おっさん、見栄を張る
ビッドの元へ戻り、
冒険者ギルドへと連れだって
帰るおっさん。
ビッドが話さなければならない
という話が明らかになる!
「すまんリムン」
上半身裸で筋肉質のいかつい男が
深々と頭を下げた。
リムンは俺にしがみついていて、
その姿を見ていない。
当然と言えば当然か。
詳しい話を聞いては居ないが、想像はつく。
ビッドの忌み子という言葉。
リムンのお父とお母が村を追い出された
という話。
リムンは一人森で絶望に暮れながら
過ごしていたのだ。
「お主が謝っているのは、コウがお主を
負かして連れてきたからであろう?
そんなものは謝罪とは言わん」
「言い訳のしようもない」
「まぁまぁファニー。それを言うと話が
進まないから抑えて抑えて」
「……ふん」
ファニーは仕方なさそうに
溜息を一つ吐いて、椅子にドカッと
勢いよく座った。
リムンと一緒に寝た事で情が移ったのかな。
まぁ元々同じような境遇だし、良かった。
「で、具体的にどう償うつもりなのか
聞いても良いかな」
「……言い訳だと思ってくれて構わない。
俺はドラフト族を誇りに思っていた。
多少保守的でも、気高い一族だと」
「思っていた、とは過去形だね。
俺に最初に名乗った時は誇らしげ
だった気がしたけど」
「そうだ。失地回復を俺の身でしたいと
思っていたからだ。リムンの事は、
他の一族も知る所となり、我がドラフト族は
エルフと同じ保守的で排他的な一族だと
一括りにされてしまった。
そうでは無かったはずなのに」
「なるほど。懐の浅さを思い知って、
貴方も絶望した訳か」
「恥ずかしい話だがな。我が兄、ビルゴは
ドラフト族の中でも強靭な肉体と魂を持ち、
博愛精神に溢れた誇りに思える兄だった。
その兄が惚れ込んだのが
ゴブリンシャーマンの女だった。
女はたむろするゴブリンとは違い、
品があり肌の違いや歯の違い、目の違いを
除けば美女と言っても過言では
ない人だった。二人は山中で
出会い引かれあい、
そしてリムンが生まれた」
リムンは鼻をすすり始める。
父と母の事を思い出したのだろう。
羨ましいと思うべきか。
俺は両親が居なくなったとしても
リムンほど悲しむ自信がない。
だが父と母との思い出が美しいほど、
失った時の悲しみも
人一倍大きなものになるのだろう。
俺はリムンの頭を優しく撫でながら
一息吐く。
「経緯は解った。そして貴方もその後に
村を追われた家族が、如何に過酷な環境に
身を置き生きてきたかは、多少想像力が
働くなら解ると思う。俺の問いに関しては
どう答えてくれるのかな」
「そうだな。言葉で謝罪したところで、
虐げられた者の気持ちが癒される事は
無いとは思うが一言謝りたかった。
で、お前達、特にコウ、お前とは
話さなければならない事がある」
「山向こうの国の話か?」
「……察しが良いな」
「しかしドラゴンも居なくなり、
俺も消えたのだから
安心したんじゃないのか?」
「もしそこに、ドラゴンの遺体と
お前の遺体があれば、な」
「なるほど。
情けないと言うかなんというか」
「全くだ。お前も察していると思うが、
何かに付けて生贄をささげる事で、
国の安定を得ていたと考えている
あの国の王を初め国民は、
今血眼になってお前を探している」
「復讐を恐れてかあるいは
ドラゴンの怒りを鎮める為に殺害する」
「そう言う事だ。俺が調べた限りでは、
あの洞窟に竜を封じた魔導師の一族が
あの国の国主となり、罪人を生贄として
捧げれば千年の安泰を得られると
公言した事から、そう信じられてきたのだ」
「それが居なくなれば
自分達は破滅すると?」
「愚かなことだな。竜の居る居ないで
国が左右される事は無い。
竜とは俺たち人族よりも知的レベルの高い
生き物だ。中には暴竜もいるだろうが、
そこには訳がある。国一つ滅ぼす事など
造作もないが、攻撃されたのでもなければ
そんな事をする意義も無い事を
理解している」
「竜が知的レベルが高いなら、
協力を求めればいいんじゃないか?」
「竜と意思疎通が出来るならそうしただろう。
