釜底抽薪―序―
「シン公主、よく無事でこられた」
玉藻はウンチャンに辿り着いたシン達を、
街の入り口で兵達と共に出迎えた。
そしてコウからの親書を受け取る。
策ではシン達をウンチャンに置いて、
その後引いて来た軍に合わせて、
首都兵達を襲撃。
ただし異常があった場合には、
伝令を向けて欲しいとの事。
「なるほど。わらわの勘もコウと同じじゃな」
玉藻は頷く。
コウはキチンと冷静に周りが見えている。
自分の策に自信があると、
どうしてもそれに固執してしまう。
良い師を持ったのだな。
玉藻は傍に控えるハクの頭を撫でて微笑む。
「お主ら、わらわ達に何かあった時は、この街の港から外へ出よ」
「玉藻殿」
「絶対に勝てるなどと大きな口は叩けん。じゃが勝つ自信はある。何よりコウが冷静なのが救いじゃ。勝つ手立ては勿論の事、万が一の場合も想定して策を立てている。どちらに転んでも明日はあのじゃ。じゃからこそお主ら全員生きていてもらわねば困る。それとハクを連れて行くが良い。この娘は賢い。いざという時に役に立つ」
そう玉藻が言うと、ハクは玉藻にしがみ付いた。
「ハク……そろそろそなたには母離れしてもらわねばならん。良い女になる為には、自立しておらねばならん。何、何時でも会える。それにそんな事では嫁に出せん。母の顔を立ててたもれ」
それでもハクは離さない。
玉藻は寂しそうな顔をしてみせたが、
身を屈めてハクの目線に合わせる。
「良いかハクよ。コウにそなたの事は頼んである。是非母の変わりに世界を見てきて欲しい。そして色々な知識を付けて、何時かわらわに賢い孫を見せて欲しい。願いを聞いては貰えんか?」
ハクは恥ずかしそうにうつむくも、
涙がこぼれて止まらなかった。
「愛い娘じゃなハクは。安心せよ。母は何時でもそなたの事を見守っている。それを忘れないで。絶対に」
玉藻の言葉が終わると、
ハクは玉藻に抱きつく。
頭を撫でて落ち着かせる。
「さ、お主ら。早くハクを連れて中へ」
ゆっくりとハクを離すと、
玉藻は背を向けて凛々しく立つ。
「玉藻殿?」
「早く」
玉藻は短く、だが強く命じる。
それは動物的感覚が告げていたからだ。
敵が来ると。
「別に良いのよぉ?ゆっくりやって頂いても」
甘ったるい声が空から飛んでくる。
玉藻は九つの尾を十二単の裾から出すと、
白い炎を出現させて、降り注ぐ氷を遮る。
「そう言う割にはこんな事をして来ては説得力がないな」
「あらごめんなさい。私ったら間違えちゃった」
ペロッと舌を出して目をつぶったのは、
厚い着物をはだけさせ目元を黒く塗り、
蒼い髪を泳がせて空に漂う絶世の美女。
しかし九つの尾が生えていた。
「初めまして皆さん。私妲己。この国を滅ぼしに来たの。その前に私の力を完全なものにしないといけないのよね。だからそこの偽物に死んでもらいます。さらば~♪」
そののらりくらりとした甘ったるい口調とは裏腹に、
鋭い氷柱が雨霰と玉藻達の頭上に降り注ぐ。
「お主ら、早くウンチャンの中へ!」
玉藻にそう促されてシン達は中に入る。
ハクもアリスやファニーに手を引かれて
入って行った。
後ろを振り返りながら。
「まぁ順序はどうでも良いのよ。どっちにしろ皆私に八つ裂きにされるんだもの♪腸を見るのが楽しみだわ♪知ってる?一人一人違うのよ?」
妲己が声を弾ませて喋っていると、
白い炎が隙無く放たれる。
全てかわしたと思い微笑む妲己。
しかし玉藻も微笑む。
妲己はその顔を訝しんで振りかえると、
避けた筈の白い炎が幕のように広がり、
妲己を包もうとしていた。
