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おっさん、果たし合う

昨晩の来訪は対決の

予兆だったのか。

ドラフト族の剛戦士ビッドの

大剣が唸りをあげて

おっさんに襲いかかる!


「ぬぉおおおっ!」

「つあっ!」


 俺はドラフト族の剛戦士ビッドの大剣を

かわして足に蹴りを入れる。

多少バランスを崩したが、二撃目を

繰り出して来た。

しゃがんで薙ぎ払いをかわすと距離を取る。

体力が無いからなるべく最小限に小さい動きで

かわさなければ。

 息は幸いまだあがっていない。

色々あって体力が付いたのだろう。

有り難いが、あの大剣を一撃でも受ければ

お終いだ。

どれだけ持つか。

黒隕剣をどのタイミングで抜くか。

ミスが許されない。

ミスはすなわち死に直結する。

ビッドをにらみつつ、なるべく体を

硬くしないように気を付けた。


「どうする?」


 昨夜は食事を楽しんで、寝るときはベッドが

二つしかない為いざこざはあったものの、

女の子同士なんだからと説得し

ファニーとリムンを同じベッドで寝かせて

朝を迎えた。

揃って下へ降りると、ミレーユさんは神妙な

面持ちで俺に一枚の紙を差し出して問う。


「よく分からないけど逃げるのは

無理そうだし」

「あのビッドっていう人は生憎うちのギルドの

人間じゃないのよ。こちらが制止出来ないし、

調停しようにも父は今出張中だし。相手の

ギルドを探して、っていう時間が無い。仮に

ギルドに所属していないなら、討伐っていう

方法もあるけど確定していない状態で

それは出来ないし。

ごめんなさいね、お役に立てなくて」

「いや、ミレーユさんは悪くないよ。

ここを根城にするならこれは避けられない」

「コウ、我も行くぞ」

「アタチも!」

「ダメ」


 俺が一言で却下すると、二人は不満そうな顔

をしていた。

ファニーは眉間にしわを寄せているし、

リムンは頬を膨らませている。

でもこれは一対一の申し出だ。

男としては女性と子供を連れてはいけない。


「一応依頼っていう形で紙と報酬を置いて

逃げるように行っちゃったから、

私も受けられないって言う暇も無くて。まさか

こんな事になるなんてね」

「いいって。こっちも何で執拗に話を聞けって

言ってきたのか、気にはなっていたから」


 俺はそう言うと、朝食を頼んで

3人で食べた。

夕餉と打って変わって黙々と食べている。

ファニーとリムンは抗議のつもりだろう。

俺は色々考えていた。

言葉が通じて人と似ている者と戦う。

恐らく果し合いと同じだ。

となると斬らなければならない。

斬るとなれば、俺は黒隕剣を

抜かなければならない。


 どんなものでも斬れる剣。

俺は今日は起きてから予感がして

帯剣していたが、その柄を触り

どうするか考えた。

結論は1つだ。

相手の武装を破壊する。

あの絶世の美女は人族獣族なら捌けると

言っていた。


 それを信じて取っ組み合いに持ち込んで、

失神させる。

ビッドは歴戦の勇者っぽいし、

簡単には行かないだろう。

しかしそれしか手が無い。

手加減や体の使い方を学ぶ前に

訪れてしまったこの事態に、

俺は頭を悩ませる。

博打を打つような気持ちになり億劫になる。


「じゃあ行ってくるよ。何度も言うけど、

ダメなものはダメだから。

でも必ず帰ってくるから、ミレーユさんに

相談して暇ならクエストでもすると

良いかもよ。お金は預けておくから、

無駄遣いしないようにね」

「……」

「……」


 二人とも頷きもせず黙って

俺をにらんでいた。

実に可愛らしい。

などと思うのは余裕なのか。

何にしても死ぬわけにはいかない。

まだファニーに何もしてやれていない。

まだリムンにも何もしてやれていない。

だからまだ死神と会う訳にはいかないんだ。


「いってきます」


 俺は笑顔で二人に告げて歩きだす。

紙に書かれていた街の東門から出て、

暫く進んだところにある草原へ。


「よぉ」

「待たせたみたいだな」

「いいや、俺が先に来るのは当然だ」

「そうか」


 俺は身構える。

相手からは殺気を感じる。

改めて対峙すると、体の大きさと

筋肉の凄さに恐怖心が出てくる。


「一つ訊ねたい」

「何だ?」

「あの娘をどうする気だ」

「リムンの事か?」

「名前はどうでもいい」

「良くないな。あの娘にはリムンて

名前がある。名前があるのに呼ばれないのは

悲しい事だ。だから俺は否定する」

「……忌み子を抱えてこれから先

どうするんだ」

「俺自身忌み嫌われていたんだ。

そうでない者が2人も出来て十分だし、路銀を

稼げなくなったら自給自足も考えている」

「そんな気軽なことなのか?」

「気軽ではないが、やらないよりやる偽善だ。

3人も居れば良い知恵が出るだろう」

「他の者が許さんと言ったら?」

「他の者って誰だよ。この世に生まれたの

だから意味があるんだろう。他の者なんて

知らない。俺は俺と握手をしてくれる人間を

大事にする。その他がどう考えようが、

それは他人の思惑だ。他人の考えまで

改めさせるほど、驕ってない」

「潔し」

「良くない。往生際が悪いだけだ」

「後は剣を交えるのみ!」

「ああ、忌み子と言った言葉を

訂正してもらおう!」

 

 そんなやりとりから始まった果し合いは

朝から昼へと移り変わる。

ついに息があがってきた。

良く体が持ってくれた。

相手も俺が与えたダメージが馬鹿に

出来ないものになっていた。

剣筋がぶれ始めている。

足を中心に攻撃していた為、踏ん張りが

利かなくなってきたのだろう。

そろそろ行くか黒隕剣。


 俺がそう思うと、剣が鞘からシャッと

音を立てて自然と抜けた。

昨日は意識的に抜いたが、こんな事は初めてだ。

この剣に意思でもあるのか?