しかし竜は不必要に種を増やさず、
妄りに乱を起こさず他族との交流をしない。
どこかに竜人族がいるらしいが、
この大陸には居ない」
「ふーん」
俺はそう言ってファニーを見る。
ファニーと意思疎通が出来たのは、
この世界の誰の言葉も理解できるという、
俺に対しての特典の一つが功を奏したのか。
「何にしても近いうちに、刺客が来るだろう」
「どうやらのんびり路銀を稼いでいる
場合じゃなさそうだ」
「そう言う事だ。この街と山向こうの国では
国自体が違う。お前の身の処し方一つで国と
国とが争う事になる可能性が高い」
「というと、この街を治める国は
理由さえあれば隣国に攻め入りたいと?」
「そう言う事だ。どの国も領土を広げたい
のは当然の欲だろう。まして隣国が
そんな愚かな国と民であれば、
大義名分さえあれば」
「参ったなぁ……。もう少しのんびり
したかったのに」
「国にかけ込んで保護してもらうのも手だ。
ギルドを通じてすればすんなり行くだろう」
俺はリムンの頭を撫でながら考える。
一人ならどうでもいいから、
得な方を選んでいただろう。
この世界で生きて行くのに
地位や金銭があれば、
現実の世界よりも生きやすくなる。
この国が攻めたがっていて、
口実として俺を使う場合
それ相応の利益を貰えるだろう。
が、しかしだ。
今は俺一人では無い。
ファニーもリムンも居る。
俺だけが利用されるならまだしも、
ファニーやリムンを
利用されるのは耐えられない。
「さて、どうしたものか」
「で、だ。お前さんの事だから
困難な方を選ぶんだろうから、
俺が手を貸そう」
「おいおい俺は好き好んで
困難な事を選んでいる訳じゃないぞ」
「だが選択肢として
楽な国の保護よりも、苦難である
あの国に出向くという方を取るだろう?」
「……降りかかる火の粉を
払わざるを得ないからね」
「なら早い方が良い。お前と言う口実が
無くとも、隙が多ければ国は
挙兵する可能性がある」
「全くやれやれだ」
俺は天井を見上げながら思う。
確かにファニーと洞窟を抜けだしてから、
あの国の事を忘れた事は無い。
何れ問題に向き合う必要はあるかも
くらいには思っていた。
しかしビッドの話を聞く限り、
大事のようだ。
それも今は兵は拙速を尊ぶに従うより
ない状況だ。
「ファニー。少し行きあたりばったり
だけど良いかな」
「うむ。コウが決めたなら付き合おう。
火の粉を払わなければ、当初の目的を
始める事も出来ないからな」
「……アタチも頑張るだのよ」
「ああ、二人とも頼りにしてるよ」
とは口では言うものの、
出来ればこのギルドに
置いていこうと思っている。
ミレーユさんなら悪いようには
しないだろう。
それにあっちへ行けば、
否が応にも汚い事や酷い事を
しないわけにはいかなくなる。
それに巻きこむのは、
おっさんとしては受け入れがたい。
「二人とも、悪いけど今のうちに部屋で
休んでてくれ。行くなら夜に紛れた方が
安全だから」
「解った」
「あい」
リムンはそう言いつつも、
中々離そうとはしなかったが
ファニーが優しく解き、
連れて行ってくれた。
ファニーも良い子だ。
偶に俺より長生きしている
竜だと忘れてしまうが。
「さて、ここからは汚いおっさんの
話をしようか」
俺は真面目な顔でビッドと向き合う。
作戦なんて柄じゃないし、元々息を
しているだけで死を待っていた
引きこもりのおっさんだ。
しかしそうも言ってられない。
掛かっているのは二人の少女の未来だ。
無い知恵を絞って絞りつくして
ひねり出す他無い。
おっさんとして見栄の張りどころだろう。
「なるほどな。では何から話す?」
ビッドはリムンがさった事で
生き生きした顔をした。
現金な奴だ。
リムンに対してバツが悪く、
小さくなっていたさっきまでとは
エライ違いだなぁ。
「騒動の手っ取り早い終息」
俺は真面目にそう言うと、
ビッドは大きな声で笑った。
しかし時間を掛けられないのも事実。
時間が掛かれば下手をすると
ファニーとリムンが動き出しかねない。
