仲間割れ
「で、何の用?」
これはショウがギルドへ連れてこられる、
少し前のお話。
恵理は皆と離れて単独行動を取っていた。
リムン達をギルドへ預け、
一人街を出た。
待っていたのは、
黒いファーが付いたコートに身を纏った、
頬に傷のある子供だった。
「お久し振りだね恵理。元気だったかい?」
飄々とした態度で声を掛ける。
恵理はムスッとした顔をして腕を組む。
「お楽しみの所悪いんだけど用があってね」
「アタシには無いわ」
「僕にはあるんだよ」
恵理は睨みつけたが、
意に介さない。
「コウは強くなったね」
「そう?」
「あれあれー?解らないのかな。いや君達にはもう解らないか。あの次元までいっちゃうと、気取られる事がない。何しろレベルが段違いだからね。強さを理解出来なくなる」
「そうだとしたら何なの?」
「僕が困るんだよ」
「なら良かった」
「あらあら。すっかりコウ贔屓だね」
「違うわよ。アタシの都合として良いのよ」
「君の都合?」
「そう。アタシを見捨てたアンタが困るのはアタシにとって都合が良い訳」
「子供だな」
「子供ですけど?」
子供は溜息を吐く。
少しはマシになったかと思えばこの有様。
多少は成長してはいるんだろう人間的に。
だが強さとしては衰えた感すらある
そう感じたのだ。
「……困ったな。なら他を当たるよ。君より強くなりそうな子は他にも居る。あのゴブリンとの混血や、妖怪に育てられた未知の子。あの二人は弄りがいがありそうだ」
言葉が終わる前に、
大きな鎌が子供の首に掛かる。
「刎ねてみれば?」
子供は飄々とした態度を崩さない。
ウィークポイントがあると言う事は、
決して弱さであるとは限らない。
コウはそれを理解している。
その上で自分の事よりも、
パーティのレベルを上げる事に知恵を注いでいる。
そう考えると、やはりパーティの質は上がっていない。
コウと改めて話す必要があるなと子供は思った。
「ロキ、アンタ何がしたい訳?」
「改めて言う事は何も無いね。というか君ごときに言った所で意味がない。コウは僕の質問に的確に答えられるほど、知恵も力も強くなった。英雄に列せられるには、強大な力以外にも持っていなければならない。選んだ者達は意外に見る目がある。ただクロウディス王より下というのは残念だけど正当な評価だ。コウに君や僕の残虐さが少しでもあれば良かったのに」
「……べらべらべらべらよく喋る」
「そりゃね。独り言みたいなもんだよ。この後彼とお喋りするからさ」
「アンタとあのおっさんが喋る訳ないじゃない」
ロキは段々飽きてきた。
もう少し使えるかと思ったが、
まさか自分が使うよう置いて来た者が
ここまで酷いとは。
神に絶望を与えるなんてある意味凄い。
ロキはもう一つ溜息を吐く。
「喋るよ。彼が僕と出遭った当初なら喋らなかったと思うけどね」
「アンタの勝手な解釈でしょ」
何と言うか酷さが増している、
ロキは苛立ちすら覚えていた。
これはどうしたものか。
コウは僕の事を阿呆だと思っているかもしれない。
こんなものを連れて歩いていたのだから。
ロキはコウに申し訳ない気持ちすら覚え始める。
ああいうお人好しはこういう無駄な資源すら、
抱え込んで何とかしようとする。
あのショウとか言う巨人族の小僧もそうだ。
使える訳がない。
能力は単一、しかも石がなければ凡人以下だ。
他の人材を見つけてしっかり固めるべきだ。
ロキは段々イライラしてきた。
顔には出さないが。
久しぶりに話すのだからその事を言おうと決めた。
「ああもう良いや。君と話して解った事があるだけでも収穫だ」
「逃がすと思ってんの?」
ロキは限界が来たのを感じる。
自分はもう少し忍耐力が有ったと思う。
だがこれは自分の責任でもある。
チョイスを間違えた。
