灰色の叫び
「で、登場した意味だったかしら?」
振りかえった彼女は別人だった。それは化粧を落とした後のように。
っていうのは冗談だが、それクラスで違う人が居るんだが。
子供らしい顔形から、何処か悪戯しそうな感じの企み顔に変わっている。
「……そうだが。それは雰囲気というか顔も変わるのも何か関係しているのか?」
そういうと、ニヤリと笑った。してやったりみたいな。何もしてやって無いが。
それともしてやったのか? いや違うか。してやられたのか、か。
「ふふん。この状況でまともに脳みそが働いているとは、貴方大分修羅場を潜っているのね」
「どうかね」
「謙遜なんて。若い訳じゃあるまいし」
「若さ関係ねーし」
「おっさんはもっとずうずうしくあるべきじゃ無くて?」
「なら君も相当な訳だ」
そういうとまた前を向いた。少しすると、体から黒い霧が湧きだした。
殺意が向けられているのは、霧だけじゃ無くあの毛先の視線からも解る。
「貴方、今ここで死にたい?」
「断る」
今俺だけ動けるようにされているのは、恐らく話があるからだろう。
この状況を成した力があれば言わずもがなだ。それに防げるであろう方法が解る。
「ならこちらに対してくだらない戯言は止めて。そうじゃないと……」
彼女は背を向けながら、体をふるわせ始める。世界も震え始める。
どうも胡散臭いとは思ったが、そのようだ。
「何があって混ざってるのか知らんが、どうする?」
こんなに混ざってたら誰と話していいやら。意識は誰と誰が繋がってるのか。
というかティアマトさんの使いのようには思えない。ロキの仕業だろう。
アイツホントに見境無いな。何でもやりゃ良いってもんでもないだろうに。
――きっと君ならなんとかできるよ――
どこからともなくそんな声が聞こえた気がした。聞こえたくないんだが。
アイツは何番目なんだ。その内、月とかに宇宙服も無く行って座ってそうじゃね?
「あdかhげあr9pんrかえlpりぉ3lsりdh2!!!!」
文字にしても解らんような雄叫びというか叫びを挙げておられる。
スキル耳栓とかないんだよなぁ耳潰れてしまうよ。
ちょっと聞こえた後指で耳を塞いだが、それでも痛い。
どうやら混ぜ物ってのがダメだったらしい。
取り敢えず眼を瞑る。こういう時ブロウド大陸での修業が役に立つ。
彼女は未だに叫び続けてる。ほっといても良いが、このままだと喉潰して伝言が聞けなくなる。
しかしなぁ手を出せば出したで藪蛇なんだよなぁ。
俺の気の範囲、領域を少しずつ広げて行く。何処であっちが反応するか。
と思ったが無視である。もう彼女の足元を通り越している。普通なら違和感と防衛本能が
働くはずなのに。
「シッ!」
耳をふさいでいた指を離し、相棒二振りを収めた後、一気に空気を鋭く吐きだし
彼女に向かって突進する。相も変わらず大絶叫中だったが、構わず気絶させる為に
首目掛けて最速の手刀を繰り出す。
しかしそれをあっさりと弾かれた。そして顔を見ると、号泣してらっしゃる。
どうすべこれ。何か耳キーンてなって聞こえなくなった。ヤバいな。
拳術を本格的に孫悟空さんみたいに出来る訳じゃないが、気を頼りに黙らせる!
が存外彼女の動きは怒り悲しみとは裏腹に、鋭く俺の急所を最短距離で狙ってくる。
しかも腕力もあるらしい。ベースは異世界人てことか。これをロキがやったとしたら、
益々許せないな。元々許す気も無いけども。
「何言ってるか解らんけど、大人しくしてもらう!」
俺は経絡から経穴を通して内部の気を放出し、筋力を増強した。
耳が聞こえてたら一瞬怯んだであろう彼女の拳の風圧も、今は何も聞こえない。
そして俺の急所を確実に狙っている=崩しが無い というのも手伝って、
少しずつ鳩尾にダメージを加えて行く。というのも体も硬いのだ。一撃ではとても
無理な感じの硬さである。剄を使って体の内部をダイレクトに攻撃するのは避けつつ、
外面から積み重ねて行く。
積み重ねの甲斐あってか、徐々に足を止め始めた。俺はそれを見逃さず執拗に繰り返す。
……ただ冷静な混ざり者が何故黙ってそうさせているのか気にはなっていたが。
彼女が膝をついてから突っ伏したのを見て、一旦増強させた筋力と共に気を内部に収める。
勿論完全に沈めた訳ではない。また叫び始めたら堪らない。
「ありがとうね。どうやらこの娘、落ち着いたみたい」
「まともに話せそうな方か?」
口を解り易く開けているので、何とか読んで返答した。
「大丈夫よ。それより貴方の耳、何とかなりそう?」
「時間を貰えれば修復できるとは思う」
「時間なら問題ないわ止めてるもの。焦らず直して。口を解り易く開けるのも疲れるの」
口の動きを読んで返答した。何にしても先ずは耳を回復させてから本題に行こう。
ダンジョン攻略する前に厄介事が多すぎだよなぁまったく。




