釜底抽薪―破―
「どうも太乙真人」
「これはこれは孔宣様」
太乙真人はナタクと離れ、
兵を連れてシレイ方面に布陣していた。
その目の前に五色の煌びやかな鎧に身を包み、
赤い髪を靡かせる中性的な武将が
騎乗して現れる。
太乙真人は孔宣をナタクを通して知っている。
しかしこの姿で現れたのは
一体どういう訳なのか解らなかった。
「別に驚く事は無いでしょう太乙真人。私が影響を受けたのは貴方達と同じですが、それだけじゃない」
「それは興味深いですね」
「でしょう?まぁ賢い貴方に時間を与えるのは私にとって不利になる。簡潔に。人と言う物が嫌になりましてね」
そう聞くと太乙真人は少しずつ笑いだし、
最後には声を上げて笑った。
「そうやって私を煽って判断を鈍らせようとしても無駄ですよ?」
「それはどうだか」
太乙真人の狙いはその通りだった。
だからこそ言い終わる寸前で遮る。
訝しむ孔宣。
「私の狙いが当たっているのにどうだかとは何です?」
太乙真人は喰いついて来たのを
心の中で喜ぶ。
そして一息吐いて言葉を発する。
「貴方のおっしゃる通り最初はそうでしたが、私が笑ったのはそれとは別問題です」
「というと?」
「ご自分の言葉を思い返してみて下さいよ」
「謎解きをする気は有りませんが」
「謎を謎のままにして戦えば、隙が出来ますよ?」
孔宣は腕を組み少し目をつぶった後、
「仕方ありませんね」
と答えて目を開ける。
自分の言葉を思い返す。
が答えは解っている。
自分が人が嫌になったのは可笑しいと
言いたいのだろう。
それについて答えれば太乙真人の術中にはまる。
そうなれば時を稼がれる。
次は太公望かナタクが来て併撃される。
策としてはこうだろう。
「私の狙いが解っていますよね?答えなくても構いませんが」
今度は孔宣が微笑む。
これは嘘だ。
太乙真人は是が非でも
同じ所へ誘い込みたいはず。
こちらを揺さぶっているだけに過ぎない。
なら一気に斬るしかない、
と考え動こうとする。
だが太乙真人はそれを制するように言葉を発した。
「ああちなみに私はナタクの親代わり……厳密に言えば親みたいなもんですが、あれほどでは無いにしても私はそんなにひ弱じゃない」
なるほどと孔宣は頷く。
これも太公望を助けて戦った者だった。
後手後手に回っている。
この状況を打破するには
こちらから仕掛けるしかない。
その腕に直接聞けば良い。
孔宣はそう考え直ぐ様動く。
「ほほう。偉大な孔雀様は戦好きですな」
元より弁舌が経つ男。
こちらを手玉に取るのがもくろみ。
もう二の句を次がせない。
「十二蓮華」
地面から剣山が十二個現れ、
それが花のように開くとこちらへ向けて
剣が向かってくる。
「孔雀後光!」
霊力によって孔雀の羽根のように
光の刃を放つ。
だが今は赤々と燃え盛る光の刃。
心を反映しているようだ。
「へぇ。霊力は悪に落ちてもあるんですね」
「……そうだ」
「男の恰好で現れたのもその意思表示と見ますが」
「解っていて尋ねるな」
「はいはい。で、どうでした私の力は」
「流石太公望一派」
孔宣は太乙真人を煽るべく言葉を放つ。
この言葉は癇に障る筈だ。
太公望のみが表に出ていて日陰役。
どんな者でも労に見合う名声が欲しい筈。
ましてや二度ともなれば尚更。
今回も日陰役では納得行かない事もあるだろう。
小さな隙を見つけ広げてやれば良いと。
「おやまぁ随分と人間臭い考え方をなさいますな」
「孔雀後光!」
「十二蓮華蕾!」
十二の剣山は一度開花した後、
太乙真人の体を覆うように再構成し、
蕾を模って防御された。
孔宣の技は放出系。
削るには適さない。
孔宣はナタクの師であるからと
高を括っていた自分を叱りたいほど
苦い思いをしていた。
だがここは持ち直し、隙をついて
一気に叩きこまなければ分が悪い。
苦悩している場合では無い。
「これでは会話が出来ませんね。仕方がない。説きましょう」
緩んで太乙真人が見えた今だ!
