泥沼でもがくと深みにはまる
「ちょっと聞いてるの!?」
気を失っていた俺は、
またしても叩き起こされる。
鎧を身に付けず引き摺られ、
ギルド一階に降りてきた。
うぅ……辛い。
引きこもりの頃は気が済むまで
寝ていられたのに。
「聞いてる聞いてる」
うつらうつらしながら返事をする。
パン!という乾いた音が響く。
おでこを叩かれた。
何でだ。
そしてそれを見て女性陣は動こうとする。
「いやもういいから。起きたから。叩かなくて良いから」
身の危険を感じて制止する。
「で、議題は何なんだ」
「そんなの決まっておる!不法侵入についてだ!」
ファニーは腕を組んで踏ん反り返っている。
物凄いどうでも良い話だ。
俺が不法侵入で訴えたら連戦連勝凄いなー、である。
このクソ忙しい時に何と実りのない議題である。
「それで結論は出たのか?」
「聞いて下さいまし!恵理さんが」
「アタシは当然のことを主張してるだけだし」
ワーキャー始まる。
うちは女性陣多いからね。
賑やかだよね。
俺にボディプレスを
小一時間やってきた人達だからね。
「おーいもう終わりなら議題変えたいんだけど」
「「終わってない」」
「なら終わりあるんだろうなこの議題に」
そう言うと一同着席。
目を瞑り考え込む。
無いじゃん。果てしないじゃん。
悟り開くつもりなら永遠やればよろしい。
だが悟りよりも先に開くものがある。
「宜しい。なら次の議題だ。皆の状況を報告してく」
「コウ!何だその頬の傷は!?」
えー。
今その話するの。
てか今気付いたんかい!
「怪我したんだよ怪我。俺もこれでも激しい鍛錬をしていてだな」
「アタシが傷付けた。だから責任とります。今日から毎晩看病します」
俺は恵理を見る。
何言ってんのこの子。
看病って何だよ。
今日俺が連続ボディプレスで死にかけたのに、
お前加わってただろ。
「貴様またその話をするか!」
「ちょっと君ズルイよ!」
「アンタ何か勘違いしてない!?」
「そうですわ!」
あーどうしよう。
話が全く前に進まない。
強引に押しても襟首掴まれて後退される。
よくよく周りを見れば、
リムンとハクはビルゴと共に、
離れた席でご飯を食べている。
良く噛んで食べるんだよ。
そしてカウンター席では、
ザルヲイとナルヴィがお茶をのんびり飲んでいた。
なるほど話にならないと言う訳だな。
ある意味大人の対応である。
だがこの程度で逃げて居たら話にならん。
「ザルヲイ、ナルヴィ」
俺は二人を呼んで手招きする。
場が揉めているからと言って、
巧く先に進ませないと。
うちはほぼ女所帯だし。
ただこの光景を見るにつけ、
リムンとハクも何れこんな感じになるのかと思うと、
頭痛しかしないが。
「取り合えず話を進めるぞ」
俺がそう言うが、
聞いているのはプレシレーネとカグラ、
ショウとザルヲイにナルヴィだけである。
掴み合いの喧嘩に発展しないなら放置する。
「で、各々どんな感じだ?」
「あっしの方はボチボチでした。ビルゴの旦那は旦那と同じく変わってますね」
「私の方は問題御座いません」
「あ、えっと俺の方は」
「俺では無い私だ」
「あ、はい。私の方も無事取引が終了しました」
「私はプレシレーネさん達と洞窟に潜りました」
詳細を聞く必要があるな。
順番的にはカグラから行こうか。
カグラの成果はうちのパーティに影響が出る。
「ではプレシレーネとカグラ、詳細を教えてくれ。プレシレーネは客観的に、カグラは主観で」
「「はい!」」
二人は元気良く返事してくれる。
そしてプレシレーネは洞窟での戦いを、
実に解り易く丁寧に解説してくれた。
カグラは自分の中に湧きあがるものがあり、
