酒場の斉天大聖
「コウ、待っていたぞ」
ウンチャン城を出ると、そこには
アルブラハさんが人数分の馬を引いて待っていた。
「アルブラハさんすみません置いて行ったりして」
「であればこそ、お前の隣に船で座った際に渡されたこの紙の通りに動いた。幸い何事もなく無事で何よりだ」
アルブラハさんが鍛錬を一度した際に話しかけ、
その時にこっそりと一枚の紙を渡していた。
それは俺が単身もしくはファニー達だけで去った場合、
どうやっても抜け出すので、足を用意して欲しいと言う事と、
シンの部下達を連れてこないようにという
二つの事を書いておいた。
「では参りましょうか」
「であるか」
「行き先を聞かれると思いましたが」
「であるが、我はお前と共に赴くのが楽園では無い事を知っている。恐らく強敵が待っていよう。心躍る、それだけで十分だ」
ここにもまた戦闘狂が居た。
「じゃあ皆、早速東へ向かおう。シン、トウショウまでどれくらいかかる?」
「はい、日が暮れるまでには馬を飛ばせば辿り着けるかと」
「なら急ごう。皆馬には乗れるか?」
「我は初めてだ」
「私もよ」
「俺もリウに乗っただけで飛ばせる自信は無いな」
「でしたら慣らしつつ参りましょう」
こうして俺達は馬にまたがる。
アルブラハさんは持っていた金と引き換えに、
上等な馬を手に入れてくれたようだ。
俺達が乗っても暴れることなく、
ゆっくりと進んでくれている。
シンの手解きで、先ずは駆け足から練習する。
そしてファニーとアルブラハさんは生物として
上位で在る為、指示に従わざるを得なくなっている
馬を上手に言い聞かせている。
俺も以前リウに乗った経験から何とかなった。
問題はアリスだった。
いつも気高く凛々しいアリスも、
馬に乗っては子供のように慌てている。
ふんぞり返るも足が震えている姿に、
つい吹き出してしまう。
こうして何とか俺達は日暮れまでに
トウショウまで着く事が出来た。
街並みはウンチャンと変わらないものの、
活気があった。
シンが先頭に立ち、宿を求めた。
すんなりと宿は取れた。
シンは城での姿と違う上に、
皆がシンの事を知っている訳ではないようだ。
また異国人である俺達を見ても宿の主は、
そう動揺した様子は無かった。
この主に聞いたところ、異国は異国でも、
このブロウド大陸の異国だと思っているようだ。
ブロウド大陸でも、海に面した都市では
外国との商売や交流がある所もあるとの事。
以外に鎖国も穴があるものだ。
俺達は皆同じ部屋に泊る事にした。
バラバラだとウンチャンのような、
いざという時に困るからだ。
勝手に動くとまたパンチが飛んできそうだし。
俺達は一息吐くと、街で食事が出来る所を
探しに出る。
「コウ様、あちらなど如何でしょうか」
シンが指差した先は、
賑やかな酒場のような所だった。
以前だったら避けたいところだが、
今は情報が一番取り易い場所。
俺は同意して、皆と共に中へと入る。
「おろ?外人が居るぞ?」
中へ入ると、いらっしゃいませより先に、
そんな言葉が飛んできた。
声の主は、俺の鎧とは違うものの、
作り込まれた装飾に動きやすさと防御を
兼ね備えた闘志を表す様な赤い鎧を着ていた。
そして金髪に赤い瞳。
テーブルに腰かけ棒を持ち
酒を瓶を片手でガブガブと飲んでいる。
まったくどうしてこう当たりが良いのか。
「どうもこんばんわ。お邪魔します」
「おう。勝手にやってくれ」
「ご主人は?」
「オラだ。適当に摘まみと酒で良いか?」
「え?」
「え?とは何だ。オラはこの店の主だけど」
「え?」
「何かおかしなことを言ってるのか?」
「あ、いえいえ。とんでもない。あ、女性陣には何か口当たりの良いお酒以外を。後はお任せで」
「あいよ。ちょっと待ってな」
そういうと、カウンターの奥の厨房に入って
酒瓶片手に調理を始めた。
確かに城でふんぞり返るよりは市井に居るのが似合う。
だが粗野で暴れん坊というイメージがあった。
「ほい、先ずは飲み物と食べ物第一弾おまちっ!」
素早い動きで次々と並べられていくものは、
男らしい大雑把な料理ではあったが、美味しそうだ。
「もうちょっと待っててくれよな。次も出すから」
「あ、次だけで大丈夫です」
「なんだ小食か?いけねぇぞ?腹一杯喰わねぇといざって時に力がでねぇ」
「いざと言う時とは?」
俺がそう言うと、店の主人は殺気を放つ。
黒隕剣が反応し棒を防ぐ。
「やるじゃねぇかオメェ」
「まさか酒場の主人をしているとは。そんな気軽で良いんですか?」
「良いに決まっているだろ。何せオラ元々神様なんてガラじゃねぇし。拝まれるようなモンじゃねぇ。折角皆と同じになったんだから、やりたい事をやってるだけだ」
「この国を救う事もやりたい事に加わりますか?」
そう俺が言うと、棒を引いて天井を見る。
「例の徴兵令か。……確かにオラ、皆と一緒に生きてみて色々な事を教わった。そして権力に虐げられる民の姿も。だけどオラはあの皇帝をどうにも出来ねぇ。情けねぇ話だけどさ」
「それで酒におぼれていると?」
「溺れて何かいねぇぞ。これは水と一緒だ。それにオメェは気付いているかもしれねぇが、飲んでも酔えねぇさ」
「なら美味い酒をのみましょうよ」
俺の言葉に酒場の主は酒瓶の動きを止める。
「……なるほど。それはオラには響く口説き文句だ。だけど」
「力を示せと言う訳ですね」
「解り易くて良いだろ?オメェがオラに勝ったら、口説かれてやるぜ」
「では明日、立ち合いましょう」
「楽しみにしてる。……じゃあそれはそれって事で、皆オラの作ったもの食べてくれよ。見てくれはアレだけど、味は保証すっからさ!」
こうして俺達は意外な人物と酒場で会い、
明日立ち合う事となった。
酒場の主は斉天大聖。
武人の中の武人。
明日の立ち合いの事は一先ずおいといて、
俺達は酒を酌み交わす。
女性陣はいつの間にか別テーブルで食事を済ませて
出て行った。
俺見捨てられた。
アルブラハさんと斉天大聖さんに両脇を固められ、
結局陽が昇るまで酒盛りは続いた。
二人の肝臓と胃袋に俺は最後までついて行けずに
気を失ったのだった。




