新たなる力へ向けて
「ちょっと君さぁ真面目にやってよ」
黒い雲に覆われ、大地も黒一色。
所々赤が混じるその空間には悪意が充満していた。
ゴツゴツして角の生えた黒いフルフェイス甲冑は、
目の前の少女を煽る。
手を横に薙ぐと、小さなピエロ達が少女を襲う。
大きな鎌を振りまわし払おうとするも、
それを掻い潜り少女に打撃を加える。
吹き飛ぶ少女。
「クソ悪魔!」
気合いを入れて立ちあがり斬りかかるも、
辿りつけない。
珠に乗った50㎝位のピエロの集団が、
少女に体当たりをする。
またも吹き飛ばされる少女。
「ホント一本調子だよね君。考えてよ頼むからさぁ」
やれやれと言った態度を示す黒い鎧。
反応がない少女に対して溜息を吐く。
空間から現れた無数のクラッカー。
また横へ薙ぐと一斉に音が弾ける。
少女は踏ん張りながら上半身を起こす。
「良い?今度は竜と戦うんだよ竜。幾ら異世界から来てアドバンテージがあるからって、無敵じゃあないんだ。その力を存分に生かしてもらわないと宝の持ち腐れなんだけど」
黒い鎧は煽るように言う。
少女は大きな鎌を頼りに立ちあがる。
「根性だけはあるんだよね根性だけは。でもね世の中根性で何とかなるなら全員望む者に成れる。だがそうじゃないんだよ。プラスアルファが必要でね」
「うっさい黙れ悪魔め!」
「悪魔悪魔言うけど君も元の世界ではそれと同じだったじゃない。同級生を貶めて自殺未遂までさせた君に、僕を悪魔呼ばわり出来るのかね。僕の方が余程優しい。君は陰湿なだけで残忍では無い」
その言葉にキレて少女は特攻する。
「だからさー。何度やったら諦めてくれるの?それ」
ピエロ達が少女に襲い掛かる。
また吹き飛ばされる。
「ホント馬鹿だよね。元の世界なら君の勢いを恐れて、というか面倒で暇でやる事がないから君に同調、もしくは無視した周りが居たから出来ただけで、元々君にカリスマも何も無いんだよ。全て運。神の気紛れだね。でもそれを自分の実力と勘違いした。それがこの結果なんだ」
「黙れ……っ!」
「黙っても良いけど暇なんだよね僕」
黒い鎧は自分の手を見つめ動かし続けた。
その間も少女は斬りかからんと挑んできたが、
全く先に進めない。
「君は君を置いて行った父親を嫌いだけど好きっていう、複雑な環境に育った事は哀れではあると思うけど、姿勢まで真似無くても良いのにね」
「五月蠅い!」
ずっと同じ光景が流れ続ける。
暫くは手を遊ばせて暇を潰していた黒い鎧は、
どうするか考えていた。
これは鍛錬でも何でもない。
一向に考えようとしていない。
駒、としては良いのだろう。
だが素材としてはコウと同じ異世界人。
可能性としては一番高い。
年齢もコウより若い。
それなのにこの有様だ。
黒い鎧はそれでも少女を殺せなかった。
何かもっと先の事を見ると、
生かしておく必要すら感じている。
神である自分がその正体が解らないとは。
苛立ちの原因がそこにあった。
「はぁ。まぁ良いや。元々君の相手を僕がする必要は無かったんだから」
自分が直接下すより、
元々それをする必要がある人間にやらせよう。
苛立ちは解消されないかもしれないが、
それが良い。
何よりあれの修行も同時に出来て、
一石二鳥だ。
「恵理感謝してくれ。というか何れ感謝してくれる筈だ」
「誰がアンタ何かに!」
「これは必要な事なんだ。君が成長しないと後が困るんだよ。未来へ向けた君へのプレゼントだ」
黒い鎧は恵理を指差す。
それに合わせてピエロ達は、
恵理が見えなくなるほど埋め尽くした。
「左下にフェンリル、右下にヘル、左上シギュン、右上アングルボザ、天を飾るは我が父。繋ぐは世界を繋ぐ蛇。此処に顕現せよ。闇に染まりし我が鎧」
黒い鎧は埋め尽くされた恵理を遠くから指差し、
五点名を告げながら指した後、円を描く。
恵理の足もとに魔法陣が現れ、
紫の炎に包まれた。
それと同時に黒い鎧が消え去り、
姿を現したのは小さな子供。
悪神ロキである。
炎はピエロ達を焼き尽くし、
その焼跡から現れたのは黒い鎧に大きな鎌を持つ者だった。
「よく似合うね。まぁそう言うつもりで出したんだから、フィットすると思う。さて主人公を連れてこないとね。君のトラウマに向き合いのは僕じゃないわやっぱり」
やれやれと言った顔をして世界にとけるロキ。
恵理は返事すらできない。
身を焼かれる様な痛さ。
恵理は思い出す。
カッターで手を切った時の様な、
痛さと冷たさ。
それが全身を覆っている。
そして聞こえる怨嗟の声。
ハッキリ聞こえてくる。
自分が貶めた人間達の声。
恵理は頭を抱える。
今になって何故こんなにも聞こえるのか。
私に復讐しようと言うのか。
私は悪くない。
私を苛立たせたお前達が悪いんだ。
この世界でも生き延びるのは強いものだけ。
弱いお前達なんてこの世界に居たらもう死んでいる。
恵理は念仏を唱えるように、
悪態を並べた。
だが声は恵理に投げつける言葉も強さも変えない。
苦しめ。
苦しめ。
恨みを思い知れ、と。
延々と隙間なく埋め尽くすように
言葉を投げつける。
恵理は吐きそうになる。
だが何も食べていない状態では、
ただ嗚咽するだけだった。
「相変わらず往生際が悪いね君は」
ロキは空間を割って現れた。
そして腕を掴まれて現れたのは、
髪がぼさぼさの、
気だるそうな顔をした男だった。
「何を言ってるのか知らんが、お前本当にいい加減にしとけよ」
「何を?」
「何をって……。恵理を誘拐するわ巨塔は碌に話がかみ合わないわ、お前やる事が陰湿だ!」
「まぁ悪神だからね。それ位は当然でしょ。というか本来であれば僕の役目じゃないし」
「いやお前が連れてきた2人じゃねーか!厄介事ばっか押しつけやがって!」
「でも良いだろ?使えるんだからさ。僕からのプレゼントなんだ。有り難く受け取ってくれ」
「……お駄賃は拳一つで良いかな?」
「勿体無い。拳一つ分の金なんて」
「良い度胸だ。ここでブッ潰す」
「無理だね。まだその時じゃない」
キン!という音が響く。
その音が恵理を苦しめる。
頭が割れそうだった。
何も聞きたくない。
「じゃあ後は頼むよ。僕は君の為に別の事をしてくるから」
「ふざけんな!これ以上俺の心労を増やす真似をすんな!」
「そういう役だから諦めてよ。じゃあね」
ロキはそう言って世界にとけて行く。
恵理と主人公であるコウを残して。