あの時キチンと自分の手で処理するべきだった。
「君の挑発に乗るのは僕らしくないけどね。……ああなるほどね。これも僕に与えられた役目でもある訳だ」
「何言ってんの?」
「解らなくて良いよ。要は屑を間引く仕事がある」
ロキは鎌を掴んで動きを封じる。
あっさりと動きを封じられて恵理はもがく。
ロキは見下す。
何と言う愚か。
神を前に迂闊に動くなど、
愚かを通り越していると。
「本当に屑だなお前は。弱いだけなら生きる価値もあるだろうが、愚かさまで付け加えたら生きる価値すらない!」
ロキは鎌を掴んだまま、
身を翻し投げ飛ばす。
ロキはコートの中から剣を取り出す。
最早声を聞く事すら煩わしい。
喉を潰して息の根を止めてやる。
ロキの怒りに呼応するように、
黒い炎が体から吹き出す。
「先ずはお前から始末してやる。あれの側に居るのは価値を認められた者だけで良い。僕と戦うなら手駒すら一流でなければ意味がない。僕は屑と話すのは嫌いだ」
ロキは瞬時に間合いを詰める。
恵理は目を見開く。
ああ、この程度の動きで驚くなんて。
ロキは哀れに思う。
喉を一突きで構わないだろう。
次に生まれ変わるなら普通レベルに生まれてきなさい。
ロキは祈りながら剣を突き立てる。
「何のつもりだ?」
ロキの剣がずれる。
その剣をずらしたのは、
ブラウンのフルフェイス甲冑だった。
「父上、いささか性急ですな」
「ナルヴィ、私に説教するつもりか」
「ええ。それではコウ殿には勝てますまい」
「私を怒らせたいのか?」
「いいえ。父上、私をコウ殿の元へ派遣して頂けませんか?」
「……何?」
ロキは剣をコートの中に収める。
そしてクスリと笑った。
「お前なら適任だな」
「はい。私は神ではありませんが、父上のお陰で能力的には竜人の上をいっています。恐らく役に立とうかと」
「こんなモノよりよほど気が利いている」
「それと彼女に出来れば鍛錬をしてやっては如何です?このままでは本当に父上が見る目がないと思われてしまいます。そう見られては私を派遣した所で立つ瀬は有りますまい」
ロキは空を見上げる。
確かに。
このまま処分しても良いが、
使えるようにすれば汚名返上がなる。
それは良い。
「良い案だ。死ぬギリギリまで絞り尽くしてやる」
「それが宜しかろうと思います。コウ殿には私から伝えておきます故」
「任せた。ゴルド大陸に行くまでに何とかしよう」
「ではまた」
「ちょっ!?アンタ達何話してんのよ!?」
「五月蠅い。僕の沽券にかかわる問題だ。ちなみにお前が死ねば代わりを鍛えて返上するから精々がんばってみてくれ」
ロキは恵理の襟を掴むと、左手を空に伸ばす。
黒いシミが空に混ざる。
そこから伸びてきた手にロキは捕まり、
恵理と共に消えた。
ナルヴィはそれを眺めて溜息を吐く。
フルフェイスの兜を取り、空に染み込ませた。
「さてさて殺されなければ良いがな」
金髪に紋章のような物が顔一面に広がっている。
眼はキリッとしているが、口は微笑み安い形をしていた。
鼻はスッとしており、海外ドラマで警部とかやってそうである。
「では参るとするか。気が進まないが」
ナルヴィは気が進まない。
取り合えず恵理には生きていてもらわねばならない。
だからこそ取り引きした様なものだ。
出来れば最後の最後まで、
今の位置のまま居るべきだったが。
しかも当初とは違い、
戦術戦略に明るくなったコウと話すのは、
先の展開を読まれかねない。
読んではいそうですかと進むとも思えない。
ナルヴィとしてはこれ以上の混戦は避けたかった。
空を見上げてまた溜息一つ。
割と快活そうな見た目と違い、
ナルヴィは本気で躊躇っていた。
そしてショウがギルドを出るまでの間、
真面目に悩んでいたのだった。