それが力に成ったのではないかという。
という事は今ここでやって見せろと言っても、
直ぐには出来ないと言う事か。
日数的に厳しいが、鍛錬の必要があるな。
「解った。次はショウとナルヴィ」
「「はっ!」」
ナルヴィの事だからまた面倒な事に成るのかと思いきや、
余分な報告は一切なく実にシンプルな報告で解り易い。
ショウは何度も交渉を試みて行くうちに巧くなり、
最終的にはこの大陸の物価で等価のものと交換したとの事。
バンクに預けてあるから後ほど確認して欲しいと言う事だった。
「解った。ショウ、今後ともその姿勢を忘れない様に」
「はっ!」
「では最後にザルヲイ」
「はい」
ザルヲイの話はビルゴを立てつつも、
端的に解り易くそして客観的に評価して伝えてくれた。
力については竜人を上回る可能性がある事。
それ以外については竜人が勝っているので、
総合的には劣っているがパーティなら問題ないと言う事だった。
それなら俺としても問題がない。
「有難うザルヲイ。皆御苦労さま。日数的に厳しいが、そろそろゴルド大陸に行かなければならない。今日各自のテーマを持って鍛錬してもらって、明日は締めの鍛錬をしよう。それで大陸へ出発したいと思う。異論はあるかな?」
「いえ、御座いません」
「まぁ日数的にそれしか選択肢はないですよね」
「私はコウ殿に従います」
「私も」
「俺……じゃない私も同様です」
「何かあったら逐一報告を。必要なら対策を立てる。以上かな?」
「あのー旦那」
「何?」
「あちらはどうするんですか?」
ザルヲイの指差した方を見ない。
声だけで十分状況は把握できる。
「良いんじゃない?怪我さえしなきゃ。気が済むまでやってもらおうじゃないの。その間俺はお茶飲んでるから」
「と、止めないのですか?」
「遺恨が残ると面倒だから。この際ぶつかり合ってもらおう」
俺は黙って座っていた。
だがその内物が飛んでくる有様だったので、
結局割って入る事になった。
「で、解決策は?」
「「コウが順番を決めればいい」
「じゃ無しで」
「「はぁ!?」」
俺を睨んでくる。
睨みたいのは俺だっつーの。
オッサンの寝床に何で好き好んで入りたがる。
「俺は広いお布団で一人で寝たいのです。なので却下」
「酷過ぎる」
「横暴だ!」
「馬鹿じゃないの!?」
「何と言う無慈悲!」
「僕も反対!」
人でなしの勢いである。
俺が一人で寝ているのには別に訳がある。
それは偶に魂だけなのか誘拐されたり、
寝込みを襲われたり目覚めを待機されているからである。
流石にそれを話す訳にはいかないので、
一人で寝たい事にする。
勿論一人で寝たいのもあるが。
それでも罵詈雑言が酷いのである。
お子達の教育にも宜しくないのである。
そんなにオッサンのベッドを占拠したいのか。
「よし解った。今度のダンジョンでの貢献度による判定をしようじゃないか!」
あれ可笑しい。
場が鎮まる。
ファニー達は急いで席に着く。
「アリス我はカグラの力を安定させる鍛錬をしようと思う」
「え!?ズルイ!それ私がやるわよ!」
「いやいやそれアタシがやったほうが正確だわ」
「いえ、そう言う事でしたらこの神官たる私めが心構えを含め」
「私が武器から選定して闘い抜けるように」
「それならダンジョンマスターたる僕が」
「いえ私自分でやります」
「やはり元シーフの私が」
「あたちが教えます!」
「……私が教える!」
あれ可笑しい人が増えた。
ザルヲイに肩を叩かれ俺は席を離れる。
どうしよう話が進まない。
もう日数がないのに!
俺はザルヲイやビルゴに肩を叩かれながら、
遅い朝飯を食べるのだった。
ああ何かしょっぱい。




