極める力
いつもの朝を迎え、農作業に餌やり
兵法を学び碁を一局打った後の事。
「さてコウよ。お主の持っておった剣は飾りかな」
「いえ、頼もしい相棒で御座います」
「であれば、わしごとき打ち負かせるであろう?」
太公望様を打ち負かす。
太公望様はその知謀で名を馳せた方。
剣においては俺に分がある気がする。
「ご所望であれば」
「それは結構。では表へ」
そう言って太公望様は大きな瓶の中に
巻き物と一緒に刺してあった鞘に入った
剣を2振り取り出して外へ出る。
俺も相棒2振りを掴んで外へ出る。
「さぁどこからでも」
太公望様は鞘から抜かずに
しかも構えずにそう俺に告げた。
何かあると思わせておいて何も無い。
と見るのは生兵法か。
「では」
俺は相棒達を解放する。
構える前に斬りかかる。
「戦いとしては正しい。じゃが悪手じゃな」
鞘に入った剣で俺は両腕を叩かれ、
剣を落とす。
玉藻様や悟空さんなどが持っていた気を
全く感じなかった。
敢えて言えば無。
それが間合いに入って寸止めしようとした
瞬間に、眼に止まらぬ早業で叩かれた。
「コウ、今のでわしが少しは解ったかな?」
「はい……ではもう一度」
「許す」
今度は俺はいきなり飛びかからず、
黒隕剣を前に横にして構え、
黒刻剣を立てて構え
ジリジリと太公望様に迫る。
太公望様は微動だにしない。
全く動く気配も威圧するものもない。
何だこれは……。
斬れるはずだ。
この間合い、気合いなら一刀で。
「はぁっ!」
俺は地面を踏みならし、
黒刻剣を振り下ろす。
それを紙一重でゆらりと半身になって
かわされる。
俺は残った黒隕剣で薙ごうとするが、
「お終いじゃ」
鞘に入ったままの剣が喉元に突き付けられていた。
「これは一体……」
「別段難しい事ではあるまい。兵法で学ばなんだか?」
「相手の出方を見極め最小限の力で仕留める」
「そう。お主も戦闘経験であれば中々のもの。今までの敵であれば斬れていたはずじゃ」
「はい……そう思います」
「わしが斬れぬのは、経験の差だけではない。兵法を剣術にも生かしておるからじゃ。兵法とは指揮のみにあらず。万に通ず」
「恐れ入りました」
俺は頭を下げる。
「とは言うものの、わしは仙人でもあるから流石になんじゃがな」
「ですが仙人の力を出してはおられません」
「……確かに。どうじゃ。お主のあれを見せてくれんか?」
「……はい」
あれと言われれば一つしかない。
相棒、力を集めてくれ。
――了解――
黒刻剣は光の粒子を
その身に集める。
俺の体の底から力が溢れてくる。
体の周りが静電気を帯びてきた。
「参れ」
「はい!」
俺は全力で間合いを詰める。
そして小さく素早く一太刀入れる。
しかし同じようにかわされた。
俺は喉元に来た剣を、黒隕剣で防ぎ
もう一太刀入れようとするが、
飛んで避けられた。
そして黒刻剣の剣身に乗られた。
「なるほど。力対力ならこれで済む。だが皇帝はそうはいかん」
「な、何が足りませんか」
「何もかも」
そう言って太公望様は剣身から降りる。
「お主の総合的な能力は跳ねあがっておる。だからこそ二太刀目を入れる所まではこれた。じゃがお主考えておったか?相手が逃げるのをただ追っただけではないのか?それでは碁と同じ。やがて誘い込まれて逃げ場が無くなる」
「確かに」
「直感に頼るというのはな、絵空事ならそれで済もうが、実際の戦いにおいて必要なのは力を入れつつも頭は冷え研ぎ澄まし、次の相手の一手を思考しつつ先回りして確実に仕留める。この一連の流れがキッチリ出来て初めて直感に頼ると言えよう」
「恐れ入ります」
「お前も解っておろう?その持て余した力。今はただ振りまわしているだけに過ぎん。力に玩ばれておる。その証拠に思考が動物になり果てている。知恵の無い獣と、知恵のある獣、どちらが恐ろしい?」
「明白でございます」
「ならばその暴れ馬、ものにせよ。でなければ皇帝には敵わん」
「どうすれば良いでしょうか」
「本来なら己で考えろと言いたい所じゃが、そう時間は無い。先ず剣無しでその状態に持って行け。それはお主の中にある、人としての抑止の枷を外した上に更に上乗せされている。この大陸は武人であれば、相応の気を持っておる。お主のそれも同じようなものじゃ」
「自分の力のみでこの状態に」
「うむ。目を閉じ己の体に語りかけよ。そして集中しろ。力よ身を包めと」
俺は太公望様に言われるがままに、
目を閉じ自分の体の腹の下辺りに気持ちを集中する。
そして枷を外せ、力よ身を包めと語りかける。
「目を開けてみよ」
そう言われて目を開けると、俺の体の周りに
黄金色の炎が揺らめいていた。
「これは……」
「お主のその剣は見たところ、補助のようなものじゃろ?元々あったものか、与えられたものを引き出す為のな。人は誰でも持っているが、相応の修羅場をくぐり抜け、武芸を嗜み領域に踏み入る事で出せる解放じゃ」
「漫画みたいですね」
「マンガというものは知らんが、そう言うものの基礎として古来の伝承や武将の姿を伝える文章などから得たものを、後の世に解り易く伝えたのであろうな。だがコウよ、ここはお主の世界とは違う。魑魅魍魎が闊歩し、人が食物連鎖の上にはおらん。こんな力も無ければ人は生き抜けぬ。他の大陸ではそうではない方法で生き抜いているのだろうがな」
そう太公望様に言われてなるほどと思った。
皇帝が自ら乗り込むのではなく兵を差し向けるのも、
人以外を地に落とすのもこの大陸に根付いて来た、
この大陸の人が生きる為に身に付けた力を元としているからか。
そうなると思った以上に厄介だ。
「コウ、解ったか?皇帝は確かに己しか信じておらん。だがの、己を人だと理解しておる。じゃからこそそれ以外を同じ所へ落とし、その力を見せつけたくもあるのじゃろう。あれは難物。竹を割った中にはとてつもない物があるかもしれんぞ」
「はっ!改めます!」
「良い良い。さてならばそのままの状態を維持してこれから下山するまでの日々を過ごし、この大陸の人間が持つものを身につけよ」
「はい!」
皇帝を倒すなら皇帝以上でなければならない。
その為ならこの苦しい状態にも耐えて制覇してみせる。
俺はギブスを全身に嵌められたような、
機械人間のような動きで、小屋に戻る太公望様を追った。




