ゴルド大陸の内情
「旦那、御目覚めで?」
目を開けるとそこは見た事のある天井。
しかし久しぶりに洋間を見た気がする。
そして安心感がある。
視界に入ってきたのはアルブラハさんよりも、
小さく赤い竜の顔だった。
縦長の瞳孔が竜らしさを表していた。
そして目を瞑り微笑む。
人懐っこさを感じる。
「ああ、ザルヲイ。待たせたかな」
俺はそう問いかけた。
竜に乗っている間に
アルブラハさんから紹介されていた。
まさかその途中で突き落とされるとは、
思ってもみなかったが。
「いいえ、あっしは旦那の警護なんで。具合は如何で?」
「良い感じ。というか醜態を見せたなぁ」
「……何を言ってるんですか?旦那の凄い所は、一対一での強さは勿論の事、その他の部分も強い点です。あっしら竜人族はそっちがどうも弱い」
「まぁ王様が乗りこんで手伝うと内政干渉になるからね」
「否定はしません。でもあの王様はこの世界でも上位の存在です。それは旦那も解ってるんじゃありませんか?」
「まぁ」
「旦那、上には上が居るもんです。上が居ないと伸びませんからね」
「俺はおっさんだから」
「人間てのは自分が考えているより伸びしろがデカイ。あっしら竜人はその点どうしても無いんですよ。元々種族的に他の種族を圧倒してますからね」
「そうなのか。アルブラハさんなんて王と戦っても本気なら勝てそうだけど」
「あの御方はちょっと難しいんですよ。竜人としての力を持て余している」
「本気を出せないから俺との対決も負けた、と」
「そこも否定はしません。ただ今の旦那ならアルブラハ様も本気を出さざるを得なかったでしょう」
「そっか……なら資格は得たんだ」
「そうですね。というかあの御方に本気を出させられる時点で旦那も可笑しいんですよ」
「竜人でも難しいのか?」
「当然。ただそれは力という面だけじゃなく、竜人族の宿命というか種族特性もあるんですよね」
「というと?」
「旦那、竜人はどうやって生まれると思いますか?」
「フツーに結婚して子供が生まれるんじゃないの?」
「そうであれば今頃竜人だらけです」
「そうだな……」
「竜人てのは元々竜の分家みたいなもんで、竜から生まれます。多産ではありませんから、必然的に少しずつしか竜も竜人も生まれません。それに一度やらかしてるんで、人口的には少ない。そして竜の生存率も高くないんです」
「生まれてから死亡率が高いのか?」
「ええ。竜ってのはそれだけで有り難いものですから。中にはそれを捕まえて売り捌くなんて奴も居る」
「……酷いな」
「酷いには違いないです。でもね、人間も見えない所でそうなっている可能性も否定できませんよね」
「確かに。俺の見ている部分は綺麗な部分ばかりな気もする」
「旦那は聡明だ。この世界にはドロドロとした部分がある事を、キチンと理解しておかないと、何事においても不測の事態となって足を引っ張りかねません」
「知るべきなんだろうな」
「いいえ、知るべきではありません。そんなもなぁ必要な奴が勝手に知ります。上に立つ人間は表向きは小奇麗でなけりゃなりません。民の心を引き付ける為には汚れ過ぎたらダメなんです。そんな王に付いていきたいと思いませんでしょ?」
「理想と現実か」
「そうです。理想と現実のバランスが巧く取れている方が、王としては魅力的かと。まぁ一庶民の意見なんですが」
「ザルヲイは一庶民とは思えないが」
「いいえ、一庶民です。まぁ竜人自体数が少ないから一庶民という括りも難しんですけどね」
俺はそれを聞きながら上半身を起こす。
「ザルヲイ、アルブラハさんの救援に行く前に、大陸で何が起こっているのか聞いても良いか?」
「ええ、でも旦那。何か召し上がらなくても良いので?」
「お腹が膨らみ過ぎると、思考が鈍るからなぁ。今ならがっついて食べるから、ほどほどってのは難しいし」
