の結果、
人と獣以外を排除して均衡を保った」
「ここはその神々の黄昏から弾かれたもので
成り立っている世界なの」
「意味が解らないぞ、貴様ら」
「意味を解る必要は無いのよ残念王子、
これは生贄をより完璧にする為に混乱させて
家畜のようにする為の言葉」
「人は自身の理解力を超える情報を与えられると、
思考を停止する」
「今がその時」
姉妹の言葉が終わると、地面はいつの間にか闇に覆われていた。
そしてそれは沼のように、兵士と王子を取り込んで行く。
何百人という兵士の悲鳴が辺りを覆う。
「良いわぁ純粋に恐怖と怨嗟しかない。
希望を抱く思考の余地もない。完璧な生贄よ」
「姉さま、王に直接流しこむ?」
「いいえ、少しずつ与えて行く。どうやら役立たずは破れ、
剣は覚醒した。共倒れを狙う為に、引き付けなくてはね」
「あの役立たずは喋らないでしょう?」
「喋らないでしょうね。でも必要ないわ。
あのオジサン勘が良いもの。ねぇ?」
イーリスは何処かへ視線を投げ妖艶に微笑む。
「でもそうね。それだと芸が無いわ。
アリス、道案内をお願い出来るかしら」
「喜んで。お姉さま」
アリスは羽根を広げると、地面から足を離し、宙へ浮かぶ。
「多少遊んでも良いわよ。その間にじっくりと
王へ注ぎ込んで、パーティの準備をしておくから」
「有難うお姉さま」
アリスは嬉しそうに飛び立った。
その後ろ姿を見た後
「さて結末はどんなものになるかしら。
出来れば阿鼻叫喚絵図が見られると良いのだけどね」
イーリスはそうほほ笑むと、地面の中へと沈んで行った。
不敵な笑みを浮かべながら。
無能な働き者はその名の通り、適切な判断を出来ず勝手に動き
国を害する手助けをしてしまった。
魔族たちが望む結末とは!?