釜底抽薪―急―
関帝は腕を組みながら、
森が開拓されていく様を見ていた。
どちらも凄まじい武将。
だがあの呂布奉先が押されている。
自分達の時代で武将として評価され、
悪名と共に後世に残ったが、
相手が悪かった。
白い鎧を身に纏い、
振るう一手一手に天下が見える。
このような人物を下した劉邦は、
高祖と言うに相応しいのだろうと
想いを馳せていた。
「もう良いだろう悪童。お前の相手をするのはもう飽きた」
ブンと矛を振り、そう告げる。
天下に近かった男項羽は呂布奉先を退けた。
勿論大人しく引き下がる呂布ではない。
だが呂布は時期が悪いと考え、引くふりをして
怒りを溜めつつ報復する機会を窺う事にしたのだ。
「さて待たせたな関帝。お相手願おう」
項羽は馬を向けて関帝にそう告げた。
関帝もそれに答えるように冷艶鋸を振るう。
直ぐ様間合いを詰めて一騎打ちが始まる。
互いに引かず譲らず一進一退の戦いを
繰り広げていた。
「敵軍を薙ぎ倒せ!」
呂布は二人の戦いが始まり動けないのを良い事に、
兵をまとめ上げ、関帝の率いて来た
兵を追いまわし始める。
「余所見をしている余裕はなかろう?」
関帝がその様子をチラリと見た瞬間、
項羽の矛が顔の横をかすめた。
関帝は恐れていた事が現実になり、
窮地に陥った。
項羽の狙いがそこにあった事は、
呂布を生かしていた事で解る。
項羽ならば、呂布を討てた。
関帝は考えたくは無かったが、
項羽は呂布よりも全てにおいて
上回っており、それを承知で拮抗している
ように見せ掛け呂布が引かざるを得ない
状態へ運んだのだ。
あの猛将を余裕で抑え込むとは。
この男は想像以上に手強い。
だがこのまま放置していては、
呂布に兵が刈り取られてしまう。
この地を制す事がコウの策の肝の一つ。
どうしても引く訳にはいかない。
関帝は目を瞑り意を決した。
馬首を返して反対向きに座り直す。
「何の真似だ関帝」
「いや何、昔戦った友も曲芸が巧くてな。それを真似てみようかと思うただけの事」
「ふん」
鼻で笑う項羽は矛を薙ぐ。
しかし関帝はそのまま馬を前に進ませ、
項羽の攻撃に備える。
「本当にその体勢で俺を相手にする気か?」
そう問いかける項羽に対して、
関帝はただほほ笑むだけだった。
やがて二人は敵味方入り乱れる
戦場の中に陣取る。
そして関帝は手で指示を出す。
兵士達は落ち着きを取り戻し、
呂布を相手にせず混戦に持ちこんだ。
更に敵味方入り乱れてしまった為、
呂布は単騎で戦果を上げる事が出来なくなる。
だがそこは呂布。
戸惑ったのもつかの間、
敵味方関係なく斬り始めた。
関帝は赤兎馬を進め呂布の馬に当てると、
隙をついて冷艶鋸の柄で吹き飛ばし、
下馬させる事に成功。
敵味方にもみくちゃにされる呂布。
それを見ずに関帝は項羽の攻撃を受け流す。
「おのれ曲者めが!」
項羽も呂布同様、関帝との妨げとなる者を
敵味方関係なく斬り始めた。
しかも関帝の指示で関帝の味方は関帝の後ろへと
下がらせており、斬られているのは項羽の味方である。
関帝と兵の繋がりの強さは、
劣勢にあっても健在で、
それは一個の人のようだった。
項羽と呂布はどうあっても関帝を倒さなければ、
ここでの勝利は無いと改めて思い、
関帝のみに狙いを定めようとする。
だがそれには遅きに失した。
元々関帝の狙いは混戦に巻き込むことであり、
二人の武将の弱点を付いている。
項羽は部下に厚いものの、
その反面部下を信じていなかった。
呂布は自分が生き残る為なら手段を選ばない。
両者とも単騎であれば最強。
だが混戦であれば自分に有利である。
関帝は冷静に判断していた。
項羽と呂布は自分自身の力を疑っていなかった。
だからこそこの作戦は有効に働いた。
「くっ!?邪魔をするな!」
「貴様らどけ!」
項羽と呂布の声が戦場に響き渡る。
次第に項羽と呂布が従えていた兵士は、
関帝の兵士達と戦う事を止め
「射れ!」
「何を!?」
「裏切り者共がぁ!」
項羽と呂布に対して攻撃する有様だった。
