試練その1
「では行ってきます!」
「気を付けて」
コンロン山までナタクさんの
風火二輪で送ってもらい、
ナタクさんは先に行って待っている。
太乙真人様に別れを告げて、
俺はコンロン山を登る。
思えば頂上まで登った事が無い。
何処に行けば鍛錬の最初の相手に
会えるのだろうか。
頂上で待っているとかだったら
長い事掛かるなぁ。
「コウ、ここじゃ」
不意に声が掛かる。
脇の岩の上を見ると、
着物姿の女性が眼に入る。
「玉藻さん!お久しぶりです!」
「本当に久しぶりじゃ。忘れておるかと思っておったわ」
「申し訳ありません。長い事ご挨拶もせずに」
「良い良い。その甲斐あって準備は進んだのであろう?」
「はい。後は攻めるのみです」
「わらわの期待通りじゃ。この度はそなたの力が皇帝に敵うかどうかの最終試験じゃ。ここを全て乗り越えれば、わらわ達も進軍の機を窺うのみじゃの」
「そうですね」
「ならば甚だ遺憾ではあるが、わらわがそなたの最初の相手をして差し上げよう」
「……というか皆さん全員強くて順番も何も無い気がしますが」
「ほほほ。良い事を言ってくれる。そう言ってもらえればわらわの気も晴れると言うもの」
「相手としては不足かもしれませんが、宜しくお願いします」
「不足では困る。この国の未来を頼むのだからな。わらわ達神秘と人が住める国のな」
そう言うと、玉藻さんの着物の裾から
白い9本の尻尾が現れる。
「さて始めようか」
「何時でも」
俺は相棒2振りを抜いて黒刻剣を前に
斜めにし、黒隕剣を右手で立てて構える。
「わらわの本気を見せようぞ。少し山の形が変わるかもしれんがな」
そう言うと、玉藻さんの周りに白い炎の球が
玉藻さんを覆うように出現する。
「生憎肉弾戦よりもこういうのが好みでの」
そう言って袖の下から扇子を取りだすと、
俺へ向かって扇子を突き出す。
まるでミサイルポッドを打ったように、
白い炎の球が俺に向かって飛んでくる。
相棒、吸収だ。
―了解―
黒刻剣は次々と
白い火の球を吸収する。
俺はそれを受けて力へ変換し、
「お返しです!」
そう言って黒刻剣を突き出し、
白い球をお返しする。
「ほほぅ。中々良い物を持っておる。ならば」
玉藻さんはそれを扇子で一薙ぎして風を起こし、
全て掻き消す。
「なるほど。それがある限りこういう物は効かんと言う訳か」
「どうします?」
「どうしますも何も、攻め方を変えるだけの事よ。あまり為りたくは無いが、仕方あるまい」
次の瞬間眩い光を放つ玉藻さん。
俺は相棒達で眼への直撃を防ぐ。
「さて、ここからが本番ぞ?」
その声に合わせて目を開けると、
人の玉藻さんよりも5倍大きな
白い狐がそこには居た。
まさに本番と言う事か。
俺は改めて構え直す。
その姿でも玉藻さんは素早く、
俺は相棒で防いだが吹き飛ばされる。
「本気を出さねば死ぬ事になるぞよ?」
吹き飛んで倒れている俺に圧し掛かり、
そう告げる玉藻さん。
為りたくない姿になってまで俺の鍛錬に
付き合ってくれているんだ。
全力で相手をしないのは失礼にあたる。
何しろ全力でも倒せる気がしない大妖怪だ。
手加減なんて笑われてしまう。
俺は気を纏う。
だが以前のように解り易くではなく、
薄い膜のように全身を覆う。
これは静と動の修行で身に付けたものだ。
気自体にバリアー的な要素は低いものの、
密度を濃くすれば盾変わりにはなるのでは
無いかと考えた結果である。
試す価値はある。
俺の変化に気付いて距離を取る玉藻さん。
流石動物的勘に優れている。
あまり分からない様にしたつもりなのに。
「今度は吸収できるかな?」
玉藻さんは口を開くと、白い炎を吐いて来た。
相棒、吸収を。
一部はこちらで持つ!
