試練その2
「コウ、ここだ」
玉藻さんと別れて暫く歩くと、
道の真ん中でナタクさんが待っていた。
早い登場だなと思いつつ、
この先に待ちうける人達どころか
最初から大ボス連続だというのを
思い出して、順番なんて関係ないと
改めて思った。
「ナタクさん」
「最早俺達に言葉はいらんだろう」
「ナタクさんに鍛えて頂いた御恩を返します」
「ならば!」
俺は三略に槍と念じて引き抜く。
柄は伸び槍へと変わる。
ナタクさんは矛先を前に、
俺は左斜め下に矛先を向けて構える。
電光石火とはこの事だ。
あっという間にナタクさんの間合いに
詰められ、突きが放たれる。
俺はそれを少し押して流れを変えて
かわし、俺の間合いへ引き込む。
近距離戦。
だがナタクさんも武芸を修めた才ある武人。
距離など関係ない。
お互いに槍を片手に乱打戦へと入る。
薄い気の膜を破壊せんと繰り出される
拳による突きの連打。
俺はかわしつつガードし、
拳が帰るのに合わせて打ちこむ。
だがそちらに気が行ってしまい、
隙を突かれて蹴りを脇腹に入れられ
吹き飛ばされる。
咽ている所へナタクさんの槍が飛んできた。
俺は首を傾けてかわし、
槍を突き出す。
「何だその突きは?」
悠々かわされ掴まれる。
だがナタクさんの槍は岩に突き刺さり、
片手で俺の槍を掴んでいる。
勝機と思い、地面を踏みならし突きを繰り出す。
「なるほど」
ナタクさんは咽せもしなかったが、
顔をゆがめている。
俺はここぞとばかりに間合いを
自分のものにするべく詰め、
顎を狙い蹴りあげる。
「欲が出ている」
当たったかに思えた蹴りは、
実際はインパクトの寸前にかわされていた。
ナタクさんは宙返りして距離を取る。
その手には槍が無い。
俺はナタクさんの槍を引き抜くと、
投げて渡した。
「有利を捨てるのか?」
「いいえ、槍の一流の使い手として認めてもらいたいんです」
「ならば勝負!」
俺は槍の間合いで勝負する。
欲が出ているのは勝てそうだから、
自分の得意な距離に持っていこうとして
強引に行き過ぎたのだ。
そして気も恐らく出過ぎていた。
研ぎ澄まし集中し、インパクトの瞬間に
最大火力を矛先へ一点に気を放つ。
俺とナタクさんの矛先が交わると
バチィッという火花が散り、
煙が起こる。
俺の肩口へ矛先が飛んでくる。
それを槍を回転させ弾く。
そして返す槍でナタクさんの
鳩尾を狙う。
だがナタクさんも弾かれた槍で
俺へ向けて倒しバランスを崩される。
そこへ息をも吐かせぬ突きの雨が
降り注ぐ。
俺は距離を取るべく後ずさる。
この時飛んで下がっては一気に
間合いを詰められ刺殺される。
なので足を地面から離さずに
素早く下がる。
「良い判断だ」
そう言いつつも、ナタクさんは
淀むことなく真っ直ぐに突きを繰り出し
続ける。
俺も負けじと突きを繰り出しながら、
間合いを取りつつ隙を窺う。
だが本気のナタクさんだ。
流石に以前のように隙が無い。
しかし槍は正面から見れば点だが、
横から見れば線。
俺は覚悟を決めて突きを掻い潜り
地面を踏みならして槍を払うべく
インパクトの瞬間に気を放出し力を入れて薙ぐ。
キンという音と共に槍が泳ぐが、
ナタクさんの手から槍は離れていない。
ただ力で押し切ろうとしてもダメだ。
どうすれば良い。
ナタクさんの槍は真っ直ぐ綺麗に飛んできて、
急所を的確に突いてくる。
それも最短距離でしかも動作も最速だ。
静の修行の際に会得したもので
何とか渡り合っているが、
決め手に欠ける。
……直線的な動き。
俺は何か気付きそうだったが、
泳いだナタクさんの槍が
身を翻し勢いを付けて俺へ
大薙ぎしてきたのをギリギリでかわす。
道幅は広くない。
だが直線的な動きに付き合う必要はあるのか。
ナタクさんが腰を落として構え直している間に、
俺は何か手は無いかと考える。
そう言えば歩法を学ぶのに、
力を流す化系の足運びで
円の様に回ると言うのがあった。
円とは力を受け流す力の流れ。
それは槍でも何でもそうではないのか。
俺はナタクさんとの鍛錬で武術も習った。
直線的な動きが確かに多かった。
ナタクさんの剛直な人柄の表れだ。
ならこの状況を打開する為には
円の力が最適なのではないか。
「シッ!」
ナタクさんの突きが来る。
