お兄さんと無頼者
「皆さーーーん、こーんにーちわー!」
別にここに来て色々遭って精神の均衡を失った訳ではない。
ていうか其れを言うなら前も色々酷かったんで、
これ位はぞうさもない。何より今俺はフツーの格好である。
これでカラフルなボンボンのついた帽子や、
サロペットかピチピチの白いチノパンとか履いてたら、
それはそれでどうかしてるぜ! って突っ込んでほしい。
今残念な事にここには突っ込み役は存在しない。
セルフ突っ込みしかないのだ。寒いとか思わないでもない。
恵理もアリスもファニーも居ない。個人的には
最初に突っ込み役を確保したいところだ。
天井を見てそんな事を思っていると、
熱い視線を感じて眼を落す。そこには期待の眼差しで
俺を見つめる女王蟻の息子が居る。妹も何か期待している。
「良い子の皆! 知っているかな? 仕事の前には準備体操が必要なんだ!」
そう俺が表情をせわしなく変えながら口を頻繁に動かしつつ、
体の動きを付けて喋ると、女王蟻の息子と妹は他の働き蟻を集め始める。
……きっつ。俺元々引き籠りなんだよなぁ……。
ホントマジでミノさん見つけたらこれまで発揮した事のない力で粉々にするわ。
ちなみにこんな方式を取っているのも、基本彼らに外の知識的な物が
あまりなさそうだったので、解り易い感じで行くのが良いと思った。
日本の教育テレビの制作者と出演者の方達は優秀である。
働き蟻さん達が集まってきたので、俺は前に並ぶ蟻さん達に
其々の関節を伸ばしたり立てたりという運動を、手を貸しつつやって貰った。
蟻のは筋肉は外骨格内側についている。なので人と同じようにした所で、
筋肉がほぐれる事は無い。それは女王蟻の息子と妹を見て解った。
二人とも立っている態勢の内側に、外骨格の色より少し薄い部分がある。
そこを連動させて動かしているのだ。そして足はあちこちに曲がる訳は無く、
ほぼ一方向に曲げるだけである。なんで無理な動かし方は出来ない。
「それじゃあ皆! 今日も一日作業頑張ろう♪」
てへぺろ的な地獄的動きをした後、俺は土カマクラの裏に下がる。
そして消えたい気持ちを宥めつつ、これは布石だ、逃げちゃダメだと
連呼して奮い立たせた。ホントマジでいつか引き籠ってやっからな!
――お、お兄さん! 準備できてます!――
「ます!」
あぁ……ぽんぽん痛いお……。
俺は暗黒面した顔に笑顔のマスクをはめる想像をし切り替える。
「よーし二人とも! お兄さん頑張っちゃうぞぉおおお!」
もうこうなったらマジモンのお兄さんになったろやんけべさ!
きっと目が死んでるであろう自分を無理やり蹴っ飛ばして、
元気ハツラツマンを演じ始める。
ステンノーさんの事は言えないのである。シャラーンならぬ
汗キラーン歯キラーンみたいな感じで作業に従事する。
作業自体はホントに地味で、働き蟻さん達が運んで来てくれた
土を、一旦積み上げて外をペンペンして固めた後、真ん中を掘って行く。
ただ、これ端折る所が何もない。剛力も魔力も使えない。
単純に綺麗に掘って中の壁を整える。職人の世界ぽくなっている。
良い修行にはなっているが、熱い視線の所為でグダる事も、
情けない顔をする事も出来ず……。
そう、まさに地獄!




