主神が営む冒険者ギルドは出るものも怖い
取り合えず街へ戻ってきた俺達は、
その足で首都の冒険者ギルドへ向かった。
内装はエルツのものと変わりがない。
もっと豪勢なのかと思った。
「すみませーん」
俺は街へ入ったので先頭に立ち、
ギルドへも先に入った。
「はいはい何の御用かな」
俺は目を擦った。
あれ可笑しい。
確か今は現実……
いや異世界に居る事が現実かどうかは
いったん置いておくとして、
寝ている訳ではない。
今目の前に立っている人は、
老人然としているが鍔の広いハットに、
マントを羽織り黒のシャツとズボン、
交差させた黒い吊りベルトを身に付けている。
白く長い髭を蓄えた人。
まさか……。
俺は自分でも解るほど顔が引きつったが、
きっと他人の空似に違いない。
そう思う事にした。
「ど、どどどどうも。今日はお尋ねしたき事がありまして」
「ほほー。この爺に答えられることなら何でも」
優しそうに微笑みながら蓄えた髭を擦りながら、
そうおっしゃられている。
無理がある。
無理があるよ。
威厳は隠しようがない。
「あのぉ……他に人は?」
「ワシだけじゃが」
しゃがれた声で御答えになっておられる。
どうしよう平伏した方が良いんじゃね?
俺がおたおたしていると
「何よコウ!爺ちゃん困ってるじゃないのさ!」
恵理が思いっきり俺の背中を突き飛ばした。
「うひゃぉあ!」
可笑しな声を上げて、カウンターの前まで
転げながら突っ込んで止まる。
「大丈夫かの?」
カウンターから顔を出している御方に
「え、ええ。大丈夫なんですか?」
と逆に聞いてしまった。
そして顔が引っ込んだ。
「良いか今は我であって我でない。オルソンと呼べ」
さっきとは打って変わって威厳ある声が、
耳元で聞こえる。
ビクッとなって横を見る。
お茶目にウィンクしている。
呼べと言われたら呼びますけど。
凄い気まずいのは変わらないんですが。
何してんの主神様。
オーディン教会もビックリだよ!
「さっさと立たんか。怪しまれる」
俺はその言葉が終わる前に立ちあがり、
背筋どころか手の先までピシッとして
直立不動になる。
「いい加減にしないと我も怒るぞ?」
いや無理っす。
そう言いたいが、そうも言えない。
何でこうこの世界の偉い人達は、
俗世に居りたがるのかしら。
「普通にしなさい若いの」
ホッホッホと笑いながら言う主神。
一っつも笑えない。
でもこれだと話が進まない。
まぁもう主神の御望み通り普通にしますハイ。
「はい!」
「コウ、何してんの?爺ちゃん、何か食べる物お願い出来る?」
「ああはいはい。恵理と子供達は何時もので良いのかの?」
「うん!この娘ハクっていうんだけど、ブロウド大陸って所の出身なんだって。その大陸のお子様メニューってあるかな」
「はいはい任せておきなさい」
「流石爺ちゃん話せるー!」
ああ怖い怖い。
もう聞かなかった事にしよう。
でないと俺の精神が持たない。
ギルドの中の大人数が座るテーブルに、
恵理はリムンとハクを担いで行き、
二人を座らせた後自分も座る。
こういう所はしっかり出来てる。
リムンのお陰で大分人として成長したなぁ。
俺は感慨深げに頷く。
「旦那、何を頷いているのか知りませんけど、早く席につかないと」
「あ、ああ。すまないつい」
「どうします旦那。あっしらはカウンターにしましょうか」
「そうだね。かしましいのはあっちに任せる」
俺は取り合えず怖いのもあって、
カウンターに逃げる。
というか恵理の無礼とか、
後で俺に帰ってこないだろうな。
そしたら甘んじて受けるけど。
「ほう、二人はここかね?」
カウンターにザルヲイと席に着くと、
オルソン様は声を掛けて来た。
「ええ、ちょっと話がありまして」
「そうなんですよ。良いっすかねここ」
「構わんよ。ならとっておきの葡萄酒がある」
俺はそれを聞いて咽る。
心臓に悪い。
