おっさん、語るに落ちる
おっさん達二人組は、
刺客を引き連れ街を出る。
引きこもりの知識を総動員した
命懸けの演説が始まる!
俺とビッドは草原を走る。
街を出てから足音が聞こえないのが妙だったが
「居たぞ!あそこだ!」
その掛け声とともに馬の駆ける音が
聞こえて納得した。
まぁ当然と言えば当然か。
姫さまが歩いて旅をするなんて、
想像もつかない。
「ビッド、手筈通りに!」
「了解だ!」
互いに確認し終わると、ビッドは馬の方へ
向かって走り、俺は足を止めて様子を見る。
相手は俺が狙いだ。恐らく勇名をはせる
姫さまなら、ビッドが足止めである事は
見抜くだろう。そして腕に覚えがあるなら
「そこを動くな罪人!」
勇ましい掛け声とともに単騎で
来るわけだ。何とまぁ解り易い。
白馬にまたがり、深紅をベースとした
華美な鎧と、それに近い赤く長い髪、
そして釣り目の美人。
ビッドの説明から想像がついたが、
姿からして解り易いイノシシ振り。
「動く気はないさ。一つ問う。何故混乱する
国を捨てて、罪人を追う?」
「罪人を裁き、竜の行方を知れば
国は安定する」
「竜、竜、竜。竜はお前達を呪いも
しないのに、自ら竜に縛られるのを
望むのか?」
「竜を奉じることこそ我が一族の
使命であり、我が国の基盤だ」
「……本気で言っているのか?」
「無論。我が迷いなき竜槍の一撃を
喰らえば分かる」
「だとすると、勇ましき姫君は
腕前だけで、頭の中は夢見る乙女なんだな」
「……愚弄する気か」
「愚弄する気じゃなくて、
愚弄してるんだよ。だってそうだろう?
竜を奉じると言うが、竜を封じるの
間違いだろう。俺は洞窟で封印の札を
見た。そして生贄をささげる事が使命で
国の基盤とし続けるなら、それは何れ訪れる
革命か占領という、アンタら一族の墓に
墓碑銘を掘っているにすぎない」
「くっ……」
俺は怒りに満ちた槍の突きを、
小さく最小限にかわす。
多少切り傷が増えても構わない。
こっちは体力の総量が姫さまより
少ないからだ。
致命傷にならなければ良い。
そして見るのは槍の動きのみ。
動揺しているのか動きが大雑把で助かる。
「国を治める者とは、清濁併せ呑むことが
問われる。竜に頼るのはそれが無いと
公言しているのと同じだ。良い事も
悪い事も竜の所為にし逃げているだけ
に過ぎない。そんな統治者を望むものが、
憧れるものがどれだけいる?
そして他国からすればそれは
美味しい料理に映る」
「世迷い事を!」
「まさか解らないのか?
今も混乱するアンタの国を
狙って、この国も他の国も
攻め込む機会を
窺っているんだぞ?」
「おのれ!」
「ハッ!」
俺が問いかけているうちに、
黒隕剣は鞘から抜けており、
その柄を握って竜槍を弾く。
姫は消耗した体力から、弾かれた勢いに負け
握っていた竜槍が手から放れる。
「姫、アンタが真に国を思うなら、
アンタが先頭に立って国を統べるべきだ!
それが嫌なら適任者に譲れば良い」
「無責任な事を」
「無責任はお前たちだ!革命が起こって
すんなり国が立つと思うか?
その隙に他国が攻めいれば、国は蹂躙され
民はむごい仕打ちを受ける。
それを想像できない姫ではないだろう!」
「言わせておけば」
「姫、アンタの国の民は異常だ。
罪人に関心が無く、虚言を聞き入れ
罪もない者を罪人とすれば、
国が腐敗していくのは必定。
互いが互いを陥れ生贄としようとする
国のどこに魅力がある?
そんな国は商人から見放され、流通は止まり
何れ自給自足を余儀なくされ困窮し、
破滅する」
「……」
「姫、今が天が与えた機会だ。
そして分水嶺だ。破滅を受け入れるか、
自ら立ち先祖の過ちを正して国を蘇らせるか」
「……何が目的だ。お前は誰だ」
「俺の目的は一つだ。俺に係わるな。
今のままなら俺は火の粉を払う為に、
お前の国を滅ぼす」
「出来る……と思っているのだな」
「ああ、幸いこちらには手札がある。
そして恐慌状態の国がある。
革命の芽が無いのなら、他の国を
焚き付ければ戦争が起き、俺をつけ狙う
人間が居なくなるわけだ。
上手くすれば根こそぎ」
「……」
姫はじっと俺を見つめている。
命がけの大演説。
引きこもっていた時に
読みかじった物を総動員したんだ。
これで引きさがらなければ、
俺は大罪人になるな。
俺は俺が守りたいものを守る為に、
国一つ滅ぼす為に動く。
俺自身の死は今さら気にもならないが、
俺が幸せを望む者たちの為に
罪を犯す覚悟はある。
例え磔にされても。
一番最良なのは、戦争が起こらず
俺を放っておいて貰う事だ。
元々何もしてないのに
罪人に仕立て上げられ
生贄にされたんだ。
復讐こそすれ
追い回される謂れは無い。
「なるほど。貴方と逢ったのも
天啓かもしれん」
「じゃあ!」
「ああ、貴方と共に国を建て
直す覚悟を私は決めた」
「え!?」
あれおかしい。
今聞き違えたか?
「え!?ではない。私にあれだけ言って
決意させたのだ。責任は取ってもらおう」
「えー!?」
どういうことだ。
俺は姫が自分で国を建て直すのが
必要だと言った。
俺の目的は俺に係わるなとも言った。
どこをどう取ると俺も国を
建て直すってことになるんだ!?
理解出来ない。
「理解出来ない」
呆然として思わず口に出てしまった。
「理解出来なくともしてもらおう。
貴方が係わるなと言うなら、
そうなれるようあの国をどうにか
せねばならない。
貴方が言ったように。
そして私は貴方の言葉で覚悟を決めた。
焚きつけたのは貴方だ。納得いったかな」
「いくか!」
「貴殿は私より年長者だ。
知恵を貸して頂きたい。
国を、私が愛した国を助けてほしい」
そう言うと姫は片膝を付いて
胸に手を置き頭を下げた。
ぐぬぬぬぬ。
ややこしい事になった。
姫の言う事には一理ある。
俺が言ったんだから当然だ。
問われもしないのに勝手に喋って勝手に解決策を提示した。
語るに落ちるというのはこういう事を言うのだろうか……。
参った。
かくして俺は姫達と共に国を建て直すという
大事業に与する事になってしまった。
問うに落ちず語るに落ちる。
ついつい熱がこもってしまい、
姫に知者として勘違いさせる
大演説に成功した引きこもりで
無職だったおっさん。
筋書きに無い事態に巻き込まれた
おっさんの行く末は!?