俺は試しに横から力で薙ぐのではなく、
ナタクさんの槍に俺の槍が触れた瞬間、
逆時計回りに槍を回転させ絡めるように
してみる。
だがナタクさんはそれに気付いて直ぐに
槍を引っ込めて突きを繰り出して来た。
遅い。
もっと早く円に巻き込まなければならない。
俺はやり方が決まったので、
頭で考えるのを止める。
そして身をナタクさんの槍に集中させ、
円に巻き込む動作を繰り返す。
本気のナタクさんのスピードに、
俺の眼も体も慣れてきた。
これは前の大陸で貰った力と、
ここで鍛えてきたものが成果として
現れて来たのだろう。
今まで何事も無かったかのように、
引いては突いてを繰り返して来たナタクさんの
リズムが徐々に狂い始めて来た。
俺はそれを修正させないよう、
円を書くようにナタクさんを中心として
回り始める。
ナタクさんの突きをまともに受ければ
それは致命傷となる。
だが言わばそれは何処に当てたいか
こちらにそれが分かると言う事だ。
ならそれを防ぐようにすれば良い。
ナタクさんは異変に気付き、
何とか俺の動きを止めようと
先回りしようとするが、
逆回りにするとそちらへ来る。
だが確実に攻撃のリズムは崩れた。
動きながらも飛んでくる突きは、
急所を的確にとらえたものでは無くなってきた。
ずれているのである。
そうであればこちらのもの。
俺はこの機を逃さず、ナタクさんに
習ったように突きを繰り出す。
俺の場合急所狙いだけでは無く、
槍を落とさせるように手首や
肩と腕の境目に肘と多く突いても
目的はバラバラだ。
ナタクさんもその攻撃に戸惑っているのが
動きで解る。
精密機械が段々と狂い始めてきている。
俺は畳み掛ける為に突きを放つ。
頭を狙いかわされたそのままに袈裟切り、
それを避けられたら逆袈裟切りにし、
ナタクさんが苦し紛れに突いて来たものを、
槍を回して柄に当て円の動きで絡める。
ナタクさんは素早く引くが、俺はその引いた
瞬間に自分の槍の間合いを整え、
更に連続攻撃を仕掛ける。
ナタクさんに指導されたように、
足場をしっかりとし腰を落として
確実に力が入る態勢を整えて相手を仕留める。
手だけにならないよう、体全体で突きを繰り出す。
俺は一瞬たりとも気を抜かずに攻め続けた。
暫く追い込むも、流石ナタクさん。
崩れかけているのに踏みとどまっている。
押しきれない俺の未熟もあると思うけど、
それにしても凄い。
ナタクさんには相応しくない言い方なのかもしれないけど、
気力が支えていると感じるほどだ。
「強くなったな。これが人の力なのか」
俺は息が上がり攻め手を止めざるを得なかった。
だが態勢を崩さず腰を落とし、
迎撃できるよう構えた。
体力の無さは相変わらず健在なのか。
チート性能を与えてくれるなら、
この点もチートにして欲しかった。
などと考えている場合じゃない。
どうしたら崩せる。
目の前に居るのは機械を超えた、
人として最強の武人。
その目は輝いていた。
間違いなく最強の一角だ。
「コウ、お前の勝ちだ。先へ行け」
ナタクさんはそう言うと、
槍を地面に突き刺し笑った。
「え、まだですよね。火尖槍も出して無いし」
「俺とお前の槍勝負だ。そして俺はお前の何倍も存在していて、それがここまで追いつめられた時点で負けだろう。言い訳にもならん」
「いやそれは」
「気を使うな。寧ろ俺は嬉しい。太乙真人は先へ進もうと俺に言った。俺にはその意味も方法も分からなかった。だがな、お前を指導しこうして本気の勝負をした事で、俺は……俺はやっと前に進めた。長かったここまで」
ナタクさんはコンロン山の空を見上げて目を赤くしていた。
俺はそれを見ない様にして同じように空を眺めた。
「まさか人間を指導し成長させる事が、俺自身の、御仏に使える俺を成長させるなんて考えもし無かったよ。俺はお前に出会えて本当によかった」
「ナタクさん……」
「行け。そして必ず帰って来い。地に降りたこのナタク。火尖槍を向けるべき相手を見定めた。お前の風に俺も全力で付いていく事を誓う」
「有難う御座います。師兄の力、頼りにしています」
「任せておけ」
俺とナタクさんは握手を交わし、
別れる。
コンロン山は晴れ渡る。
これは師兄の心模様なのかもしれない。
そう思いながら、次の鍛錬へと向かうのだった。




