暗雲
馬上での訓練が終わり、
一日休養を与えられたが、
一日中寝て終わった。
この間も気を抜かずに寝ていた。
与えられた宿舎で寝ていた所、
「コウ殿、関帝様がお呼びです」
と訪ねてこなければ起きていなかった
かもしれない。
俺は参内するにあたって、
呼びに来た仲間の兵が持ってきた
朝服に着替えて参内した。
タイムスリップした気分になる。
朝服とは何でも宮中に参内する時に着るもので、
袍という日本でも時代劇に出てくる公家などが
着ていたものだ。
どうも着なれないのでそわそわする。
関帝のいらっしゃるシレイの街の中心にある
御殿は、城よりも低いものの塀に囲まれていた。
長い階段を上がると、先ず入る前に
「コウ、只今参内致しました」
と声を掛ける。
「うむ。入れ」
「はっ」
一礼して中へ入ると、関帝とアルブラハさんは
書物に目を通しながら、何か書き記していた。
「師父、何をしておいでですか?」
「内政だ。領主だからな。内政も疎かに出来ん」
「なるほど。アルブラハさんは?」
「であれば、兵の名簿や首都に関する情報を得ている所だ」
「それは」
俺は気になり覗こうとするが
「コウ、お前はこちらへ」
と師父である関帝に呼ばれたので、
関帝の前に膝をつき一礼する。
「礼は良い。我の横へ」
「はっ」
一礼して横へ行くと、そこには年貢だけでなく
戸籍に世帯数、田畑の規模や予想取れ高、
商人の数や上がり予想、他の領土との取引など
が書かれていた。
「領主を務めるとは中々大変なものだ。特に今の皇帝になって以降、各街の人口も均等になっているのだ。兵士として専門にするだけの余裕が無い様にな」
「反乱を防ぐためですか」
「ああ。我が主君、そして我が武名あってこそ、皆兼業でこなしてくれている。有り難い事だ」
「そうなると早朝や夜半に限られますね」
「そう言う事だ。あまり目立つ回数をすると、反乱の兆しありとして首都から咎められる」
「それは申し訳ないです」
「申し訳ないとは?」
「あの七日の演習と今朝の鍛錬の休息を頂いてしまい」
「……ふふふ。それが解っているお前だからこそやった甲斐があるというものだな。何、適当な理由を付けて使者には御帰り願った。他大陸へ侵攻する為の鍛錬と言う理由でな」
「草はいましょう」
「おるであろうが、我は部下を疑わない。それで背かれるのであれば、我に徳が無かったと言うだけの事だ」
「覚悟、ですね」
「うむ。一軍の将たるもの、万全を喫した上での覚悟が必要だ。人を縛るなど恐れ多い事よ。だが義に背き叛旗を翻すなら、この我は進んでそれを討つ。皇帝が自ら我と戦に臨まんとする腹づもりは今のところないようだが」
「私の行為は義によって立つ所と考えています」
「……お前の策を献じてくれ」
「はっ。恐れ多い事ながら申し上げます」
俺は関帝に対して玉藻様や悟空さん、
太公望様に話した策とその答えを話す。
「なるほど。それは確かに。悟空殿や太公望殿の言う事は最もだ。力を示すとはお前の力のみならず、兵を指揮する事や馬上での戦も入っている。我の元に着たのも天の思し召しかもしれんな」
「初めてお会いした時は斬られるかと思いました」
「それを申すな」
関帝と俺は声を上げて笑う。
そして関帝はふぅと一息ついて
「我としても戦を望んでいる訳ではない。民を苦しめる事以外の何物でもない故にな。天におわす我が主君が共にいらっしゃれば、我は御主君を立てて、その覇業に今一度挑戦したであろう」
そう思いを馳せて言う。
「力をお貸し願うのは難しいでしょうか」
そう言うと小さく笑い
「お前は我を師父と呼ぶな」
「はい。教えを請うておりますので、失礼ながら呼ばせて頂いております」
「お前はしっかりと義を重んじてそう呼ぶ。国に乱を起こし、お前が来た国のみを護ろうとする輩であれば、とうに斬って捨てておる」
「有難う御座います」
「だが今一度策を練り直す気になっているのではないかな」
「流石師父。お見通しですか」
「ああ。お前と剣戟を交わした今、清らかな武人としてお前は自分の策が下策だと感じているような気がしてな」
「はい。実はもう一策考えておりまして」
「包囲して煽るか」
「……おっしゃる通りです。前の策では首都へ乗り込んで単騎で討ちに行くというものでしたが、あの首都の様子からして容易ではないと思いました。それにそうなれば民の犠牲が出ないとも限りません。そこでこちらに付いて下さる玉藻様や悟空さん、太公望様に師父を加えた連合軍にて首都を包囲し、皇帝を引き摺りだすというものです」
「……それで皇帝が出てくれば儲けものだが」
「私の見たところ、皇帝は自分の力に絶対的な自信を持っているかと思います。ですが未知の力、自分が持っていない力に対しては過剰なまでの意識いる。それが他大陸への侵攻の所以です。とすれば、私の力を首都を包囲した中で解放すれば、皇帝は自ずから出てこられずには居られない、と考えます」
「……ふぅむ」
美髭公と呼ばれる髭を片手でさすりながら、もう一方の手で酒を飲む。
「ある程度の犠牲は勘定に入れたとしても、民に危険を及ぼすのを避けるという考えは良い。しかしコウよ、犠牲無くして戦は出来ん」
言い辛そうにしながら、関帝はそう俺に告げた。
「はい。ですが犠牲を少なくする事は出来ましょう。その為の諸領の叛旗が必要なのです」
「……良かろう。我もお前の策に乗ろうではないか」
「有難う御座います」
「そうと決まれば今後の事だが、先ず朝は鍛錬を。昼は内政を見つつ、我の兵を用いて動かす訓練を。夕刻から夜半に演習を。これが一日の動きだがどうか?」
「仰せの通りに」
「うむ。では早速内政を見る為に、市井を見て回るが良い」
「はっ!」
俺は一礼して宮中を出て行く。
そして出た瞬間大きく息を吐くと、
背伸びをした。
重い話が続くと肩がこる。
だがこれも先を見据えた動きだ。
そして話しているうちに思った事がある。
こちらが手札を持つように、
皇帝にも手札があるのではないかと。
俺はまだ見ていない残りの領土に思いを馳せながら、
立ちこめていた暗雲に嫌な予感がした。




