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おっさん、大人らしく振る舞う

自分より酷い環境で

引きこもったリムンに対して、

おっさんは仲間になろうと誘った。

引きこもりがたまに顔を出すものの、

少しずつ

”無職で引きこもりのダメなおっさん”

から

”駆け出し冒険者のダメなおっさん”

へと進化し始めてきたのだった。

「うぅ……」


 俺は暗闇から抜け出したくてもがくと


「コウ、しっかりせよ!」

「おっちゃん、しっかり!」


 ファニーとリムンの声を聞いて目を開く。

二人は心配そうに俺の体を揺さぶっていた。

ふぅと一息吐き、ゆっくりと上半身を起こす。

そして二人の頭を撫でて


「ありがとう、大丈夫みたいだ」


 と感謝をした。

二人は安心して笑顔になる。

しかしあの夢、ではないのか。

あれはなんだったのだろう。

二人の頭から手を離し、手を握っては

開きを繰り返してみる。

何の後遺症も無いようだ。

今回特別にリスク無しでと

あの絶世の美女は言っていた。

やはりこの黒隕剣に問題があるのか。


「コウ、その剣は思ったより難物のようだな」

「やっぱりこれか」

「うむ。我の見たところ、倒れた時の

お主の魔力量は0で生命力も削られていた。

それで我らはこれだけ心配したのだ。

生憎元の姿に戻る訳には行かないので

お主が目覚めるまでこうして待っていた」

「賢明だ。元の姿に戻って街まで行ったら

大騒ぎになるからな」

「おっちゃん生きてるか!?」

「生憎生きている。心配ない。さぁ戻ろうか」


 俺は二人に笑顔を見せて立ち上がる。

リスクが無いどころか回復している

ようにも思えたが、

兎に角あの絶世の美女には感謝しないとな。


「……凄い回復力だな」

「ああ、今回は運が良かったみたいだ。

でも今後は別の対策を考えないと、

毎回倒れる羽目になりそうだ」

「おっちゃん凄いな!お父みたいだ!」

「そんなに凄くないよ。たまたま運が

良かっただけだ。二人とも、

今後頼りにしているよ」


 そう言って俺はゆっくり歩き、

振り返って言うと、

ファニーとリムンは我先にと駆けてきた。


「本当にすみませんでした」

「ごめんなさいだのよ」


 俺は真っ先に最初に出会った農家の人の

所へ行き、事情を話した。

 そしてリムンと一緒に頭を下げて謝罪した。


「いやいや、冒険者さんがキチンと解決して

くれなかったら、追い払っても

また依頼を出さなきゃならなかった。

依頼を受けてくれたのが、

アンタで良かった」


 そう言って俺の手を握り感謝してくれた。

良い人で助かった。

それもこの街と国の豊かさがあればこそ、

なのかもしれないが。


「それで依頼の成功報酬なんですが、

今回はそういう事なので無しで」

「いや、でも」

「いえいえ、農作物に被害が出ているでしょうし、

補填すると言っても俺はここの物価が

解らないので、冒険者ギルドと

相談してからになりますから、

取り敢えず謝罪の意味も込めて無しにして

頂ければと思います」

「……そうか。ならそうさせてもらおう。

で、補填は良いよ」

「ですが……」

「いやいやアンタが正直に話してくれたから、

俺も正直に話すけどあの森の奥に誰かいて、

意図的に増やしている可能性を考えなかった

訳じゃないんだ。それを依頼にプラスすると、

更に料金は掛かっていた。ズルを最初に

したのはこっちなんだよ」

「やはりの」

「あはは、やっぱりアンタ達もそう思ってたか。

なら話は早い。アンタの好意に

甘えさせてもらって報酬は

サービスしてもらって、補填は無しで

この話を終わりにしよう。

他の冒険者が来ていたら、その女の子も

どうなっていたか解らない。

俺にも良心の呵責はある。

アンタも男ならそこを汲んで

くれるだろう?」

「……解りました。ではこちらも甘えさせて

頂きます。有難う御座います!」

「こちらこそ。その女の子の事、頼んだよ。

お嬢ちゃんもこれからはしっかり生きるんだぞ」

「……ありがとだのよ」


 こうして俺たちは農家の人に

見送られた街へ戻る。依頼の紙には

”気の良い冒険者さんに完全に解決してもらい、

サービスして貰った”

