三蔵法師
「じゃあ宜しくお願いします」
「である。任せておけ」
俺とアルブラハさんはシレイの街を出た後、
野宿をしつつ、次の街を目指した。
俺はその中で太公望様達にお願いしたい事を
今さら思いついてしまう。
アルブラハさんに話すと
二つ返事で引き受けてくれた。
今現在こちら側として固い
ウンチャン、トウショウ、シレイ
この3つの街の統治者と太公望様で一堂に会して
話をして貰いたいと思っていたのだ。
心配が無い訳ではない。
太公望様は知謀に優れた名将。
それは間違いないのだが、どうも他の人達と
折り合いが良くない様に見える。
まぁ立場的に折り合えない所もあるのだろうけど。
武神2人と知神、そして大妖怪。
本来なら俺が出向いて仲を取り持つのが
最良なのだが、今は味方を増やす算段を優先した。
何より太公望様も関帝も俺の師父だ。
偉大な二人も、弟子のお願いであり国の危急を
救うという大事の為なら折れてくれるだろう。
そう信じて俺は次の街へと一人愛馬を駆る。
長い森を抜けて平原に出、そこから山道を登り
山頂付近に来ると見下ろした所に街があった。
中々遠い道のりだった。
俺は一息吐くと、愛馬を進め山を下る。
「そこの御仁」
不意に脇道から声が掛かる。
横を見ると、法要袴と呼ばれる
お坊さんの袴を着て、金の小さな冠を
左手で玩んでいるスキンヘッドの人がいた。
まぁお坊さんに間違いないだろうけど。
何と言うか、目つき悪いし飄々としてて、
説法を説くようには思えなかった。
「御坊、何か御用ですか?」
「ああ、悪いが街まで乗せては貰えんかな」
「構いませんよ、どうぞ。先を急ぎましょう。日が暮れてしまう」
「そりゃいかんな。日が暮れてから街へ行こう」
「それはまた何故です?」
「そんな顔をして街に入ればお主死ぬかもしれんぞ?」
「それは御坊、私に死相が出ているのですかな?」
「死相なんてのは仏様でもなけりゃ解らん。占い師の言う事なんぞ、数多ある中から適当に当てこんで言っているに過ぎん」
「御卓見ですな」
「……お主私の事を馬鹿にしておるのか?」
「いえ、私は占いに関してはさっぱりですが、気に留めておく事はします。判断に迷った際には参考の一つにはなりますし」
「何故死相などという言葉が出てきた?」
「あの街には、何やらただならぬ気配が薄らと感じたので、それに関しての助言かと思ったものですから。で御坊であるなら死相という言葉を使うのが相応しいかと思いまして」
「坊主は占い師ではない」
「でありましょうが、説法を説く御方が予言めいた事を仰るもので」
「……チッ。面白くない」
「はは。それは失礼を。で、どうなさいます?乗っていきますか?」
「乗るは乗る。だが街へ行くのは夜にしろ」
「……御坊、私は先を急がねばならぬ身なのです。師父達の事もありますので」
「急いては事をし損じるというぞ?」
「急いていればこうして御坊とお話している事は無いでしょう」
「心は急いておろう」
「御坊、占い師ではないのですか」
「馬を下りよ」
「何ですと?」
「馬を下りよと言うておる」
「……どの様な御用で」
「どうやら口で言っても解らんと見える」
「……御坊。察するには情報が少なすぎます。何故夜を待つのかお話し頂かなければ、私は師父達の為にも街へ行きます。間違っているでしょうか」
何処から出して来たのか、
いや、背中に隠れていたのだろう。
錫杖という杖の先に鳴り物が付いた物で、
俺の顔面目掛けて鋭い突きが繰り出された。
だが俺はそれを首を傾けただけで避けた。
「御坊……短気は損気ですぞ」
「若造の分際で説教をするつもりか?」
「私も短気な性分でしたが、色々あって今は貴方よりも気が長いだけの話です。申し訳ないが、御坊と戦う事は出来かねます。これ以上私の足を止めるのであれば、先に行かせて頂きます」
「ふふ……」
いきなり御坊さんは堰を切ったように笑いだした。
俺はその姿をただ黙って見ていた。
良く分からない人だな。
暫く立って笑いが収まったので
「御坊、もう宜しいか?」
そう真顔で尋ねる。
特に俺も怒る気も無かったし、
何か訳があるのだろうが話してくれなければ
