英霊として
修行を始めたのが日が真上に差し掛かった頃。
そして今はもう月が煌々と空で輝く時間。
目を開いても遠くから投げられた物が解らない。
だが目を閉じて感じる事に集中すると、
昼間よりもグッと集中し易くなった。
思えば休まず続けているのだから、
三蔵法師様も疲れるんじゃないかな。
そう思っていると、飛んできたものを
すれすれでかわした。
耳を少し擦ったので痛みがある。
「おいコウよ。もう根を上げたか?」
「すいません。三蔵法師様は疲れていませんか?」
「一日程度で疲れて居たら、天竺へは行けんだろう?」
そう言えばそうだ。
三蔵法師様も恐らく皇帝によって地に落とされてしまった
英霊の一人。
よくよく考えれば、地に落とされる法則などはあるのだろうか。
この世界はオーディン様達が空の上に存在する世界。
俺が居た世界との違いは大陸と神秘。
異世界と言えど繋がりがある部分が多い。
物語が住む世界色々な謎が残っている。
「あ痛っ!」
何かが御凸にぶつかる。
「おいおい。余計な事を考えている場合か?」
「すみません」
「まぁ一息吐こうか。ずっと修行しっぱなしだしな」
「有難う御座います」
「ちょっと待ってろ」
そう言ってガサガサと音を立てて三蔵法師様は
移動する。
暫く待っていると、何処から出したのか
小さな桶を持って戻ってきた。
「ほれ。これで喉を潤せ。生憎と食べ物は手に入らんが、幸い水は手に入った」
「有り難い事ですね」
「まぁ街が近いからな」
三蔵法師様は俺に桶を渡すと、近くの枝を拾い集め
慣れた手つきで太い枝に枝を突き立て、
突き立てた枝を両手で擦り回転させながら火を起こした。
「慣れてらっしゃいますね」
「まぁな。昔一緒に旅した者達は無骨者が多かったから、こういうこともしなければならんかった。一人では無いのは有り難いことだったし、無事に目的地に辿りつけたが、それなりに苦労したわ」
そう言って爽やかに声をあげて笑う。
「三蔵法師様はまた何故この世界に?」
「……さぁ。それこそ解らん。悟空がいるから、という事が関係あるかもしれんが。お前それを考えていたのか?」
「はい」
「それは難しい問題だな。玉藻、悟空、太公望、関帝。この中で後悔が一番強いのは玉藻と関帝だろう。私や悟空、太公望は言うほど後悔は無いはずだ。後悔し出したらキリがない事を知っている」
「三蔵法師様にも後悔があるのですか?」
「後悔と言うか、やりたい事というか。それは誰しもあるだろう。世を去るのに綺麗サッパリ去れる者など居ないと断言しても良い」
「英霊になったというのはどんなものなんでしょうか」
「そうさな。私は御仏に仕える者として、教えを求めて当時誰も成しえなかった事を成し遂げた。偉業と言えば偉業だが、それも時代が進めば当たり前のように、私以上に早く到達できた。それを見て私は何とも言えない気分になったよ。何せそれと引き換えに、人の闇は深くなっていたのだからな。豊かさや便利さと引き換えに、見え辛い闇を抱えのた打ち回る人々。私の偉業を称えてくれ、物語にしてくれたのは結構だが、教えの部分もしっかり伝わって欲しいかった」
三蔵法師様は枝を焚き火に投げ入れながら、
寂しそうに笑った。
俺はただ聞く事だけしか出来なかった。
確かに言われる通り、三蔵法師様達の旅に関して
色々な話が作られている。
三蔵法師とはそもそもが称号のようなもので、
三蔵法師様とは言うが、ここに居るのは
玄奘三蔵様だ。
それすらも知らない人が多い。
どう言う切っ掛けで旅を始めて、
何を持ち帰り広めたのか。
それを俺も知らない。
「コウよ、お前もこの世界で恐らく英雄と呼ばれる可能性がある」
「有り難くない事ですね」
「はははっ。そうだよな。でも英雄と言う者はどの時代にも求められ、現れては人を一時的に苦しみから救い、死後は神格化され拝まれる。忘れられる事はない」
「安らかに眠れと言いつつも寝かさないと言う訳ですね」
「面白い事を言う。そう言う事だな。私の例をよく覚えておいてくれ。偉業そのものを伝えられても、本質が伝わらなければ、成し得た事が正しく伝わらなければ、狭い入口にはなっても大きな入口にはならない。正しく後世に伝えたいなら、達成した偉業よりも成し得た事を多く伝える方法を模索しなさい」
「はい。肝に銘じておきます」
「まぁ最も英雄などにならないなら必要のない事だ。しかもならずにその他大勢の結果として成し得るのが、後の世には成し得た事が多く伝わるかもしれん」
「だからこそ、この大陸の人達の蜂起が必要なのです」
「お前の考えは正しい。まぁ皇帝はお前が倒さねば他の者では無理であろうが、それは結末ではない。結末はその後国が混乱に陥らずに生まれ変わったその時だな」
「その為にシン王女を太公望様の元へ置いてきました」
「よく考えられているな。正しい判断だ。血生臭い事などは王女が関わってはならない。後の事を考えれば、高潔であればあるほど民心を捉え混乱も生まれない」
「はい。そして最初は治世が覚束なくとも、太公望様の教えがあればその内何とかなるでしょう。例えその後会えなくなったとしても、教えは生きると思いますから」
「だな。さて、もう少し夜が深まってから街へ行こうか」
「はい。修業再開ですね」
「ああ、ボーっとするなよ?」
「気をつけます」
俺と三蔵法師様は火を消して
再び修行へと戻るのだった。




