探り合いウンチャン
俺はハオからの報告を部屋で受けていた。
「兵の数およそ500、その内騎馬兵が150、弓兵150、歩兵200です。指揮官が1名副官1名、布で覆われた宿舎を幾つか立て、備蓄倉庫が宿舎のある陣の中に1つあります」
「ハオ、兵以外で作業を行っている者はいないか?例えば掘削作業をしているものや、大工の類だ」
「……御察しの通りで御座います。コウ様におかれては察しておられるかと思いますが、今この街には必要最低限の男しか残っておりません」
「でなければシンの名を出して衛兵を20人もかき集められまい」
「はっ!」
ハオは改めて俺に右拳を隠して膝を突き頭を下げる。
「ハオ、俺はそういう動作を求めてはいない。あの衛兵はどちらだ?」
「はっ!こちら側です」
「そうか。ハオ、お前は何者だ?」
「おっしゃってる意味が」
「回りくどい事をする気はない。お前も皇帝に忠を尽くし、皇帝が興味を示さなかった娘に同行して異国まで偵察に来た人間だ。しかもシンの名を出して兵を借りられる位の人物。従者等では無かろう」
俺は取り合えずこの国に合わせてバージョンを変える事にした。
なんて言うか言い方がまるっきりおっさんぽくて、
恵理に聞かれたら”チョーキモい!”とか
言われそうだが、仕方ない。
ここからは戦術的にも戦略的にも抜けがあれば、
後ろから刺される。
だから慎重に指さなければならない。
相手のミスを待ちながら、穴熊で。
「……貴方は恐ろしい御方です」
「答えになって無いな」
「はっ!申し訳ございません!私ハオは、近衛兵で御座いました。姫が誕生の折、姫付きの兵となりました」
「それも答えでは無いな」
「……ではどのような答えをお求めなのでしょうか」
「お前は皇帝の意では無く、お前自身の忠によって姫を監視、皇帝の弑逆を計る者を亡きものにするのを役目にしているな」
俺はハオの渡して来た配置図を見ながら、
そう告げる。
なるほど。
要害の麓に陣を敷き、掘削作業をしつつ、
強固な通り道を作る為に大工を入れている。
ここでは魔術の類は無いが、
こと戦いにおいてはシルヴィ大陸より
現実的なのだろう。
何にも頼らない人の力の成せる技のみで、
成り立つ国。
これはやっかいだな。
人としての強さに関しては、
ブロウド大陸の人間はシルヴィ大陸の
人間に勝る。
ここに魔法などが加われば、
シルヴィ大陸の勝ちだ。
だが魔法も切れる。
物量で押せば、僅差で勝つ事は可能かもしれない。
「動くなハオ」
俺は殺気を感じたので牽制する。
腰と背中には相棒がいる。
感覚を通してだが、この大陸においても
俺達の繋がりは消えていない。
魔力はこの大陸で生まれたものには
無いのかもしれないが、
俺はシルヴィ大陸出身の異世界人だ。
そこはあまり気にしなくても良くてホッとしている。
俺の魔法は使える。
これはかなり嬉しいプラス要素だ。
「動くなと言った」
俺は瞬時に右手で黒隕剣を抜き放ち、
ハオの首元に突き付ける。
ハオの両手にはクナイのような物が
握られていた。
恐らくルールと同じように、
暗殺を数多くこなして来たのだろう。
だがエルフより遅い。
「貴方はこの大陸で何を成そうと言うのですか」
「しれたこと」
「何ですか」
「シンの母親を助ける。それだけだ。生憎俺としては英雄などという肩書も要らんし、迷惑この上ない。シンに助けを請われたからこそ来た。何が出来るかは解らんが、被害は最小限に留め事を成す。そしてさっさと帰らせてもらう」
「皇帝を殺せば国はまた戦乱の世となりましょう」
「シンの母親は?そしてお前が仕えるシンは?」
そう言うとハオは押し黙る。
「タオの一族とは特別な力を持つ者と聞く。母親とシンにそれがあり、民草に畏敬の念を抱かせるのであれば、善政を敷く事もまた可能ではないのか?」
カランと音を立て、ハオの手から武器が落ちる。
「今の皇帝に批判が出ているのは、善政を敷いていないからだ。綻びが生まれている。それは皇帝の器からこの国が溢れた証拠だ。そしてシンの母親を恐れ幽閉した。これは力を恐れた証拠。他国に攻め入るという戦術的にも戦略的にも理に適わない策を無理やり押し通そうとしている。これは皇帝自身の恐れから生まれたもの。ハオよ、これは国の為か?」
「それは……」
「恐れが先に立てば見えなくなる。国とは国に住まう者達が生きやすい世を作るものではないのか。でなければ綻びは何処からでも生まれ何れ皇帝の身ぐるみははがれる」
「それでもあの方は生きていくでしょう」
「だろうな。だが皇帝が生きている事と、国が生きている事は違う」
「……はい」
「この国を統一出来た事は偉業だ。戦乱を無くしたのだから。だが新たな戦乱を他国にまき散らすのは、沼地に足を自ら踏み入れるようなもの。民も戦乱が終わったからこそ皇帝を支持していた筈。お前の言うように、戦乱を再び起こさせない為に、俺は大義名分を得ている」
「シン姫でございますな」
「その通りだ。そしてシンの母親も救い出せれば、天も味方しよう。で、どうするハオ。お前は国が生きていく事と、皇帝が生きながらえていく事、どちらを取る?」
シンは俺を暗殺しようと少し立ち上げた体を
床に下ろす。
「今すぐ答えを出す必要はない。俺が皇帝以上に乱を招く者なら消すが良い。以上だ。下がって良い」
「はっ」
迷ったままハオは部屋を出て行く。
俺は疲れたので布団で寝そべりながら、
ハオの書いて来た物を、足をばたつかせながら
見ている。
しかし疲れた。
腹の探り合いはホント疲れる。
エルツが懐かしいわぁ。
某アイドルの曲を鼻歌しつつ、
俺は近くに置いてあった鉛筆のような物で、
ハオの書いて来た地図に書き加えた。
恐らく相手にこちらの動きは伝わっている。
だがこれも予想の域を出ないが、
相手としてはこちらと敵対するよりは、
味方にしたいと思ったはず。
だけど力のない者と組まないだろう。
となるとハオが持ってきたこの配置図は、
宿舎や備蓄倉庫と掘削作業、大工以外は
変わっている可能性が高い。
間抜けにも俺がこれをそのまま信じて襲撃すれば、
包囲殲滅できるように配置され直しているはずだ。
そうするとこの街の近くに兵は配置されていると
考えて間違いない。
俺が相手なら間抜けと組む訳が無い。
これも試されていると言う事だろう。
なら裏をかく。
そして相手は裏をかかれる事も考えて、
弓兵を街側に、歩兵をその守備に、
騎馬兵を機動力が行かせる後方に配置しているだろう。
側面から撃てば弓兵に牽制させつつ、
騎馬兵を押してくるはずだ。
そして歩兵も加えて圧倒する。
とまぁこの大陸ならわりと積んでる状況だが、
こちとら空飛んでる生き物が偉い大陸から来ました。
人数も少ないから真っ向切っての戦いよりも、
奇襲作戦しかない。
しかしなぁ。
アリスはまだしもファニーとか大丈夫なんかな。
どうにも不安を感じながら、
ハオとのやりとりで精神力を使い果たした俺は、
昼寝をすることにした。




