ティアマトの生んだ怪物
「少し変わった旅立ちですが、貴方は私達とは
違うようです。精一杯生きなさい」
――ありがとうございます母上――
短い別れの挨拶を済ませ、俺達三人は
蟻の村を後にする。妹からくれぐれも下の階は
気を付けるように、と言われる。
どうやらここから先はあまり外界との接触が無いようだ。
引き篭り深度も増すという事になる。
瘴気ではなく引き篭り深度。ドンドンやる気を奪われそうだ。
……いや、元々やる気なんて無いのだが。
俺を先頭に先を進む。暫くすると、下り坂になる。
そして下りがきつくなってきた。慎重に降りて行くと、
三つの分かれ道になっていた。
中央は生暖かい風がこちらに向いて吹いてきて、
左右は逆に流れていく感じだ。肺のような所なのかもしれない。
そう考えると、俺達から見て左側が心臓に当たるのかもしれない。
仮に心臓だとすれば、ミノさんかランダム迷宮ぽい機能を止める、
動力源となるものがあるかもしれない。
ティアマトさんが居る可能性も否定できない。
ただ最下層に居る、という事なので罠という可能性も否定出来ない。
「今が頃合いとでも言うべきか」
声がでかい人なのかな。姿は見えないが大きな張りと自信のある
声が飛んできた。下り坂をドスドスと音を出しながら近付いてきた。
その顔は特殊だった。ドーベルマンのような顔をしているが茶色で、
牙も大きく、縞模様。何かの図鑑で見たことがある……あれはホラアナライオン
という絶滅した種類のライオンじゃないかと思った。
たて髪が無いライオン。そしてそれがまた二足歩行で歩いている。
なるほど。ティアマトさんが生み出した11の怪物の一人か。
「よく来たな英雄よ。私の名はウリディンガルム。御覧の通り腕自慢だ」
だろうね。これで知恵自慢と言われてもどんな正直な嘘かと思うわ。
「で、こうして来たのは他でもない」
「腕試しって訳か」
「流石だ。察しの通り」
俺は相棒を引き抜こうとするが、止めて素手で戦うことにした。
「遠慮することはない。生憎貴公の後ろの若輩者とはわけが違うのだ。
誇りを掛けた腕試しともいえる。遠慮は無用に願いたい」
何という威風堂々。王者を模した戦士だけはある。
俺はほほ笑むと相棒を引き抜く。先ずはこちらも挨拶がてらこのまま。
そう考えていると、後ろからギトウが躍り出る。
「……貴様などには用はない」
――先ほどの言葉、聞き捨てならない――
「何?」
――取り消してもらおう。若輩とは言え誇りはある――
そうギトウが言うと、ウリディンガルムは声をあげて笑った。
……笑ったんだよな? 方向かと思ったけど笑ってるし。
「そういう所が若輩者だというのだ。この場に及んで感覚で
相手の思惑や実力差等感じられぬのであれば、我の前に立つ
資格すらない上に言葉すら交わせぬというのに」
ウリディンガルムは最後のほうは腕を組んで首を振っていた。
不味いな。多少油断しながらやってもらおうと思ったのに。
ギトウはそれでも下がらない。
「……どうやら話にならんらしいな。英雄よ、次回はこのような
無粋者は立たせぬよう願いたい」
ホントに生粋の武人と言うわけか。
俺はまぁここは納めるのが先決と思い、言葉を返そうとした
瞬間、ギトウが動く。
「真愚かな者だ」
ウリディンガルムは俺の時より速い速度で間合いを詰めたギトウを、
まるで暑い時に手で扇ぐような気軽さで払った。
マジか……ティアマトさん配下の筆頭なのかもしれない。
「仕方あるまい……興が醒めたわ。英雄よ、悪いがこの左側には
行かせる事は出来ない」
「そこが正解なのか?」
「違うな。正解は最初から示されている。最下層へ行くといい。
ここはこの守りの要にもあたるデリケートな場所なのだ」
取り合えず目的を果たせってことか。
「ティアマトさんは無事か?」
「無事も何も、主が死ねば我らも死ぬ。もっとも主は大分
苛立ちと絶望を感じているようだが。まぁこのような物を
作られたのはまだしも、永久に出られぬレベルにされてはなぁ」
ウリディンガルムは大きな溜息を吐いた。
まぁ当然だわな。俺みたいな引き篭りならまだしも、
元気はつらつな人には地獄かも知らん。
「何にせよ今はこの先へ行くがいい。色々な意味で
主は御主の到着を心待ちにしておられる」
俺は頷くと、ステンノーと共にギトウを担いでゆっくり
下り坂を行く。




