静の修行
俺と三蔵法師様は山を下りて
街近くの森へと入る。
「さ、では修行を始めようか」
「はい」
「宜しい。では座禅を出来るかな」
俺はそれに頷き座禅を組む。
「目を閉じて意識を集中してくれ」
言われた様に目を閉じて意識を集中する。
次の瞬間風を切る音が聞こえて
咄嗟に腕をあげ頭を庇う。
ガシャッという音と共に
「目を開けてみよ」
俺の目の前にはどこから出して来たのか、
鎖帷子の上着が飛んで来ていた。
「何が飛んできたか解らなかっただろ。しかも錫杖と目を開けるまで勘違いしていた」
「そうです。いきなりで驚きました」
「だろう?そこがこの修行の肝よ」
「目を閉じて気配を感じて、捉えるんですか?」
「まぁ簡単に言えばな。だがそれは入口に過ぎん」
「と言いますと?」
「最終的にはどういう物がどの角度から飛んできたというのを解るまでだ」
「何となくなら把握できますが」
「何となくでは今の一撃が刃物なら命を落としておろう?」
「三蔵法師様と一緒でしたから」
「だが何処からか矢が飛んでこないとも限らない」
「気では防げませんか?」
「気は万能なものではない。力を表す事と、肉体の強化にはなるが、防御としては皮膚の方が強い。実際は気の膜を通って皮膚にあたるので、今まで軽傷で済んでいた。だが最終的に戦う相手にそれは意味を成さない。お前は今気を操り肉体強化を図る事に成功した。簡単に言えば腕立て伏せをして筋肉が付いた状態だ。さっきまでも常時気を高い状態で発していたが、あんなものずっとやっていたら敵に気付かれて狙撃されるぞ?」
「……確かにそう言われるとそうですね」
「頭まで筋肉化してはならん。お前が色々やろうとしているなら、何事も柔軟に対応せねばならん。それは肉体と精神の状態を何時でもどの方へも動かせるようにせねばな」
「静と動ですか」
「そう。お前には動は十分に体に覚え込ませているから、静を見に付けて更にそこから振りまわされない状態になれ」
俺はそう言われて、黒隕剣の状態変化の時の事を
思い出す。
インパクトの瞬間に力を集中させる。
そうする事で最小限の力で最大限の効果を得られる。
「何やら似たような事をした覚えがあるようだな」
「はい。この剣で」
俺は相棒を見せると、三蔵法師様は手を翳しただけで
触らなかった。
「何か不吉な感じがしますか?」
「いいや。ただこれが御仏のご慈悲の賜物であるような気がしてな」
「ですがこれは殺生をするもので」
「濫りな殺生をしている訳ではあるまい」
「それはそうですが」
「剣と言うのはな、本来はもっと血に染まり怨念を宿しているものだ。生まれた時からそれは定められている。だがこの剣には一点の曇りもない。斬るべきものを斬ってきた、斬らねばならぬもののみを斬ってこれた。それを剣も喜んでいるし、正道を歩いて来た証だ」
「どうでしょう。自分では何とも」
「謙虚で宜しい。腰に収めてくれ。兎にも角にもお前が今後もそうある為に、この静の修行は大事なのだ」
「宜しくお願いします!」
「よし行くぞ!」
こうして三蔵法師様との静の修行が始まった。
最初は枝など大したダメージも無い物を使っていたが、
段々と石や尖った枝などが飛んできて
めちゃくちゃ痛い。
今まである程度殺気を感じれば避けられていたが、
三蔵法師様に殺気は一切ない。
寧ろ目を閉じるとそこに居るのかどうかすら解らない。
気配を消しているんだと思う。
ホント容赦ないと言うか、
楽しんでやっているんじゃないかとすら
思えてきた。
史実や物語で知る三蔵法師様とは何か違う。
悪戯坊主の大人版なんじゃないかと思うわ。
「悪態を吐いている暇などないぞ!そら!」
しかも読心術まで会得している。
さっきよりも多く投げてきた。
俺が避けているのかと言われたら
「コウ、だーれが投げたものを迎えに行けと言った」