とサインと共に農家の人が書いてくれた。

これをギルドに出せば初クエストの完了だ。


「おっちゃん、ありがとうだのよ……」


 リムンは俺のベストの裾を掴みながら歩きつつ、

そう小さな声で感謝の言葉を口にした。

引きこもりが人に感謝の言葉を

言うには勇気がいる。

世界の全てが自分を疎み蔑んでいて、

自分を不幸にしていると

信じていたのだから。

優しさに触れると不安になる。

これは嘘ではないのか、と。


「ああ、これから頼りにさせてもらうんだから、

お互い様だよ」

「うん……」


 安心させるようにそう俺は言って頭を撫でる。

この優しさが永遠ではない事を知っていても、

すぐに消えてしまうかもしれないと怖くなる。

俺がいつか死を迎えるまで、

リムンが感じた優しさが嘘ではなく

すぐ消えてしまわないものだと信じられるまで、

俺は出来るだけ優しくしようと思う。

勿論ダメな事はダメだと言って

叱らなければならない。

っていうかこんなダメで無職の

引きこもりのおっさんが説教するなんて

おこがましいけど、無い頭でひねり出して

少しでも足しになるように、注意を促して行こう。

いつの日かリムンが一人でも

明るく生きていけるように。


「あら、おかえりなさい」


 街に戻り、冒険者ギルドの

ウェスタンドアを開けると、

直ぐにミレーユさんの声が耳に届く。

安心する。

帰ってこれたんだと。

振り返るとゴブリンよりは怖くは無かったが、

下手をすれば溶かされたかもしれないスライムと

戦っていたと思うと急に身震いがした。


「あらあら、新しいお仲間かしら」

「あ、え、ええ。リムンです。

リムン、ミレーユさんにご挨拶を」

「……アタチはリムン……」

「宜しくねリムンちゃん。コウ、新しく

冒険者ギルドに登録しても良いかしら?」

「あ、はい。宜しくお願いします」


 ミレーユさんに依頼の紙を渡し、

内容をジッと見た後ミレーユさんは

リムンに優しく声を掛けてくれた。

気が利くミレーユさんの事だ。

ある程度はお見通しなのかもしれない。


「リムンちゃんは凄いわね……

他種族に対して抵抗がすば抜けて高いわ。

魔力も。キチンと学べばモンスターを

従える事も出来るかもしれない」

「これはゴブリンシャーマンと

ドラフト族のハーフだそうだ」

「これっていうな!へんてこ女!」

「これはこれだ」

「何だのよ!」

「はいはいストーーーップ。同じことを

2度もしない。ミレーユさんも困るだろ?」

「ふん!」

「……あい」


 ファニーは腕を組んでそっぽを向き、

リムンはしゅんとした。

中々大変ではあるが、引きこもり集団だし

これくらいはコミュニケーションの一つだろう。


「ファニーの言った事は聞かなかった事にするわ。

取り敢えずドラフト族の

ハーフとして登録しておくわね」

「ありがとう」

「後、これは言っておかないと

ダメだから言うけど」

「依頼の事ですね」


 俺がそう言うと、ミレーユさんは少し驚き頷く。


「そう。冒険者ギルドは無料奉仕団体ではないわ。

報酬を無料にしてしまうと、他の冒険者より

無料の冒険者にってなってしまって問題になる。

依頼に問題があった場合、依頼主にペナルティを

科さなければ他の冒険者が被害を

受ける可能性があるの。

冒険者が勝手に依頼内容を変更するのも、

仲介している冒険者ギルドの信用にかかわるのよ」

「個人で請け負っている訳じゃないからね」

「解ってくれてありがとう。今回の件は

こちらの調査不足もあったようだし、

お互い様ってことでペナルティ無しにしましょう」

「ありがとう」

「いいえ、今後無いように気を付けてね。

あまりにも度が過ぎると、冒険者ギルドから

追放せざるを得ないから」

「肝に銘じておくよ」

「我らに二階を提供したのは監視が

目的なのだから、ある程度の事は

すませてくれるのだろう?」


 俺とミレーユさんの間に

急にファニーが入ってきた。

リムンの時から不機嫌全開である。


「そうね。貴方達の力は控えめに見ても異質だわ。

ここに居る事で、他の冒険者たちから危険視される