足を止める理由も無いので、愛馬を動かす。
「待て待て。お主本当に変わっておるな。なるほど、私を止めるのに悟空を差し向けてくるかと思ったら、まさかこの世界の住人では無い者を寄越してくるとは」
「……まさか」
「私が三蔵だよ。元始天尊様が昨夜夢にいらっしゃり、私の元へ変わった弟子がいくから宜しくとおっしゃっていたのだ」
「元始天尊様がですか!?」
「そうだ。しかしお主気に入られておるな。あのお方がお主の事を気にかけて下さるなど畏れ多い事だぞ?」
「ええ、本当に畏れ多い事です」
「出会うべくして出会ったようだ。私も唐天竺へ行って悟りを得たが、世は混乱の極みである。悟りを得たのにそれを伝えられずに居る。もどかしい事だ」
俺は愛馬を降りて拳を包み一礼すると、
「全人類に等しく悟りを開かせるという目標ですか?」
と尋ねた。
「そんな尊大な事を目標には出来まい。何れ皆が其々の悟りを開いてくれれば良いとは思うがな」
三蔵法師様は頭を下げながらそう言った。
「申し訳ありません。三蔵法師様とは知らず無礼な事を言ってしまい」
「いやいや、試したこちらの無礼が先だ。しかし義に厚い男だと解ったよ」
「いえ、畏れ多い事です」
「お主は私がして来た事を知っているな」
「はい。身に危険が及んでいると聞いております」
「まぁ当然だろうな。国を挙げて他大陸へ攻め込む中で、戦争反対を叫んで回れば目を付けられるのは必定。よくも捕らえられずに居たものだと我ながら感心しているよ」
そう言って三蔵法師様は笑った。
随分とあっけらかんとした方だと思った。
「して三蔵法師様、私に夜になるまで待てとはどういう事でしょうか」
「ああ、蓮は夜半に咲き始めるからだ」
「蓮ですか?」
「蓮だ。お主この先の街、キンコウの領主が誰か知っているか?」
「いえ、実のところ全ての領主を知っている訳ではありません」
「当たって砕けろという感じか。悟空や関帝ならそれでも成り立つが、生憎と全ての人がそうとは限らん」
「……確かに。この大陸に来てから、太公望様以外は力比べで認めて頂いた感じですね」
「それ自体は悪くはない。力は解り易いからな。だがこの先の領主はそう言う人物では無い」
「どんな人物なのでしょうか」
「簡単に言えば、国がどうのというのはあまり関心が無い人物だ。己の技術に関する部分が殆どを閉めておる」
「技術ですか」
「ああ。その最たるものが、蓮だよ」
「蓮とは仏様と関連が深い花ですね」
「ほう、学もそれなりにあるようだな。その通りだ。悟りを開いた者を表すとも言われている蓮の花。畏れ多くも領主は技術をもって悟りを開いた証を生まれさせた」
「もしや人を作ったと?」
「察しが良いな。その通りだ。母と父が居てはじめて人は生まれる。だが元を辿るとどうやって人となったかが解らない。そこで領主は仏様も人を御作りになったのではないかと考え、実験を繰り返して人を誕生させた」
「それはまた……」
「お主もあまり良い気分ではないようだな」
「ええ、人が人を作るなどおこがましいと考えてしまいます」
「そう、人ならばな」
「とするとあそこに居るのは太公望様と同じ仙人の」
「太乙真人だ」
俺はそれを聞いてイマイチ腑に落ちない。
仙人であり、元始天尊様の弟子でもある太乙真人様が、
そんな畏れ多い事をするとは。
だが何かで読んだ事がある。
死ぬはずだった子供を自ら生み出した物で救い、
太公望様の助けに行かせたと。
「三蔵法師様」
「何かな」
「私に今足りないものを教えて頂けませんか?」
「ほう、それは何故?」
「もし蓮が仙人の手によって生まれた人ならざる人ならば、恐らくその動きも並大抵の者ではありません。勝てる気がしない」
「うんうん。まぁそう思って夜まで待てと言ったのだよ。気付いてくれて何よりだ。では早速修行を始めるとするか」
「宜しくお願いします!」
こうして街へ行く前に修行をする事となった。
恐らくこの先に居る武人は、
今までのタイプとは真逆の可能性がある。
そうなると今までの戦い方では勝てない。
俺はそう感じながら三蔵法師様と修行に入るのだった。




