青は藍の夢
太公望と太乙真人は
暗く息が出来ない状態を
くぐり抜け、何処かへ落ちた。
目を開けてみると、
そこは故郷の竹林にみえる。
「まさか申公豹が故郷恋しさに、こんな景色を見せるとはな」
「どうでしょうね。あれがそんなに殊勝な者には見えませんが」
「随分と酷い言いようだね」
太公望と太乙真人は見上げると、
白い虎に跨った申公豹が舞い降りてきた。
「この結界はお主のものだから、舞い降りてくる必要はあるまい?」
「まぁね。演出ってやつさ」
「くだらない事を」
「くだらなくは無いだろう。君達はここで消える。僕も消える。順番が違うだけで結果は同じ。だからこそこう言う演出は必要だよ。味気ない」
「殺し合いに味気も何もない」
「姜子牙も変わらないね。まぁ良いけど。ここに入ったからには僕が有利である事は解るかい?」
「当然でしょうね。で無ければ私達二人を相手にしようなどとは思わないでしょうし」
「うーん別にこれが無くても良いんだけどね。ただ面倒だしあの皇帝の足を掬ってやりたかったから、この方法を取ったんだ。事実彼は冷静さを失って、君達の弟子に突っかかって行った。感謝して欲しい位なのになぁ」
「なら感謝してやろう」
「同意」
「……へぇ。姜子牙ともあろう者が、僕に感謝するなんて以外だね。君をしつこくつけ回して混乱を招いた僕に」
「ああ、その御蔭であ奴の策は完成した」
「皇帝を倒せたと思っているのかい?」
「それは無論です。それ以上にこの国に戦を起こさせた事で、彼の当初の目的は果されています」
「……どう言う事かな」
太公望と太乙真人は顔を見やって笑いあう。
申公豹はそれを訝しんだ。
「そんなに面白いかい?」
「いや何、この段になってもわしの事しか頭にないというのはそれはそれで冥利に尽きると思ってな」
「そうですね。貴方は狂言回しとして物語を撹乱してきました。ですがそれも姜子牙という男が中心の物語においてのみ、その力を発揮するのだと思うと、私達としては貴方が可愛く思えたもので」
「そうだね。今僕もやっと面白くなった。こんな王手一歩手前で飛び出て来てここまで撹乱したんだから褒めて欲しいね」
「確かに。だが狂言回しとは言えまい。わしらが読んだ流れから何も逸脱して居らん」
「それはどうかな。僕が君達をここで葬って生き残れば、先がある。あの坊やは皇帝を殺さない。そうすれば僕も消えない」
「それは無いでしょう。今の貴方には負ける事は無いです」
「何故言いきれる?」
「それは言わんでも解るだろう。わしらはわしらの規則の中でこそ、元に近い形で力を発揮する事が出来た」
「そう、あくまでも物語の中でね」
「……どう言う意味だ」
「困ったのぅ太乙真人」
「そうですね姜子牙」
太公望と太乙真人は腕を組んで呻り始める。
申公豹はその姿に苛立ちを覚え始めていた。
「さっきからおちょくっているのかい?」
「いやぁ本当にお主はわしを倒す事のみだけに特化した者なんだと、改めて思っただけの事」
「しかし姜子牙、そう考えると今の状況はあまりそれに則していませんね」
「まぁ結果としてわしを倒す事だけに注目すれば、過程は問わなかったんだろうのぅ」
「いい加減謎々は止めてくれ」
「そうか、仕方がない。なら教えてやる。お前はお前の器から溢れた力を行使してしまった」
「貴方は規則から外れた。先も言ったように、私達は私達という決められた範囲内でこそ名に相応しい力を発揮できる。体力の消耗が無いに等しいのも、その恩恵なんです」
「だから?」
「「お前は弱い!」」
太公望は腰に下げていた棒を引き抜き、
太乙真人は懐から珠を取りだす。
そして太公望が棒を釣りをするように、
空へ向かって打つ。
太乙真人は珠を掲げる。
「ここへきて宝貝を出すとは。有り難いね僕を強敵と認めてくれて」
「そうだの。だがもう終わりじゃよ」
「そう言う事です」
申公豹は頭部に衝撃を受ける。
明らかに何も無い所から攻撃を受けた。
迎撃をしようとするも、体が自由にならない。
太乙真人に目をやると珠が光っている。
「九竜神火罩が何故拘束を!」
「申公豹、ここはどこですか?」
「何だと!?」
「閉じ込められた空間じゃ。条件が同じなら、お主のこの結界をも喰っている」
「馬鹿な!?」
「馬鹿は貴方ですよ。私をこの空間に閉じ込めた時点で貴方の敗北は決定している。まぁ同時に私達の消滅も決まっていましたけどね」
太乙真人は太公望を見て微笑む。
太公望は見ずに微笑んだ。
二人は結末を知っている。
だからこそ希望をここまでに託してきたのだ。
自分達は本来ならここに居ない者。
何れ消えゆく運命ならば、
後に続く道をしっかりと作る。
それが出来たからこその決断だった。
「欲を言えば、不肖の弟子の決断を見届けたかったが」
「それは心配ないでしょう。でも意外性の高い答えを出すかもしれません」
「ああ、それは楽しみだ。あれは面白いからな」
「ええ、ナタク達と共にその結末を酒でも酌み交わしながら見ましょう」
「おのれぇええ!!」
「さらばだ申公豹。行くぞ友よ!打神鞭乱舞!」
「ええ行きましょう友よ!咆えろ竜よ!九竜神火罩!」
見えない攻撃の雨に申公豹は身動きすら出来ず、
太乙真人の掲げた珠から出て来た九つの竜の炎で溶かされ、
跡形も無く消え去った。
太公望と太乙真人はそれを見届けると、
天を仰いだ後互いを見る。
そして頷きあうと掌に拳を打ちつけ、
眩い光を放ち始める。
竜は結界内に居る者を滅ぼすのが役目。
二人は竜に喰われるよりも、
この世界に無いものを無くす方法を
取る事に決めていた。
「今回は何故か前よりも達成感があるの」
「そうですね。前は国を統一へと導く事と封神で手一杯でしたから。人を育てる余裕など無かったですしね」
「人を育てるという人としての行いをやり残していたか」
「ここまでじっくりと一人の人間を基礎から鍛えたのは私も初めてです」
「ナタクは?」
「あれは元々出来た子です。それに戦略戦術を教えて覚える子でもありませんでしたが、武芸においては手間が掛かりませんでした。しかしそれがあの子の助けとなり救いになるとは思いもしませんでしたけどね」
「全く御仏の慈悲とは恐ろしい」
「本当ですね。我々にこんな話があろうとは」
「ではな友よ」
「ええ友よ」
太公望と太乙真人が放った光は空間を覆い、
二人の姿さえも見えなくなる。
コウにとって戦略戦術の師であり、
基礎を作った二人の師は笑顔を携えて、
元居た場所へと帰って行った。