―了解―
黒刻剣を前に掲げ、
吸収を試みるが、やはり一部しか吸収出来ない。
俺は気の膜を広げ、且つ最小限に留めるように
コントロールする。
付け焼刃に近いが、
ここで踏ん張らなければ鍛錬にならない。
何とか堪えて炎が止むのを待つ。
「それだけでは不足じゃ」
炎を突き破り玉藻さんが口を開けて突っ込んできた。
俺は相棒2振りで歯を受けとめる。
口の奥が光るのを見て俺は横へ跳ぶ。
「巧い巧い。良くぞ耐えて避けたな」
そうは言ってくれるけど、
畳み掛ける様に玉藻さんは俺との間合いを詰め、
爪や尻尾などで攻撃を繰り出している。
容赦ない。
「どうした?止まっていてはわらわを倒せぬが」
確かにそうなんだけどね。
でも後少しだ。
もう少しで玉藻さんのリズムが分かる。
そうすればピントが合い攻撃に転じられる。
「それ、御終いじゃ」
玉藻さんの動きが大きくなった。
俺はそれを間一髪体を斜めにしてかわす。
マジで間一髪である。
髪の毛が落ちてるし。
冷や汗を掻きながら俺はその体勢から
相棒2振りを玉藻さんに叩きつける。
態勢が泳いでいた為玉藻さんは、
バランスを崩して地面に倒れそうに
なるのを耐えた。
だがそれはミスだ。
俺は懐へ潜り込むと柄で腹を強打し、
更にくぐり抜けて横っ腹に蹴りを入れる。
今度こそ倒れた玉藻さんの喉元に、
俺は相棒を突き付ける。
「玉藻さん、ご期待に副えましたか?」
「……なるほどな。的が小さいからという言い訳も、わらわの炎を防がれた時点で言い訳出来ん。そして動かずわらわを注意深く見て動きを読んで隙を突いたのは見事としか言えぬ」
そう言い終わると玉藻さんは人の姿に変わる。
俺は相棒を鞘におさめ、一礼して手を差し出すと
それを取ってくれて玉藻さんを起こした。
「なぁコウよ、頼みがあるのだが聞いてくれるかえ?」
「私に出来る事なら」
「簡単な事じゃよ。ハクの事じゃ」
「ハクですか。あの子が何か」
「あれはな、捨て子なのじゃ。わらわがこの地に落ちて最初に見つけた人の子。あれが居なければ、わらわはこの国を滅ぼしていたかもしれぬ」
「目に入れても痛くない、ですか」
「そうさの。あれと過ごしてわらわは人を見る目が変わった。歩けるようになるまでも大変だった。子育ての経験など無かったのでな。街の者達に助けてもらい、何とかあそこまでになった。有り難い事じゃ」
「ハクの優しさはそこから来ているのですね」
「父も母も分からぬが、街の者達に大事にされ、わらわを母の様に慕ってくれておる。わらわはこの戦いでコウが勝てば消える。いやあの子の為に必ず勝ってもらわねばならぬ」
玉藻さんの眼は母親の様だった。
子の未来を思い、幸福になるように願うような
そんな目をして訴えていた。
「必ず勝つと御約束します」
「信じる。そのな、わらわが消えた後の事じゃが」
「ハクの事ならお任せを。誓って粗略には扱いません」
「そんな事は心配して居らぬ。そんな男であれば、あの子を見捨てて消える道など選びはせぬ。出来ればあの子の事をお願い出来ぬか?」
「私はこの国に留まる事は無いのですが、宜しいのですか?」
「良い。あの子は賢くて良い子じゃ。広い世界を見れば可能性は無限大にあろう。この国に居るのも良いが、広く世界を見る事で自分と同じ境遇の子と会う事もあろう。刺激され抱えたものを乗り越え成長する事も出来る。だから」
「……分かりました。必ず勝利しハクの事もお任せください」
「ありがとう、ありがとう」
玉藻さんは俺の手を握り、涙をこぼしながらそう言った。
玉藻さんは母親のようではなく、母親だ。
子供の未来を願って例え消えるとしても、
その可能性の為に自分を投げ打つ覚悟で
俺に加担してくれるのだ。
俺の母親もこんな風に思ってくれていたら。
そう思わずには居られなかった。
玉藻と言えば、国を滅ぼした災厄。
悪女とも言われている者の心を変えた
のは幼子だった。
地に落ちた事で得るものはあったのだろう。
「コウ、安心して欲しい。あの子には御茶だけでなく、薬草などの知識もしっかりと教えてあるし、帳簿や指揮、戦術などもお主と離れている間に学ばせておる。自分から学びたいと言いだしてな」
「それは頼もしい。御茶を入れるだけでも貴重な人材なのに薬草などの知識まであれば、うちでは一軍ですよ」
「一軍……常に傍らにおいてくれるのかえ!?」
「勿論です。と言っても俺自身単独で動く事が多いのですが、なるべく一緒に居るようにしましょう」
「そうかそうか。安心した!」
「良かったです」
「ではコウ、鍛錬に行くが良い」
「玉藻さん有難う御座いました!」
「必ず全て終えて帰ってくるのじゃぞ?わらわは街へ戻り、兵の鍛錬とハクの面倒を見ている故」
「はい。早めに戻りますので、どうかご安心ください」
「待っておる。お主の為にこの玉藻、全力で戦う事を誓う」
「私も誓います。皇帝を倒す力を得て成し遂げると」
こうして俺は玉藻さんと別れる。
次の相手も怖いなぁと思いつつ
コンロン山を登るのだった。