可能性が低くなる。冒険者ギルド公認という風に

捉えてくれるから。これは貴方達にも利益がある

事だからお互い様よね」


 その言葉に何か言いたそうな

ファニーの頭を撫でて落ち着かせる。

これは中々効果がある。


「ミレーユさんごめん。俺たちまぁ何と言うか、

その、あまり上手く交流できないもんで」

「良いのよ。不器用なだけで

悪い人達では無い事は、

会って話して解っているし、ファニーは今とても

機嫌が悪いのも解っているから」

「ありがとう」


 俺は心の底から感謝した。

ミレーユさんの心の広さは、これまで

曲者の冒険者を幾人も相手にして

来たことで得たのかもしれないと思う。

もし生まれつきなら神様なのかもしれない。

そう言えばあの世界で逢った人って

ミレーユさんに少し……。

俺がミレーユさんを見ながら

そんな事を考えていると

ファニーとリムンに両側から

ベストを強く引っ張られ、

後ろに倒れてしまう。

何なんだ。


「まぁ硬い話は抜きにして、

少し早めの夕食にする?」

「ああ、お願いしようかな。

ファニー何が食べたい?何でも好きなものを

言って良いぞ。まだこの前のお金もあるし」

「ふ、ふん。我はモノでは釣られん」

「そっかじゃあリムンは……」

「あ!待て待て。今考えるから」


 そう言うとファニーは腕を組んで考え込む。

俺はそれを微笑みながら待つ。

恐らくファニーはリムンの事ばかり

気にかける俺に対して、

不満があったのだろう。

ファニーを先にして正解だった。

少し雰囲気が和らいでいる。


「じゃあ肉を食いたい!腹いっぱい!」

「じゃあそうしよう。ミレーユさんそれで

お願いします」

「解ったわ。と言ってもファニーの胃袋を

全て満たすほど、うちにお肉の在庫が

あるかどうか」

「よい。昨日の夕飯の2倍くらいあれば、

この体には十分だ!」

「それなら助かったわ。コウとリムンは

同じメニューで良いかしら」

「リムンは沢山食べるのか?」

「……わからないだのよ。

こういう食事したことないだのよ」

「ならおかわりしたくなったら言ってくれ。

遠慮するな。まだ蓄えがある!」

「そう多くは無いがな」

「そうだね。明日以降頑張る為に

先ずは腹ごしらえだ!」

「うむ!」


 ファニーと笑いあうと、リムンを

カウンターの前の椅子に座らせ、

ファニーにも椅子を引いて促すと、

照れくさそうに座ろうとし

俺はそれに合わせて椅子を前に出して

座らせて自分も隣に座った。

そこからは大分賑やかになった。

ファニーは肉にがっつきながら、

リムンは最初はおっかなびっくり

食事をし始める。


「よぉ今日も賑やかだな」


 ある程度は予想していた。

何か話をしたがっていたのは

昨日の夜の内容からして解る。

しかしこの楽しい雰囲気をぶち壊すとは

よほど大事な話のようだ。


「お主……懲りる事を知らんのか?」


 ファニーは嬉しそうに肉にがっついていた

手を止め、傍にあった紙で

口を拭くと、椅子から立ち上った。


「……この娘はどうしたんだ?」

「ああ、今日から俺たちの仲間になったリムンだ。

それ以上でも以下でもない」

「……どうやら今日は日が悪いみたいだ。

出直すとしよう」


 昨夜しつこく食い下がった

ドラフト族の剛戦士ビッドは、

顔色を悪くして足早に

冒険者ギルドから出て行った。

俺はファニーの背中を軽く押して、

席に座らせる。

何だったんだ一体。


「さぁ食べよう!」


 俺は気になったものの、

話を逸らして食事を始める。

ファニーもリムンもまた食事を始めた。

こうして初クエストは

色々な問題を残して完了となった。


 初クエスト:スライム討伐

    結果:大成功!

    報酬:0

   所持金:金10

冒険者ポイント:1

(現在ランク1・次のランクまで後19)

おっさんはリムンを見て

顔色を悪くしたビッドに、

妙な気がしつつも

新しい引きこもり仲間を加えた夕餉は、

楽しく過ぎて行ったのだった。

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