兵士達からすれば碌に指揮もせずに
単騎で仕掛けた上、混戦にあっては
躊躇なく味方を斬る将には
付いて行ける筈も無かった。
「関羽!関羽!」
「出て来い関帝!」
項羽と呂布の声は悲鳴にも聞こえた。
関帝は味方と味方になった者達をまとめ上げ、
項羽と呂布を攻める手を休めなかった。
一個の武で相手をしてやりたいが、
弟子の為に戦を有利に運ばなければならない。
武人としては受けて立つべきなのだろうが、
そうは言ってはいられない。
濫りに犠牲を出すのは、後に憂いを残す。
「全軍、矢を放て!」
関帝の兵士達は弓を携帯して戦に臨んでおり、
皆武器を仕舞い弓に持ち替え矢を放つ。
雨霰と振る矢に次第に項羽と呂布の体は
矢まみれになって行く。
既にもう馬も無い。
「ぐぉぉおおお」
「くっ……」
「何か良い残す事は有るか」
関帝は手を上げ矢を止めた。
その問いに対して項羽と呂布は
血を吐きながら
「「ぬかせ!」」
と答えた。
関帝はゆっくりと赤兎馬を前に進める。
「この時を」
「待っていた」
項羽と呂布は命を掛けた一撃を放つ。
「火尖槍!」
「青龍争覇斬!」
だが駆け付けたナタクの一撃が項羽を、
関帝の一撃は呂布を貫いた。
「「まだだ!!」」
二人の豪傑は貫かれながらも矛を掴み、
更に深く自ら突き刺しながらも、
距離を詰める。
「さらばだ呂布」
関帝は腰に刺していた剣を引き抜き止めを刺した。
「消えろ」
ナタクは火尖槍から炎を発し、項羽に止めを刺す。
二人の武将は絶命するかと思いきや、
それでも止まらずに、呂布は関帝に組みつき刺し違え、
項羽は炎を纏いながらナタクに組みついた。
「関帝!ナタク!」
太乙真人は急いで風火二輪から飛び降りたが、
時すでに遅しであった。
項羽と呂布は微笑みながら消えていく。
「太乙真人殿、後の事は頼む」
「太乙真人、コウを頼む」
関帝とナタクはそう後を託して、
天へと帰って行った。
太乙真人は膝と手を地面につき
暫く兵士達に顔を見せなかった。
だが切り替えなければならない。
二人の頑張りを無にしない為に。
「皆さん、是非力を貸して下さい」
「太乙真人殿、我々はどうすれば」
「貴方は?」
「カンシュンと申します。関帝様に仕えています」
太乙真人はその顔を見つめる。
仕えている……。
例え消えたとしても、志を継いでいると言う事か。
関帝も置き土産をコウ以外にも残していた。
流石名将。
「ではカンシュン、兵を纏めてウンチャンへ向かって下さい」
「何故です!?皇帝を」
「皇帝は私達で何とかします。貴方は貴方の役目を果たして下さい」
「役目とは」
「シン公主が御座す」
そう言われてカンシュンはハッとなり、
拳を手で隠して一礼すると、兵を纏めて去って行く。
「いよいよ全て大詰めか……」
太乙真人は天を仰ぎそう思いを馳せていた。
「そう言う事です太乙真人」
「どう言う事なんですかね。私にばっかり」
「そりゃ仕方がない。君の立ち回りが巧いのさ」
「巧かったら二人を生き残らせて皇帝を袋叩きにしますよ」
「そうはならないさ。君と僕の幕引きで次の舞台が整う」
太乙真人が振りかえると、
そこには女物の着物に身を包み、
鞭を持った者が居た。
「我々が消える事で舞台が整うと?」
「そう言う事だよ。何せこの僕が何もさせてもらえずにただ君を仕留める事しか出来ないんだからね」
「そうですね狂言回しの貴方がよく引き受けましたね」
「引き受けるも何も呼び出されて直ぐに太乙真人を倒せだからね」
「皇帝としては得る者は得たから用済みと言う訳ですか」
「そう言う事みたいよ?元々僕達はここにいるべきじゃないから」
「全くとんだ我儘ですね」
「ホントだよね」
「では申公豹始めましょうか」
「君もあっさりしてるね。僕はまだ役目があるから」
そう言うと、背後で赤い光が立ち上る。
太乙真人はふぅと溜息を吐く。
「あくまで私を次に行かせないつもりですか?」
「頑張ってみれば?」
終幕へ向けて二つ幕が下がり、
新たな幕を下げるべく戦いが始まる。




