風の吹く方向
あれから夜が明け目を覚ましたの夕刻だった。
太乙真人様の政務室へ赴くと、
山積みの資料が所狭しと並べられていた。
「おはよう。大分疲れていたようですね」
太乙真人様は怒ってはいない。
次から次へ書物を投げていた。
「どうなさったのですか?」
「昨夜言った通り、私が調べた物で貴方に最初に目を通す物と後回しの物を分けているだけです」
笑顔で答える太乙真人様。
しかし物凄い量だこれは。
「どちらから見れば宜しいですか?」
「貴方から見て右側から」
「はい!失礼します」
俺は一つ一つをさらりと目を通して分野別に分け
更に照らし合わせて床に広げて見る。
「良い見方ですね」
「情報は一方から見るのではなく、多角的に見よというのも師父の教えでして」
「良い教え方だ。数日ここで籠ると良い」
「有難う御座います」
「私は政務をしているから、何かあれば聞いて下さい」
そう言って訳終わった後、
資料に囲まれつつ太乙真人様は政務を始めた。
天才は片づけが苦手だと言うが、
太乙真人様もそうなのかもなと思った。
太乙真人様小さく笑いながら筆を走らせる。
俺は資料を見つめた。
残り6領土に対して大まかな規模と兵士人数が
記載されている。
ただやはりこちらの4領土と比べると、
首都以外どうしても見劣りする。
中でも目を見張ったのが、
兵士の人数が人口に比べて多い都市、
農業や商人の数が圧倒的に多い都市、
半々を初めに行った都市。
立地に関して言えば、
首都の近くにある兵士が多い都市、
海沿いは農業や商人が多い都市、
その間にある半々の都市が3つ。
ただこれも首都防衛の為の支援都市、
首都への流通を行う為の半々都市、
交易や食料確保をメインとする都市と
機能的にしっかりとした役割がある。
関帝が皇帝から称えられた事は、
本当は首都を覗く5領土で行いたいのだろう。
しかし皇帝の影響力が強く、
直接指示しているの可能性がある。
そうなるとトップダウンに終始し、
思考停止しているのではないだろうか。
皇帝は中々内政も強い。
ここを収める領主がどの程度の実力なのか。
どうやったら知る事が出来るのだろう。
「難しい問題のようですね」
「はい。この領土の徴兵制度に対する民衆不満が蔓延しているのかどうか。それが知りたいのですが」
「というと?」
「はい。人口の流失などが無い様ですので、領主の手腕なのかそれとも内乱の火が燻っているのかどうか」
「そうですね。貴方が考えるように皇帝の影響力をそのまま受けている、言わば直轄領地に近いものです。直接でなくとも皇帝の圧力を感じているのですから、直轄となれば尚更です」
「そうですか……」
俺は苦悩する。
風はこちらに吹いているが、
それを阻む山が大きいから流れてくる風も少ない。
となればやはり山の向こう側の風を強くするしかない。
「結論としてはそれしかないかもしれませんが、それは玄奘がやっていた事に似ていますね」
「三蔵法師様のやり方よりも過激ですが」
俺は更に考える。
皇帝の直属で不正も無く管理された領土で、
何を頼りに乱の火を起こすか。
第三勢力として何か無いものかな。
俺は資料に戻る。
玉藻様の例もあるから
妖怪が居ない事もないのではないかと。
しかしそれもなさそうだ。
「手詰まりですか……。ナタク!」
そう呼ばれて政務室に黙って入ってきたナタクさん。
機嫌は良くない。
「先日のお返しがしたくはありませんか?」
と太乙真人様が言うと
「望む所だ!」
と目を輝かせる。
返答が可笑しいが、それ程悔しかったのだろう。
俺はそれに対して微笑み立ちあがる。
「こい!決着を付けてやる!」
スキップでもしそうな勢いで先に行くナタクさん。
「少し頭を空にして来なさい。名案も直ぐには浮かばないでしょうが、事は簡単ではありませんからじっくりと心を無にする位で丁度良い」
「御心遣い感謝いたします」
そう言うと太乙真人様は笑顔だった。
この人の何処に悪意があるのだろうか。
太公望様や三蔵法師様とは違った悪戯心が
何処かに隠れているのかもしれない。
俺はそう思いつつ政務室を出る。
「さぁ来い!」
「ナタクさん、ご教授願います」
俺も相棒2振りを引き抜く。
直ぐに槍の突きが飛んでくる。
気の発しない機械的に正確な突きは、
以前よりも精度が上がっている。
それは俺の動きをインプットしたからだろう。
しかし逆もある。
俺も機械的に正確な突きなら、
武人として何処を狙って突いて
きているかが解る。
そしてそれを捌く。
隙を突いて掻い潜り、相棒を振るうが、
槍の回転で素早く手元に戻し、
俺の攻撃を防ぐ。
力比べとなるが、俺もナタクさんも引かない。
関帝とは違った強さを持っている。
悟空さんともまた違う。
世の中は広い。
「クソっ!」
「ナタクさんは強い。ナタクさんに一つ御願があるのですが」
「何だ!」
「出来れば槍の使い方を教えて頂きたいのです」
「剣だけでは不足なのか!?」
「いえ、出来れば色々な物を使えた方があらゆる戦いに対応出来ます。そして何より今こうして稀代の名人がいるので、是非この機会に学びたいのですけど。どうですか?」
力比べをしつつそう相談してみると、
ナタクさんの顔が必勝!というものから、
段々と戸惑いに変わってきた。
「……煽ててどうするつもりだ」
「別に煽てている訳ではありません。貴方の突きはこのまま続ければ私を指すでしょう」
「当然だ!」
「剣と槍という勝負で圧勝しても、ナタクさんの満足には至らないかなと思って。それなら学んでナタクさんの満足行く勝負の方が良いかなぁと」
そう言うとナタクさんはあっさり槍をひっこめた。
そしていきなり座禅を組み目を瞑る。
何が起こったのか解らないが、
俺も武器を仕舞い正座をして言葉を待つ。
「しっ仕方が無いな!そこまで言うなら教えてやる!」
「有難う御座いますナタクさん!」
「ふん!だが間違えるなよ!何れ決着は付けるからな!」
「是非ナタクさんに鍛えて頂いた腕を披露したく思います!」
「俺は厳しいからな!」
「望むところです!」
こうして俺は頭を空にする為、
ナタクさんに槍を教わるのだった。




