馬上
シレイの街で関帝に歓迎の宴を開いてもらい
二日酔いになりつつ、軍事演習に参加した。
関帝から送られた冷艶鋸に似た柄の長い青龍刀を
使いながら、馬上の戦いを学ぶ。
馬に乗りながら武器を振るうが、
イマイチ力が入らない。
それに比べて関帝は馬と一心同体になり、
踊るように戦っている。
そして俺の為の特別演習として、
馬上で食事をし、馬上で眠ると言う
過酷なものになった。
普通一日で終わるものだと思うじゃないですが。
終わらなかったんですよ。
一体何時までやっているのかって?
「コウ、しっかり休まぬともたんぞ!」
関帝に気合いを入れられる。
いやもう恐らく5日目だと思うんですが。
日が5回暮れ始めてるから、明日で6日目?
流石に用を足す時は降りる事が出来るが、
足は酔っ払いみたいになっている。
しかも俺はそれにプラスして、気を維持する
というものもやっていた。
今なら解る。
布団で休んだら気を維持しながら寝られる。
間違いない。
この拷問じみた訓練よりマシだ。
「では第二波行くぞ!」
「おぉー!」
誰も弱音を吐かない。
関帝が倒れるまで恐らく誰も倒れない。
圧倒的なカリスマが部隊を覆っている。
皇帝と違うのは、それが恐怖では無い事だ。
部下を気遣いつつも奮い立たせ、
自ら全力で先陣を切る。
将たる者、後ろで控え戦況を見渡し、
部隊が敗北しない為に判断を素早くするもの。
と教わったが、この部隊は一個の生き物のようだ。
演習なので木で作られた武器を使っているが、
それでも打ち合いは本気だ。
関帝の後ろ姿を見ながら俺も青龍刀を振るう。
先ずは師父の姿を真似て、その上で
自分らしい形を模索しよう。
そう考える。
そして地獄の一週間が終わりを告げようとしていた。
「コウ、大丈夫か」
「コウ、しっかりな」
「コウ、きついかもしれんが、関帝様に続けば間違いない」
俺も相当部隊に馴染んできたのか、
色々な人に声を掛けられる。
同じものを食し、馬上で過ごしたから
仲間意識が生まれたのだ。
当然と言えば当然だ。
こんな地獄そうそうない。
キリマンジャロに登るようなものだろう。
ちなみに俺は特別に一日の終わりに、
関帝と一騎打ちをすることになっている。
皆が見ている前でだ。
相手になるはずもないが、教える為に
そうしてくれているのだろう。
俺にも羞恥心はある。
カッコ悪い所を見せたくはない。
が、相手は神様である。
子供を相手に相撲を取っている横綱。
その図式になっていた。
最終日だと言われたその日の演習のラスト。
「コウ、掛かって来い。この一週間の出来を見せてもらおうか」
そう言われて向かい合う。
マジだ。
もう足は生まれたての小鹿並にぷるぷるしている。
この状態で一撃を受けたら死ぬ自信がある。
「あのー、後日ではダメですか?」
「問答無用!」
赤兎馬と共に突貫して来る関帝。
もうそれだけで大迫力だ。
俺はギリギリまで引き付け、
左に柄の長い青龍模造刀を掲げ構える関帝の真横に
馬を腰で動かす。
そして体当たりさせてバランスを崩す。
が、相手は赤兎馬。
そんなのではびくともしない。
計算済みであった為、蹴りを入れて
赤兎馬を横へ吹っ飛ばす。
嘶き暴れる赤兎馬。
俺はそれを見逃さず、襲い掛かる。
「甘い!」
薙ぐ青龍模造刀を馬の前足を上げさせてかわす。
俺はその体勢から青龍模造刀を振り下ろした。
勿論力全開で。
関帝は青龍模造刀を両手で持ち防いだ。
気を纏った一撃は衝撃波を生む。
そして赤兎馬は怒りを露わにしていたが、
関帝は微笑んでいた。
「大分馬上の戦いにも慣れてきたな」
「はっ。師父の御陰です!」
「ならば」
振り下ろされた青龍模造刀を、
俺は気を両手と青龍模造刀に行き渡らせ、
歯を食いしばり受けとめる。
バシーンという雷のような一撃。
最初に受けたのと変わらない渾身の一撃。
しかし受けとめられはしたものの、
俺が乗っている馬は良い馬ではあるが、
赤兎馬ではない。
案の定堪え切れずに足を畳み沈む。
悲鳴のような嘶きが聞こえ、俺は受け流しつつ
馬から降りた。
そしてすかさず赤兎馬の横を薙いで攻撃する。
「ぬぅ」
関帝も思わず体が泳いだ。
そこを見逃さず俺は青龍模造刀を振り下ろす。
それを難なく受け止められた。
流石。
そして赤い炎のような気を纏い、
俺を吹き飛ばす。
俺は着地した後一気に間合いを詰めて
青龍模造刀を隙無く連続して叩きつける。
しかしそれを薙ぎの一撃で全て攻守を入れ変えられてしまう。
まさに伝説の武神に相応しい一撃だ。
「っと。コウには馬上での戦いを教えねばならぬのだったな。つい熱が入ってしまった。誰ぞ変わりの馬をもて!」
「はっ!」
周りで見ていた関帝の部下が馬を引いて来た。
俺は一礼し馬にまたがる。
「良いかコウ。下半身をしっかりと馬に付けて離さぬように。馬上での戦いでは体が泳げば今のような事になる。だからこそ下半身が重要なのだ。そこを起点として上半身の力がしっかりと乗る」
「はっ。大地を踏みしめるのと似ていますね」
「そうだ。大地の変わりが馬。それが戦においては重要だ。歩兵と騎馬兵では数が同等なら、騎馬兵が強い、それは上から突き刺したり首をはねたりできるからだ。歩兵は地から上へ攻撃をしなければならないので圧倒的に不利」
「歩兵同士の戦いの後ろに騎馬兵が続くのもそういう訳なんですね」
「そう。騎馬兵が先発すれば、矢が飛んできて削られ、歩兵がそれにたたみかければ、戦の流れが変わる。先ずは歩兵を先に走らせ、盾などを用いて矢を防ぎつつジリジリと攻め込み、騎馬兵が出てきた所でこちらは矢を放つ。歩兵を下げてな」
「そしてその隙に騎馬兵を矢兵の脇にあたる様に動かす」
「うむ。騎馬兵は歩兵より機動力に富んでいる。その為、伏兵にするにも平地であれば有利になる。事森や山などになれば、歩兵の方が偽装し易いがな」
「城攻めの場合は如何にしますか?」
「実のところ我は城攻めが得意ではない。それは太公望殿に尋ねよ。先ずはお前は騎馬兵として戦う事を覚えよ」
「はっ!」
俺はそう言いつつ、今日はお終いにならないかと
思っていた。
「もう終わりたいと思っているな?」
「……申し訳ありません」
「いや良い。時間が無いとは言え、よくこの厳しい鍛錬を乗り越えた。ゆっくり体を休めよ」
「有難う御座います!」
俺はそう言って安心して倒れた。