「解りました。では早速御話し致しましょう」
ザルヲイは鎧の隙間から地図を取りだす。
そしておれのベッドに広げると、
竜人達の住む地、ゴルド大陸について説明を始めた。
竜人と竜が住む地域で、人口も200人に満たない。
国自体も一つしかない。
その国を治めるのは金色の竜。
名をアダマスという。
かなり巨大な老いた竜らしい。
城自体は無いものの、島全体が城下町と言う事だ。
まぁ竜人の体格からして、
人と同じと言うのは無いとは思ったけど、
まさかそこまで規模がデカイとは思わなかった。
「まさかとは思うが、この老いた竜が問題なのか?」
「そうです。また一方に若い竜がおりやして」
「竜ってどうやって世代交代するんだ?」
「老いた竜が死ぬ間際に新たな竜を最後に産み落とすんです。その子が新たな竜王になるわけです」
「勢力とかある?」
「ええ、老いた竜の他に4匹の竜が居りやす」
「5匹も居るんだ」
「そうです。問題はその中の一匹で黒い竜なんです」
「解り易いなぁ」
「元々は超慎重派だったっですがね。何があったのかここの所過激な発言が目立って来まして」
「老いた竜を消して新たな竜王になるとか?」
「近い感じです。今までは老いた竜が年長者なんで仕切ってたんですが、取って代わろうと」
「でもそれなら待てば良いだけじゃないか」
「そうなんですよね。でもやはり特別な存在として長く支配してますから。それに老いて本当ならもう亡くなっても可笑しくないのに、未だ健在というのが怖いんじゃないかと」
「なるほどね」
俺は地図を見ながら考える。
とするとこれを説得して、
思い留まらせるのが俺の仕事な訳だ。
でもここまで聞くと俺の武が役に立つ感じじゃ無いな。
「この黒い竜が居るのは洞窟の底の方か?」
「はい。ですんで他の竜も交流が取り辛くて難儀しているんです」
「で過激な発言をしていると言う事は、その洞窟には竜以外も居ると」
「御明察です。あっしみたいな小柄なのはまだ平気なんすが、アルブラハ様クラスになると戦うには窮屈な感じでして」
「その竜は地上に出られないんじゃないか?」
「そこは竜なんです。出ようと思えば洞窟を打っ壊して出てこれるんで」
「そっか。しかし俺に説得できるかね」
「口で無理なら戦って説得しかないですな」
「そう言う事か」
やっと納得行った。
要するに俺は連れていける竜人達を指揮して、
黒い竜の所まで行って話し合いをするのか。
内部の者だけでは埒が明かないから。
こりゃまた大変な事になりそうだ。
「しかし竜は知恵も優れているんじゃないか?」
「ええ、ですが全知全能ではありません。ダメと解っている筈なのに押し通そうとしている所を突いて頂ければ」
「部外者に指摘されれば納得行くかもしれないと」
「です。何とか御力を借りられればと。ひ弱な人間なら話を聞く事すら無理でしょうが、旦那なら聞かざるを得ないかと」
「解った」
「有難う御座います。あっしも皆に顔向けが出来ます」
ザルヲイは手を一旦自分の服で拭いた後、
俺に握手を求めてきた。
俺は笑顔でそれに答える。
ザルヲイの手もアルブラハさん同様、
武が染み込んだ手をしている。
豆が出来ていたり、潰れている後がある。
竜人だからと言って、鍛錬を怠ってはいない。
全ての生き物の頂点に立つ部族なのに。
「で、旦那。これからどうします?」
「そうだな。仲間と話して色々用立てしてゴルド大陸へ行く。あまり遅くなると事態が悪くなっているかもしれないから」
「解りました。警護は任せて下さい!」
「頼りにするよ」
こうしてあらましを聞いた俺は、
久々に再開する皆と如何に話すかを考えていた。
恐らくすんなりとは進まないだろうから、
7日という時間を貰った。
出来ればすんなり旅立てると良いんだけど。
俺は少し不安を感じながら着替えた。




