親友
トウショウの街の酒場で
俺と太公望様、太乙真人様と三蔵法師様は
ブロウド大陸の地図を前に、作戦会議を始めた。
三蔵法師様が皇帝に会い話した事を聞いた。
強くなると言われても、これまでもこの大陸を
覆う位凄い力に気付いていない状態で、
それを抜きにしてこの大陸を支配した男だから、
驚く事は無かった。
そう思うのは、ここまで鍛えて頂いた
そして鍛え上げた自分の引き出しで
戦う以外方法が無い事が大きい。
どんな強大な敵であれ、オーディン様のような
絶対的強者と戦う訳ではない。
活路は必ずある。
「これは図太い弟子ですね」
「ほんとじゃのう」
「他人事なんですか二人とも」
「玄奘も言えないでしょう。貴方の場合何が目的なんです?貴方が余計な事をしなければ、この策で確実に仕留められた」
「太乙真人様も意外に根に持つタイプなんですね。そう思いませんか太公望様」
「ほんとじゃのう」
太公望様の気のない返事に、
太乙真人様と三蔵法師様の視線が集まる。
「……ん?なんじゃ?」
「聞いてなかったんですか?」
「太公望様、ちゃんと話を聞いて下さい」
「いやくだらな過ぎてつい聞くのを忘れた」
太公望様は長くなった髪を頭のてっぺんで結びながら、
顎をさすり機械的に答えた。
「……これはこれは」
「はは、申し訳ありません」
「で?何の用だ?」
「太公望、口調が」
「口調?だから何だ」
「いやキャラクターのアイデンティティが」
「五月蠅い。邪魔だから何処かへ行け」
「姜子牙!」
太乙真人様に肩を揺すられ、
はっとなり少し肩の力が抜けて、
いつもの太公望様らしい少しゆるい感じになった。
「おおすまんすまん。で、なんだったかのぅ」
「隙が無いっていう事です。挑戦者も王者も最早万全の態勢で鐘が鳴るのを待っていると言う話ですよ」
「まぁそんな所じゃろう。コウに関してはわしは何にも心配して居らんよ。何しろそれがこの決起の、国の未来を賭けた勝負の肝だ。わしらはそれに対してどの様な不意の出来事にも対応できるように、介添人として神算鬼謀をめぐらさなければならん。でなければお主らも名折れじゃぞ?」
「貴方も気が入るのは結構ですが、前が見えなくなってしまっては意味がありませんよ」
太乙真人様の言葉に太公望様は
また少し得たゆるさを綺麗に捨て去り
「……喧嘩を売ってるのか?」
と目を座らせて言った。
「気が立ちすぎです。張り詰めても本番で破裂したら意味が無い」
「今が肝だ。戦の前に詰めに詰めなければ、不意の事態に対応出来る訳が無い。俺達の一つの間違いが国を滅ぼすかもしれないんだ、解っているのか太乙真人!」
「……表へ出なさい姜子牙」
「良いだろう」
「ちょっ、御二方!」
「師父落ち着いて下さい!」
三蔵法師様と俺は急いで二人を追う。
道端に二人達向き合っている。
とても割りこめる感じじゃない。
「何時以来ですかね貴方とやり合うのは」
太乙真人様がひらひらと手を
遊ばせて言葉を発している途中で、
太公望様は殴りかかる。
それを避けもせず太乙真人様は
右頬で受けとめた。
「貴方の本気とはこの程度ですか?この程度なら貴方に国は救えない。また国を滅ぼす」
太公望様はもう一撃放つが、
今度は素手で受けとめられた。
「貴方の不安は解らないでもない。だが先の話は公主に任せると決めたはずです。そして戦はコウが主軸。私達はそれを支えるのが役目。貴方が手塩にかけた教え子たちが信じられないと?それこそふざけるな」
太乙真人様の一撃が太公望様の顔面の
真正面にヒットする。
「だからこそだ。俺が信じる弟子の俺を信じる心に是が非でも答えたい。いや答えなければならない。だのにお前はくだらない事を言う。ふざけているのはお前だ」
「貴方は国を救い、後世に名を残した男の筈です。それが怯えているとは情けない。その怯える子羊のような姿の何処にコウが信じる貴方が居ると言うのですか?はっきり言えば良い。何故玄奘は余計な事をしたと。何故私はそれを止めなかったと」
「解っているなら言う必要はないな」
「違うでしょう。貴方は頭にきている。それを言わないで居るからいらついているのでしょう?小さなミスが大きなミスを呼ぶのは当然ですが、貴方の弟子はそんなチンケな男なのですか?」
「貴様……」
「私も玄奘がやった事を賛美しませんがね、ですが私が玄奘の立場なら同じ事をした筈です。そして貴方も」
「馬鹿な事を」
「馬鹿は貴方ですよ。コウは若年では無いですが、伸びているんです今確実に恐ろしい速度で。貴方が見ない様にしているのは博打に近いと思っているからです。ですが眼を見開いてよくごらんなさい。目の前に可能性の塊が蕾でいるのなら、それを開花させたいと思うのが師父として当然でしょう。玄奘は改めて皇帝を見定めて、あれは糧にならないと踏んで事に及んだのです。前までの皇帝なら易々倒せたと思うでしょうが、それでは意味が無いんですよ」
「犠牲を払って得る対価があるのか?」
「貴方は何時から聖人になったのです?私達は犠牲を確かに許せない。そして誰も不幸にしないですませたかった。ですが今のこの国の状況ではもうそれは叶わない。多かれ少なかれ人は確実に死にます。だったらその先にある未来へ希望を繋がる事をしなければ、私達が地に降りた意味が無い」
「だから人を殺すと言うのか」
「この国の人間が自ら過ちを防げないほどの力を与えたのは誰でしょう。統一させるまで彼に意見出来なかったのは?」
「それは……」
「ここまで来たらもう汚いも綺麗も関係ない。貴方の弟子はとっくにそれを見定め覚悟を決めている。貴方も覚悟を決めなさい姜子牙。汚れたくないと思うなら立ち去りなさい。ここから先は自ら汚れる覚悟のある大人の社交場です。良い子は御布団の中に居ると良い」
三蔵法師様と俺はあわあわしながら見守っていた。
暫くして二人は吹き出した後、
声をあげて笑った。
「なるほどな。どうやらわしはまた過ちを犯す所であった」
「まぁ貴方のそう言う所は嫌いじゃありませんよ。実に人間臭い」
「仙人としては失格ってことかのぅ」
「仙人だって元は人間ですよ。元始天尊様は別としても」
「まぁな……。しかしお前には言わないで良い、言いたくもない事を言わせてしまった。さてはてどうやって償うかな」
「なら是非見せて下さい。偉大なる太公望の知謀をね」
「解った。ここからは大人の時間じゃ。女子供の出る幕じゃない」
太公望様と太乙真人様は拳と拳を合わせて
店の中に戻る。
三蔵法師様と俺は呆気に取られて
二人の後ろ姿を見つめていた。