「なんてね」
孔宣はそのわずかな隙間に
凝縮した霊力を放ったが、
あっさり遮られる。
「ホントに貴方孔宣様ですか?人間ですよ完全に」
太乙真人は自分のペースに巧く
引き摺りこんだのを確認した。
しかしギリギリだった。
太乙真人自身の武器らしい武器と言うものは無い。
記述としてはコンロン山の仙人で、
ナタクの生みの親。
ここから派生して生まれたのが発明好き。
天に仇名す研究を成し遂げた男。
なのでそれに見合う宝貝などは無い。
だが太乙真人はそれを逆手に取る。
元々ないのなら作れば良い。
三略を始め太公望の武器、
そして自分を護る宝貝を一つ。
地に足を付けただけで制限をある程度受けていた。
その中で3つだけ生み出せたのだ。
なので十二蓮華のみしか無い。
向こうはそれ以外に気を取られ過ぎて、
考えていない。
そして時間は稼いだ。
「人が嫌いだと言いながら、人に近い状態でこの地に降りる事を承諾した。それはきっと貴方が誰よりも慈悲深く、もしかしたら自分は人を知らずに慈悲のみに考えを巡らせていたのではないかと思い悩んだ」
「何故」
「いや貴方ほどの方がわざわざ地に落りた理由なんて、思い当たるのはそれ位しかありません。人は何故慈悲を求めつつ同族を殺めてまで生きるのか。ですが孔雀様、それを人に問うべきではありません。貴方、いや貴女が満足行く答えは決して得られないからです」
「……限りある生」
「そう言う事です。限りがあるんです。短いものなら0、長いものなら100を超えます。ですが我々は違います。人にそれを問うのは早計だと思いませんか?」
「なるほど」
孔宣は最初から解っていた答えだったが、
地に足を付ける事でその身でもう一度解る必要があった。
実感せずには居られなかったのだ。
それを指摘する者を求めていたのかもしれない。
本当は人に指摘して欲しかった。
だが太乙真人も今は地に足を付けている。
そして以前の太乙真人とは少し違うようになったのは、
恐らく人との出会い。
その人を通して言わせたと納得する。
「太乙真人!」
「太乙真人様!」
太乙真人の後ろから砂煙が上がる。
恐らく一人は太公望。
もう一人はその影響を与えた人間。
「師弟揃ってお出迎え御苦労さまです」
「いえ、あの方は?」
「初めまして人の子。私は孔宣と言います。貴方の師は大した人です」
「いえ、お世話になるばかりで」
「共存共栄」
「え?」
「互いに刺激し合い成長できるのは良い師弟関係を築けた証拠です。さて、では私は御暇しますね」
「はい。どうかご壮健で」
「あ、ど、どうもです」
「こらコウ。なんて無礼な」
「良い太公望。知らぬが仏と申します。それでは貴方達に祝福があらん事を」
そう孔宣は言い終わると、
体から光を発して孔雀へと姿を変え、
天へと登って行った。
「あの……状況がよく分からないんですが」
「別に全てを知る必要は有りませんよコウ。幸運を得られたと解釈しておくに留めなさい」
「は、はあ」
「太乙真人、玉藻の霊力が消えた」
「解っています。そして孔宣様は足止めですね。元々シレイの街には何も仕掛けられていない」
「太乙真人!」
空から声が飛んでくる。
ナタクが風火二輪から飛び降り駆け寄る。
「ナタク御帰りなさい。ウンチャンは問題無いですね」
「ああ……」
「コウに伝言が?」
「コウ、玉藻が約束を頼むと。そして皇帝はもう形振り構っていないから気をつけろと」
それを聞いたコウは天を仰ぎ、拳を隠して一礼する。
「コウ、今はその位で。皇帝はどうやらここでケリをつける気はないようですね」
「はっ。向こうの戦列は伸びているのに、皇帝の気配が感じません」
「ではナタク、私達は関帝の元へ」
「おう!」
「太公望、こちらは頼みます。恐らくもう一枚いる筈です」
「任せておけ」
「では!」
太乙真人はナタクと共に風火二輪に飛び乗ると、
首都の隣へと飛んで行った。
近付きつつあるブロウド大陸発起戦の終幕へ向け、
太公望とコウの師弟は拳を隠し、
太乙真人とナタクへ礼をして別れを告げつつ
軍の指揮へと戻るのだった。