それ値段幾らなのか怖くて聞けない。
「だ、旦那平気ですか?」
「ゲフッ、ああ、ゴホッ、大丈夫」
「さぁさぁ飲みたまえ」
「あの、別ので」
「飲みたまえ」
「……はい……」
有無を言わさない。
嫌な予感しかしない。
出来ればスルーしたい。
何させられるんだ。
「さぁグイっと」
グイっとっていう軽いノリの値段じゃないよねこれ。
ホント怖い。
凄く良い香りだし美味しいのは間違いない。
まぁもう目が怖くなる前に飲んだ方が良いな。
どうせ飲まなきゃいけないなら美味しく飲もう。
「御馳走様でした」
「いや旦那味わって飲まないと」
いや味なんてしないですけど。
「ホッホッホ、そんなに美味しく飲んでくれるならおかわりをあげよう」
「いえ結構です」
「まぁまぁ。一杯も二杯も同じじゃて」
あー解る。
もう飲んだという事実は変わりないんだから、
覚悟しろってことなのね。
ふふ、笑えない。
「さて旦那、そろそろ本題に入りましょうか」
「アアソウネ」
取り合えず何をやらされるかは置いといて、
先ずは目の前の問題を片付けるとしよう。
「で、こちらは何をすれば良いですか?」
「そうだな。先ずはうちの面子のダンジョン適性を上げるのに協力して欲しい」
「というと?」
「出来れば外交特権とかあれば使って、講師を連れてきて欲しいんだ」
「なるほど。確かにこちらはブロウド大陸と違って鎖国をしていた訳じゃありません。寧ろシルヴァ大陸の方から我が国に交易を求めて来たんです。ですからその要望にはお答え出来ます」
「助かる。出来れば優秀な講師が欲しい」
「なるべくご期待に添える様な人を探しましょう」
「早速明日中に頼む」
「心得ました」
「後はゴルド大陸の地図と、行き先のダンジョンの見取り図とか解っているトラップとかがあれば。それと特徴も」
「それも早急に用意しましょう」
「その位かなぁ。今はゴルド大陸へ向けて旅立てる準備をする事で精一杯になるから、後はおっつけでも良いかな」
「勿論大丈夫です」
「ならここから先はゆっくり飯を食おうか」
「ならコウ殿、早速私は準備に取り掛かります」
「え、こんな遅くに?」
「元々竜は夜行性ですし、なるべく早く我が大陸に赴いて頂きたいのです。では」
そう言ってザルヲイは席を立つ。
オルソン様に挨拶をして。
「で、オルソン様は何を希望されているんですか?」
「何の事かのぅ」
「あ、じゃあ良いです」
俺は何事も無かったかのように、
酒を喉に流し込む。
「お主も大体察しはついているであろう」
「やっぱり何かあるんじゃないですか」
「当然だ」
「回りくどいっす」
「ラグナロク、神々の黄昏」
「ですよねーやっぱり」
「良く気が付いたな」
「ロキが姿を見せない事と、本来消極的だった竜が積極的に秩序を乱そうとしている。何かが糸を引いている様な気がしました」
「その通り。我は直接手を下す訳にはいかない」
「手を下してしまえば始まりますからね」
「再構成するのに何万年かかると思う」
「万年掛かる時点で人の領域を超えていて想像がつきません」
「地上だと強気だな」
「何時も通りにします?」
「いや良い。今回の事でロキの尻尾がつかめれば、攻勢に出れる可能性がある」
「攻勢と言うと本拠地を探し当てたんですか?」
「それを探る為に、ロキを暫く引き付けて欲しいのだ」
「また難題を」
「葡萄酒の駄賃としては良い取引だと思うが」
「ザルヲイに出したのは普通の葡萄酒ですね」
「そうだ。お前に出したのは正真正銘我の酒だ」
「……人から離れてませんか俺」
「遅かりしだろ」
「身も蓋も無い。でも解りました。オルソン様は俺にとって師も同然。弟子としては師匠の使い位やらせて頂きますとも」
「良くぞ言ってくれた!さぁ飲め飲め!」
「オルソン様も」
何とも違和感のある感じではあるが、
雲の上とは違う良い感じでお酒を酌み交わした。




