怠け者の同居人A
「キキキキキキキ」
向かってきたのは畳み一畳位の幅と奥行き、背丈は俺の身長である
一六一センチ程の大きさの赤い蟻だ。それが通路幅一杯の横に三匹。
何を目指して出て来たのか解らんけど、どうも俺を目当てに来たのでは
無いっぽい。しかし怯えている訳でも無さそうだ。
ひょっとすると、こいつらが中で工事をしている連中なのかも知らん。
こちらを認識したようだが、どうやら止まる様子は無い。
ならやるしかないな。俺は意識を向かってくる蟻に集中し、気を零まで
下げる。省エネで一撃でぶった切る。
「待って」
ステンノーが俺の右肩を掴む。
「どうした?」
「動かないで」
そういうとステンノーが俺の前に出た。
すると蟻は俺たちを避けて通過した。間一髪だった。
「あれはステンノー達の知り合いか?」
「知り合いじゃないけど、作業員」
作業員かよ……。てことはまだ作業中なのか?
「貴方も知っての通り、蟻ってのは穴を掘るのが得意なのよ」
「解るが、あれは穴を掘るだけだろ。あいつらの生活空間を作る為の。
ダンジョンを作っている訳じゃないと思ったが」
「そうね。働き蟻という蟻の中の役職の者達よ。
巣を作ったり食事の確保、仲間の御守なんかを仕事としている」
「へぇ……そらこっちを気にしている場合じゃ無いなぁ」
「人から見れば害虫の類になるのかもしれないけど、彼女らも生きているのよ。
ここは彼女たちの巣の一つというか、ミノさんが間貸ししていると言うか」
「……確かにな。てことは彼女らとは争わずに済みそうか?」
「さてね。今は仕事で忙しいから何も無かっただけで、私達を通さない事や
倒す事が仕事にならないとは限らないわ」
「そうだな。女王蟻に聞いてみないとな」
俺は相棒達を収めずに構えだけを解いてダンジョンの中を進む。
随分気が利いているのか、真っ逆さまに落ちるような感じではない。
所々光る通路を進んでいると、三つ叉に分かれた道が出て来た。
「ここについて何か情報はあるか?」
「いいえ無いわ。そもそもこんな所にこんな道は無かった」
「という事は真ん中以外が新しい道か……」
「そういう事になるわね。左右のは少し色が違うから新たに
掘られたものよ」
はてどうしたものか。俺的には蟻は甘いものとか食べ物を貯蓄している
から、少し分けてもらえそうなら分けてもらいたいと考えていた。
何しろここから先は長そうだ。幸いよく入る袋もある。
「個人的にはあまりお勧めはしないわ」
「そうか。なら慎重に真ん中の道を進むとしようか」
知識があるステンノーがそういうのであれば、その意見に従おう。
冒険者としては貯蔵庫があれば、それを見てみたいとは思うんだが。
「食い物の恨みは誰でも怖いでしょ」
何とも的確な指摘である。要らぬ敵は作らないのが良い。
別にこのダンジョンを駆逐しに来た訳じゃないし、なんだったら
安全に最下層まで辿り着けるなら、一切戦闘無しで良い。
まぁもっとも、そんな状況なら水や食料をステンノーがあれだけ
確保する必要はない訳だけど。
俺たちは真ん中の道をゆっくり進む。途中また蟻たちとすれ違うが、
端に寄っていれば、向こうも巧く避けて通ってくれる。
ここで考えを巡らせていると、ふと思った事がある。
「蟻人とかいそうだな」
「さてどうかしらね」
あ、これは知ってて答えない奴だ。
大体声のトーンで解った。さっきまでのと違ってちょっと高い声。
いじわるしてやろうみたいな。そう考えるとクスッとしてしまう。
「何?」
「いや別に」
今のは読めないとなると、何か俺の気の色なり雰囲気か何かで、
重要事かどうか判別して読んでいるのか、特定条件で読めるのか。
……まぁそこは今は機微とでもしておこうか。
「さ、そろそろ見えてくるわよ」
ステンノーの声に、はっとなって前方を注意する。
階層で言えば5か6は下った位だ。