「へぇ」
妲己はあっという間に包まれ
幕は爆炎と化した。
轟音が響き爆風が着物を揺らしているが、
玉藻は警戒を説かない。
「あらま」
姿を露わしたのは無傷の妲己。
玉藻は少しも驚かないで居た。
「もう少し感動して欲しいんだけどなぁ?これ中々貴重な技よ?絶対零度を霊力で形成したんだけどなぁ。知ってる?運動エネルギーを0にするの。私はそれを操って最小限の範囲内を0にしたわけね。解るかしら」
「で、切り札を捨てたわけだが」
「ふふふ。そうね。確かに私達でもこの芸当を1回やれば、その代償を払わなくちゃいけない。でもね、私は貴女の様な善人じゃないのよぉ?お解り?」
妲己の言葉が終わった瞬間、
ウンチャンの都市全体の地面から
赤い線が無数に現れる。
「貴様!」
「やっと怖い顔になってくれたのねぇ。感激だわぁ。あんまり涼しい顔されてると私つまらないのよぉ」
玉藻は妲己を追い掛けるように
空中に上がり攻撃を仕掛ける。
「あらあら良いの?そんなチンタラしてたら皆死んじゃって私はもう一度あれをやるんだけどぉ?この都市が終われば生命反応のある所へ移動して、私は私の呪力を回復するわぁ。そしてこの世界を牛耳るのぉ」
「おのれ!」
「あーもうもっと頑張ってぇ!」
からかうように妲己はひらひらと避ける。
玉藻の攻撃は避けられ続けた。
「んふ。もう力が集まってきたわぁ。あの街の人間は後どれ位苦痛に耐えられるかしらぁ。私とても楽しみ。この世界の人間の魂も悪くないわぁ」
「そうか。それは良かった」
妲己の背後に人影が現れた。
妲己は振りかえる間もなく槍に貫かれる。
「消えろ。火尖槍!」
妲己の刺された部分から炎が湧きでて炎で包んだ。
「ぐああああっき、貴様」
「逃れられまい。俺はお前よりも一段上の存在だ。確かにお前の芸当は素晴らしかったが、体内から炎を出されてはあれは出来まい。やればお前が消えるのだからな」
「ぐぁ」
「去れ下郎!」
玉藻は妲己の頭に手を置くと、
手のみ巨大化させて斬り裂く。
それを追い打ちする形で
「炭も残さん!火尖槍!」
ナタクは自身の槍を細切れの妲己に向けて放つ。
文字通り炭すら残らず断末魔も無く消えて行った。
「ナタク殿、すまん」
「何、俺は遊軍だからな。それよりあの街をどうするか」
「そうじゃな」
妲己が消えても街を覆う赤い線は消えていない。
恐らくこのまま放置すれば妲己は復活する。
「奴を消した所で消えない。と言う事は繋がっていると言う事になるな。俺の火尖槍で消し飛ばしてみるか」
「いやダメじゃろう。あれはそんな単純なものでは無い。それよりナタク殿、コウに伝えてくれるかえ?」
「……何なりと」
「約束を頼むと。後皇帝はもう形振りをかまっていない。下手をすればこれと同じものが各街にまかれると」
「承知した」
「ありがとう。では先に御暇させてもらう」
「後の事は任せてくれ。俺達もおっつけ後から行く」
「そうじゃな。また会えると良いな」
「会えるさ。アンタはアイツじゃない」
微笑み合い握手を交わす。
そして玉藻はウンチャンの上空に移動すると、
自らを白い炎で包む。
「ハク、どうか幸せになってたもれ」
震える小さな声で届くよう願いながらつぶやく。
心が通い合っていれば届くと信じて。
玉藻は白い炎で身を焼き消すと、
眩い光を放った。
ウンチャンの街に立ち上る赤い線は全て消え、
住民たちも無事だった。
ナタクはそれを見届けると、
火尖槍を引き抜き風火二輪で飛び立ち
ウンチャンを後にする。
玉藻の願いを伝える為に。




