旅立つ時
「全軍進め!」
「おおおおおっ!」
関帝との紅白に分かれた演習は、
実にためになる。
将棋を指す感覚に似ている。
碁は戦略を、将棋は戦術。
何となくそう思った。
歩兵を関帝と俺が同時に進軍指示し、
「弓兵、左翼を」
「はっ!」
関帝をけん制する為、こちらから見て左側の
左翼へ弓兵の攻撃を加える。
この矢も先端には丸い球が付いており、
当たれば多少痛い位になっていた。
関帝は右翼から騎馬兵を仕掛けてきた。
「全軍右へ動け!」
「ははっ!」
俺の指示で歩兵と弓兵、騎馬兵は
全軍こちらから見て右側へと動く。
流石関帝の兵は素早く機敏だ。
そして俺も暫く騎馬兵としてだけでなく、
歩兵や弓兵として訓練に参加した事もあり、
皆の信頼というか仲間意識が出来ていたので
指示が行きわたる。
ウロボロス状態になるが、
こちらは後方に騎馬兵を配置し、
「皆行こう!」
「はっ!」
俺の指示で関帝率いる騎馬兵に突撃する。
関帝の武力と信頼から、関帝自身が動いても
味方は崩れない。
「弓兵はあまり出過ぎないで、歩兵と足並みをそろえつつ、半分は歩兵の援護、半数はこちらの援護に」
と俺は指示を出して、
自分は関帝を迎え撃つ。
「弓兵を割いて良いのか!?」
「師父の武力に対して私一人ではどうしようもありませんから。なので皆で勝たせて頂きます」
「その心意気や良し!」
バシーンと稲光のような音を鳴らして
俺の矛を強打する。
だが慣れてくれば、
それが手加減されているものと解る。
俺は赤兎馬の横へ自分の馬を当て、
関帝と並ぶ形になる。
そして馬上に立つと、矛を振り下ろす。
「ふはっ!面白い事を考える!」
「今日こそ勝たせて頂きます!」
「百年早い!」
関帝は馬に乗ったまま俺の矛を捌く。
馬は赤兎馬とは違うが、朝服での仕事の合間も
面倒を見てきた馬だ。
信頼している。
それが馬にも伝わっているのか、
しっかり堪えてくれている。
俺が飛んで矛を避けても、
急いで止まり戻って受けとめてくれる。
関帝はそれを見て微笑み、再度切り返して
俺に流れるような攻撃を仕掛けてくる。
受けては流し、かわしては受け、
足腰で馬に動きを伝える。
ダメージを馬に行かないよう、
体をひねるなどして使い、関帝の力を散らす。
「だが大分慣れてきたようだな」
「はっ!全軍突撃!」
俺は一礼しつつも全軍に突撃指令を出す。
「小癪な!」
関帝は笑いながら俺に斬りかかる。
斬りかかりながらも空いている手で、
軍を指揮している。
言葉が無くとも伝わる私兵。
実に羨ましい。
一進一退を繰り返すも、
やはり経験と指揮の差で関帝に負けてしまった。
負けと言っても時間切れで、
立っている兵の数で勝敗を決めている。
「コウ、思い切りが良いのも結構だが、味方の状況をもっと見ねばな」
「おっしゃる通りです。どうも自分の分身のように考えてしまいます」
「ありがちなことだ。改めれば良い。そしてお前は我が直接指導しているのだ。単騎ででも多少なら持ちこたえよう。その間に態勢の立て直しと、少しの休憩を取らせても良かったな」
「はっ!勉強になります!」
こうして早朝の訓練は終了する。
素早く皆自分の仕事へと戻る。
俺は皆の負担を軽くするべく、
防具などの後片付けを進んでやっていた。
こういう一つ一つが大切だと言う事が気付けたのも、
義を胸に抱く師父を見ている御蔭である。
宮中に参内し、内政についてのレクチャーを受けつつ
関帝の放っている草からの連絡を受け、
首都の内情を知る。
シレイは他領土に比べて鍛錬が行き届いており、
皇帝の覚えもめでたいようだ。
関帝はそれを聞いても苦笑いをするばかりである。
「どうやらそう悠長な時間は我らには与えられていないようだな」
「はっ。しかし他領土の事が気になりますな」
「うむ。やはりそう思うか」
「はい。他領土に比べて行き届いているとは言え、私達は兼業です。このような方策を他領土が取っているとは考えらなくて」
「そうだな。領主と言えど、支持されるもの支持されないもの。また軍事と内政を分けたいもの。色々と居る。皇帝が我に対して美辞麗句を伝えるとも考えにくい。となると」
「一揆が起こる可能性も捨てきれませんな」
「うーむ。どうしたものかな……」
関帝は髭をさすりつつ、机をトントンと
リズミカルにたたく。
「師父、私が赴き一揆を思いとどまるよう説得してみましょうか」
「……難しい問題だ。お前は我の弟子である事は、今この都市で知らぬ者はおらぬ。だがここを出れば他国人に違いない。その他国人の説得を受け入れるかな」
「確かに」
「何より一揆が起こるような統治をしている領主は、皇帝から直々に沙汰が下るであろう。この時期にそのような真似をするのであればな」
「ですが民に犠牲がでませんか?」
「その前に首を挿げ替える算段であろう。皇帝は自分自身のみを信じている。領主の首を挿げ替えるのに躊躇いは無い。それが統治の見事さにも繋がっている」
「中々隙がありませんね」
「だがな、徴兵をしているのは事実。我のような武人ならまだしも、他の領主がそうでなければ反感を抱くだろう」
「それが一揆に繋がっている訳ですね」
「ああ。しかし……このままここで軍事などの鍛錬を続けている場合でもないかもしれん」
「……明朝にも発ちます」
「……名残惜しいが仕方あるまい。と言っても暫しの別れであるからな」
「短い間でしたが、師父にはお世話になりました」
「離れても鍛錬を怠るなよ」
「はっ。肝に銘じて参ります」
「また逢うその日を楽しみにしておる」
「是非期待に答えたく思います」
「ああ、達者でな」
関帝と俺は手を握り合い別れを惜しみつつ、
一礼してその場を後にした。
俺はその足で今までお世話になった、
シレイの街の人達に挨拶をして回った。
会う人会う人に各地の情報と共に、
傷薬や食あたりを直す薬、果ては寿命を延ばす薬など
色々なものを餞別として頂いた。
「コウ、重くはないか?」
アルブラハさんが挨拶が終わった時に、
声を掛けてくれた。
アルブラハさんも独自に色々と動いていたようで、
俺はそれに関して何も言わない。
この国が平和になれば、
アルブラハさんの国とも交易などが
活発になるかもしれない。
その為に動いているのだろうと漠然と
思っていた。
送迎会を催そうという街の人々に対して
「我の弟子はまた帰ってくる。何より我らを頼みとしているのだから、日々の仕事をしっかりとすることが、気持ちよく送り出してやる事になる」
と関帝は伝え普通の夜を過ごした。
宿舎の中で一人天井を見る。
シルヴァ大陸を離れて大分経つ。
皆は元気だろうか。
ミレーユさんを始めとしたエルツの人達。
姫を始めとしたアイゼンリウトの人達。
クロウディス王を始めとしたグラディウス国の人達。
ブルームを始めとしたエルフの里の人達。
まだシルヴァ大陸も冒険していない所があるから、
戻って早く冒険者として楽しみたいなぁ。
そう思いを馳せながら眠りに着いた。