言葉通りの有様である。
三蔵法師様は笑う。
俺も笑う。
「思った以上に不器用だなお前」
「元々そんなもんです」
「だが元々そんな状態では無かっただろう?お前は勝手な憶測だが、この世界に来る前にはある意味で境地に辿り着いていたんじゃないだろうか」
「家に引きこもり仕事もしない人間がですか?」
「ああ。お前はその時何に執着していた?」
「……特には……」
「だろう?心理的社会的欲求も無く、体が求める欲求にすら満足に答えていない。多くの場合それらに縛られるからこそ、働くし、稼ぐし、使うし、自分自身を満たす為に死ぬまでやり続ける。それらを持たず死を待つだけの人間と言うのは、ある意味悟りを開いたとも言えん事も無い」
「あんまり嬉しくありませんし、親からすれば後悔しかないでしょう」
「でも何もしなかったんだろう?ある意味凄い事だよ。普通はしたくなるんだ。私も御仏に仕える身としては立派かもしれんが、世が世なら親不孝と言われたかもしれん。それでもしたかと言われると、正直答えられない」
「三蔵法師様、すみません気を使わせてしまって」
「気なんぞ使っていないさ。ただ見方を変えれば違う答えが見えてくるという御話だ。説法ぽくてすまんがな」
「いえ、ためになります。そういう考え方が出来るほど柔軟であれば良かったなとは思います」
「柔軟な考えと言う言葉は容易く使われるが、そんな容易なものじゃない。それが容易く出来るなら、誰も悩み苦しむ事なんて無いのさ」
「出来る限りそうなれるようにします」
「宜しい。で、話は戻るが、お前は以前はある種の悟りを開いていた。それがこの世界に来て力を手にして人を救った事で変わった。悪い意味では無いんだが、力が大切だと。そして力をぶつけ合う事である種の人種と解り合えた事が、お前に執着を生んだ。そしてお前は私に言われるまで、ある域に達した武人なら簡単に狙撃の的になるほどの気を纏って歩いていた訳だ。これがどれだけ危険な事か解るか?」
「……はい。鴨がネギを背負ってきたと言えますね」
「ああ。わざわざ的になるなんて馬鹿な、と思われて見逃されてきた可能性が高い。だがもうそろそろそんな立場でも無くなった。それは私も同じだがな。お前は私が命の危険があると知っていた。では何故私が無事なのか解るか?」
「三蔵法師だ、という気を発していないからですか?」
「そう、その通り。お前が取るに足らん人物なら私もこんな事を話すつもりは無かった。最初に言ったような何故かという話で濁していただろう。だがこうも熱心に私の言う事に従い、改善しようと足掻く姿に私も魅せられた。だからこそ話すのだ。コウ、執着は生きる力にもなるが、欲が生まれ隙も生まれる。だがそれは決して悪ではない。寧ろ普通の事。しかしそれを弁えているかいないかで変わる」
「有難う御座います」
「良いか。力を針のように細く小さく研ぎ澄ませるのだ。そうすれば自ずと見えてくる。さぁもう一度始めるぞ!」
「はい!お願いします!」
俺は気を小さく細く研ぎ澄ませたいと念じ
力を抜く。
そして五感全てを周りを感じる事に集中する。
小さな木の枝の揺れを感じ、風の流れを感じる。
目を瞑っていて暗闇だが、頭の中には
見た景色が映る。
気配を探るも三蔵法師様の姿は無い。
だが何かが来る。
その物が通る音、風を切る音を耳で捉え
想像する。
「つあっ!」
俺はそれが自分の近くまで来ると、手で払った。
目を開けて落ちているものを見ると、
そこには矢が落ちていた。
俺はそれを見て冷やりとした後安堵する。
間一髪。
「そう良い感じだ。後は具体的に何か見えると良い」
「無の境地ですか?」
「まぁ完全に無となるには修行に時間が掛かる。それに近い状態になれるよう修行を続けるぞ!」
「はい!」
こうして結局夜に街には行かず、
三蔵法師様との修行が続くのだった。