俺は小さくほほ笑むと柄を手に取り、

片手で構える。

 

 砕くは武装。

斬らぬは命。

そう念じながら目を瞑る。


「はぁっ!」


 ビッドの斬りかかる声が耳に届く。

自然と抜けた黒隕剣は、その声に反応しなかった。

俺は身を預けた。暫く経っても音がしない。

恐らくフェイントだったのだろう。

これで死んでいたら笑うしかないが。


「……死にたいのか?」

「良いからこい。これで終わりだ」


 俺はそう告げたまま目を開けない。

黒隕剣に全て委ねる。

脳裏には今と違い金髪で色白の

剣を打つリードルシュさんの姿が見える。

嬉々として打ちつつ命を注ぎこんでいた。

これは黒隕剣の記憶?

そして暗闇なり暫くすると明かりがさし込み、

リードルシュさんが顔を出した。

黒い髪に青白い肌。

哀しみが一瞬伝わるが、手に取られた時

剣を打っていた時の様な喜びと活力が

溢れていて安心する。

黒隕剣は俺に握られて、生みの親と握手を

かわしたことを喜んでいたようだ。


「ならこれで終わりだ!」


 グォンという音と風圧が俺の頭上に来る。

だが黒隕剣は動かない。

まだだ。

そう言っているようだった。


「だあっ!」


 黒隕剣がピクリと反応したのに合わせて

左から右へ薙ぎ、斬り返そうと刃先を

動かしたのに合わせて、

素早く右斜め左斜めそして上下に斬った。


「ぐあっ」


 砕ける音共に短い悲鳴が挙がった。

俺は眼を開く。

そこには剣も無くボトムスだけになった

ビッドが居た。



「さぁ止めを……」


 草原に大の字になっていたビッドは俺に言う。

俺は黒隕剣の刃身の平を額に当てつつ

感謝の言葉を捧げ、鞘に納める。


「取り合えず依頼完了ってことで報酬は

頂いておく。リムンの事はいずれ謝ってもらう」

「待て!このまま俺に恥をかかせておくつもりか」

「知らん。恥をかいたら死ぬのか。随分楽な人生を

送っているな。ファニーも俺も、そしてリムンも

恥をかくより辛い思いをして生きてきた。それでも

生きている。死にたいなら死ね。俺はそんな楽に

死ぬ奴の介錯なんてしない。じゃあな」


 俺は背を向けて歩きだす。

そう言えば俺も死にたいとか言っていた

事があるなぁ。

なるほど、確かにそんな奴は死にたきゃ

死ねばいい。

誰かが手を貸してくれるなんて甘え以外の

何ものでもないな。

ていうかあれおかしい、俺ダメ人間じゃん。

何カッコつけるんだ!?

暫く草原を歩き街の近くに来ると、

人の来ないところで悶える。

2人も世話するのが増えたとはいえ、

俺はダメなおっさんである事は間違いない。

元の世界に戻ればクソみたいな日々を

過ごすにきまっている。

何偉そうな事言ってるの!?馬鹿なの!?

気恥かしさで暫く奇妙な動きを

繰り返して落ち着くと


「まぁしょうがないよな。

もう始まってるんだから」


 と諦めて歩きだす。

自分が立派な人間だなんて有り得ない。

カッコつけたところで現実には

ダメなおっさんだ。

現実世界では子供が居てもおかしくない?年だ。

無職で引きこもりのダメなおっさんが、

チートのように力を与えられ、

宝剣のようなものを不意に渡されたから

と言って中身まで立派になる訳が無い。


 大きな目標は無いけど、あの二人の

引きこもりをこの世界で不自由無く

暮らしていけるようにすれば少しは

生まれた意味を見いだせるのか。

でもこれも依存だな。

結局自分自身の問題を解決しなければ。

でも待てよ。

今引きこもりでもないし、一人でもない。

冒険者という職に就いた。

ダメなおっさんの部分が問題か。

しかし世界が変わって無理やり

変えられた2点以外に

根本的なダメおっさんの部分を

解決する方法なんて

あるのだろうか。

まぁおいおい探して行こう。

それ位の時間はあるはずだ。


 俺は色々考えつつも、溜息一つ吐いて

 冒険者ギルドへ戻るのだった。


   クエスト:果し合い

     結果:完全成功!

     報酬:銅50枚

    所持金:金10+銅50

冒険者ポイント:1+5

(ランク1・次ランクまで13)

(完全達成ボーナスプラス)

おっさんはどうも

自分が他人に対して言う言葉が、

一々自分に帰ってくることを

理不尽に思いつつ、

引きこもりのツケを払わされている

のだと自分を納得させた。

しかし肝心のビッドの話を聞くのを

忘れて戻ろうとする辺り

おっさんはダメなままだった。

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