そして国が挙兵すれば戦争になる。
それだけは阻止したい。
リムンに更なる悲しみの
上乗せをしたくない。
「そんな都合の良い手品は無い」
一頻り笑った後、ビッドは
真面目な顔で全否定した。
というよりそんな事は元々知っている。
時間を掛けられない事を
ビッドに認識してもらうには
十分だと思うが。
「それも知ってる。王を取った所で
意味が無い。恐らく国そのものが
暗示にかかっていると見ていいだろう」
「そう思う」
「しかし王族にその恐慌状態を収めようと
言う人物が居ないのも絶望的だな」
「確かにな」
その反応を見る限り、王族に
見るべき人材が居ないようだ。
とするとその下の将軍や大臣はどうなのか。
「目ぼしい人物で、あの国の中で竜に対する
危険性を主張していた過激派の王女が居たな」
「竜を退治して国を取り戻そう、か?」
「ああ、女だてらに剣の腕が立ち、
兵を率いれば将軍を凌ぐと言われている」
「なるほどね。それが追手か」
国には見るべき王族は居ないが、
国を飛び出して元凶を取り除こうとする、
勇ましい姫は居るのか。
しかし一々回りくどいな。
「ビッド、俺を試してるのか?」
「当たり前だ。姪の命を預けられる
人物が、阿呆では困る」
「ビッド、お前リムンの事を……」
ビッドはそれに対して黙って目を閉じた。
それはそれ以上言うなと言う事のように
思えたので、追及しなかった。
姪を探していたところ、スライムの大群に
囲まれていた。
ビッドの大剣は斬るというより、
叩き潰すというのが相応しいもので、
スライムを相手にするのは難しかったのだろう。
そこで冒険者ギルドに立ち寄って
手を貸してもらえる人間を
探しているところに、
隣の国で話題になっている俺を
見つけて情報と交換で
姪を救出する手伝いをしてもらおうと
していたのかもしれない。
想像だけど。
「なら及第点は頂けたかな?」
「ああ、申し分ない。俺の命も預けよう」
「それは要らん」
「おいおい」
「おっさんの二人旅ってだけでも
むさくるしいのに、この上命を預けるの
預けないのなんて話はしたくない」
「どうする?」
ビッドが俺に問う。
どうするとはどういう事か、というと
ビッドの後ろに居る綺麗な鎧を着た集団だ。
ビッドはそれを感じて問う。
俺は答える前に席から素早く立つと
ギルドのカウンターを横切り
「後は頼みます」
とミレーユさんに告げて、
外へ出る。
恐らくあの集団は
その勇ましい姫君の集団だ。
ギルド内でやり合いになれば、
ファニーとリムンが出てくる。
そうなると計画が破綻してしまう。
昨日の夜確認したが、あの二人は
寝付いてしまえば中々起きない。
俺の事を信じて
一生懸命寝てくれているだろう。
多少のばたばたなら問題ない。
しかし剣戟をかわす訳にはいかない。
俺はそのままギルドの裏手から
この街に来た時に通った門まで走る。
「どうする気だ?」
巨体を揺らしながら後ろを
付いてくるビッドに問われる。
「どうだ、ビッドはあの鎧を捌けるか?」
「余裕だ。ドラフト族の剛戦士だぞ俺は」
「なら良い。俺と、もし居たら
その姫君を一対一にして欲しい」
「説得するつもりか?」
「説得というか交渉だな」
「交渉?」
「そう交渉。姫は自身で国を治めたい。
俺は今後一切関わり合いたくない。
利害の一致だろう?」
「大きく見ればな。だが相手は
お前の命をもって事を収めようと
しているかもしれない」
「かもしれないってだけで
交渉の余地が無いとは思えない」
「お前に預けた命だ。お前の好きにしろ」
「いらんと言ったはずだ。取り敢えず
門を抜けた草原で迎え撃とう」
「了解」
こうして向き合わなければ
ならないと思っていた
始まりの国に対する特殊クエストは
スタートしたのだった。
おっさんは自分が
この世界に来て初めて触れた
国へ向かい合う。
おっさんにはおっさんの
見栄と意地があり
例え引きこもりで無職だったとしても
今は自らの命よりも
優先して守りたいものがあった。
その御蔭か所為か、
覚醒し始めるおっさん。
次回から始まりの国へ挑む!