玉藻談義
「さぁこんな場所ではあるが寛いでたもれ」
テントのような宿舎の中に入ると、
華美な装飾品などはなく、
土の上に木材を敷き、三畳ほどの居間の
ようなものがあった。
そして布団が隅に綺麗にたたまれており、
どうも俺のイメージしていた人と違う
と思った。
「失礼します」
俺は靴を脱いでその居間に上がる。
丸いテーブルの上に、ハクと呼ばれた
少女が、二つ湯呑を置いた。
俺が湯呑から漂う良い香りと
手触りで温度を確かめていると、
ハクは俺の顔をジッと見ていた。
「ハク、別にこの者は怪しんでる訳ではないぞよ」
俺の気持ちを代弁してくれた。
ハクはそれでも俺の顔を見続ける。
にこりと俺は笑った後、
両手を添えて少しずつ味わうように飲む。
御茶のような少しの苦みとほのかな甘み。
加えて飲み易い温度で注いでくれたのが
更に旨みを増している気がする。
「御茶の淹れ方が絶妙ですね」
「ハクは御茶を淹れる事も名人なのじゃ。わらわに使えて長いから」
俺はハクに有難うと言うと、
ハクは直ぐに十二単の人の後ろに隠れた。
「中々豪胆なのじゃの」
「そうですか?」
「疑うと思っていたのじゃが」
「思いが籠ったこの御茶を疑うのはどうも出来ませんで」
「どうしてそう思う?」
「温度です」
「……そなたは茶の道にも通じているのかの」
「茶の道というと茶道ですからそちらは解りません。ですがこの飲み易いように考えられて淹れられた御茶は、淹れた人の人柄が見えてきます」
「どうも」
「え?」
「そなたは天然のようじゃ。気持ちを素直に口にしていて、聞いているこちらも気分が良い」
「それは良かったです」
俺はゆっくりと味わうように飲む。
そして終わるとテーブルに湯呑を置く。
それと同時に十二単の人も湯呑を置いた。
「では改めて」
「はい」
話を始めようかとしたところ、ハクが慌てて
俺達の湯呑におかわりを注いでくれた。
「ハク、慌てなくても良い。話は長くなるからゆっくり淹れてくれれば私達はそれで構わないわぬぞよ」
「そう。少しさめても淹れた心意気は冷めない」
ハクは大きく何度も頷いて下がる。
それを聞いて十二単の人は袖を口に当てて笑った。
「なるほど。そなたは地面を這うものであったのう」
「ええ、生憎空を飛び舞う者ではありません故。優美さに欠けます」
「優美さは時に嫌みになる。わらわも地を這うまで気付けなかった」
「両方を知る者は何にも勝りましょう」
「そなたは本当に口が上手い」
「思った事が口から出てしまう性質でして」
「ならわらわに聞かせてくれぬか。そなたが思っている事の全てを」
「はい、失礼を承知で言わせて頂きます」
そこから俺は思っている事をそのまま口に出す。
「この国について一番不審に思ったのは、この大陸には神秘が無い」
「うむ」
「ですが、何かもっと別のものがこの大陸を覆う、もしくは縛っている気がしました。この世界は神秘の集まりであると考えていましたが、ここにはそれがない。人が人として、人の力のみで生きている」
「やはりそう思うかえ?」
「はい。これは私の感覚ですが、神秘の類は地に落とされ人と同じくされているのではないかと」
「わらわを見て確信したと」
「そうです。ただ私の力は奪われず、使う事も出来ます。それが疑問に思っています」
「だから単騎で乗り込んでこれた、という訳じゃな」
「はい。魔法が使えないのであればこの方法は取れなかったかと」
「で、そなたは皇帝をどう思う?」
「これも推測の域を出ませんが、恐らく強大な結界を張り自らのルールで縛る事が可能な特殊な能力者ではないかと思っています」
「他国へ攻め入る理由として脅威を感じたからというのは?」
「性質の悪さの現れです。皇帝は自身の能力を理解していない。自分には力が無く、タオの秘術のみがこの世の最高の術だと信じて疑っていない。理解出来ないしたくないものは、ないものと同じです」
「……なるほど。音に聞こえた英雄とは、武勇に優れただけでは無いと言う事かえ」
「それは言い過ぎかと。推測の域を出ていません」
「当たっておる。それはわらわの存在が証拠になろう」
「はい。九尾狐は大妖怪。天災の象徴とも言われている方。それが纏う気は私程度ならいなせておりましょう」
「ハク、おかわりを」
ハクは呼ばれて直ぐ来た。
俺は一気にしゃべったので一気に飲み干し、
おかわりを頂く。
「改めて名乗らせてもらおう。わらわは九尾狐、またの名を玉藻と申す」
「私はコウと申します。お会いできて光栄です」
「災厄に遭えて光栄とは」
「幸先良く逢えたと言えましょう」
「実に愉快。言葉遊びにも長けておる。一句詠みたくなるほどにの」
「残念ながら心得なくお付き合い出来ぬのが残念で御座います。無骨者故」
「良い。これから旅をするなら一句詠む事もあろう」
「旅で御座いますか?」
「そう。神秘というのはの、無くても良いのかもしれんが、それでは面白みに欠ける。そして人が人の力のみで生きるには、まだこの世界の人間は弱い。何かの所為にして何かのお陰にしなければ生きては行けない」
「私の元の世界でも、神は心の中に生きている者も居ります」
「ならばこそ。人と神秘は隣人のようなもの。どちらも欠ける事は無い。それで生きていけるのは究極の個を有する者のみ」
「さればこの国の皇帝は己のみを信じ、貫いているのでしょう」
「神秘すら寄せ付けぬ、が己自身が神秘となっている事を受け入れられない矛盾の塊。だが貫いた」
「それがこの国のこのありようなのでしょう」
「で、お主はこれからどうする」
「他国にまで自らの考えを押し付けようとするのは許容出来ません。故に抗います」
「具体的には?」
「釣りを行う為の巻き餌を手に入れようかと思っております」
「釣りとな」
「ええ、大魚を一本釣りする為の餌を」
「それはまた難しい事じゃな」
「私がこの大陸に着いた時点で、私の推測が確かなら皇帝自身異変を感じているはずです。神でもなく妖怪でもない、皇帝の人の概念から少しはみ出している私を」
「それだけでは足りぬ故、わらわ達に接触してきたのだな」
「そうです。失礼を承知で言わせて頂ければ、この国で完結した物語で有れば、私は出てこなかったでしょう。ですが、皇帝はそれを広げてしまった」
「良い。わらわの兵を使うが良い。丁度わらわも悪足掻きしていた所じゃ。助太刀は多い方が良い」
「尽力させて頂きましょう」
「期待して居る。ハク、皆のものに伝えよ。コウをわらわに仕える者として共に闘うと」
ハクは頷いて外へ走って出て行く。
「あれは口数が少ないうえに恥かしがりやでな。兵士達には普通に伝達できるのであるが、まぁ暫し許せ」
「はい。構いません。いきなり見も知らぬ者と喋れるものが全てでは、世界は面白みに欠けましょう」
「良い良い。ところでそなた」
「はっ」
「その口調はいつものなのかえ?」
そう言われて俺は吹き出してしまい、笑った。
玉藻さんも袖を口に当てているものの、声を出して笑った。
「いやーすみません、どうも流され易い感じで」
「良い良い。相手に合わせるのも処世術というものじゃ。だがの、これからは普通で構わん。わらわが許す故にな」
「ありがとうございます。どうもこの大陸に来てから調子が狂いっぱなしで」
「これも皇帝の所為かの?」
俺達は声をあげて笑い合った。




