新たな予感
「イヤッ!」
俺の顔面をとらえる蹴りをギリギリでかわす。
「ハァッ」
女の子は蹴りを振り抜き態勢を直ぐ整え
かわした隙を突いて拳が飛んでくる。
見事なコンビネーションだ。
目薬と経験が無ければ突きでやられていた。
「セイッ!」
横へとシフトウェイトした俺を、
蹴りでとらえようとする。
だが俺はそれを待っていた。
左肩で直撃を受けたが、それを掴む。
「コノッ!」
左足を捕らえられた状態で、右足で蹴りを
俺の頭めがけて放つ。
俺が捕らえている左足に力を入れながらの
見事な攻撃だ。
足を離させる為の蹴りでは無い。
俺はそれをかわし、顎で足首を捕まえる。
「シッ!」
宙ぶらりんの状態から俺の鳩尾へ向けて、
手のひらを突きだす。
これはヤバイ!
俺は顎で捕らえた足首を右手に持ち替え、
空振りさせる。
「マダッ」
後ろに回った俺に対して、
反動をつけて後頭部で攻撃してきた。
ホント凄いな。
この子リムンとか王子や王女と変わらない
年代に見えるのに。
俺は軽くジャンプしかわして、
着地と同時に頭を太ももで挟んだ。
俺は女の子の両足を俺の両手で両肩に密着させ、
頭も固定した。
暫く拳で叩かれたが、拳法は足場が重要だ。
年相応の力で叩かれても痛くない。
「どうする?俺はおしまいにしたいんだが」
「私は認めナイ!」
「でも足場が重要な拳法でこの状態では力が出せない。発勁もこの態勢では出せない」
「……」
女の子は黙る。
負けを認めたくない意固地かと思ったが、
俺の勘が危険を告げている。
「ハァッ!」
俺は寸前で女の子を離し距離を取る。
アルブラハさんとは違う、白い炎を纏って
女の子は立っていた。
「……アナタ本当に凄いネ。許して欲しいヨ」
「本気でやるってことか」
「ウン。貴方の力、見極めさせて欲しい」
真っ直ぐな瞳で俺を見る。
汚れたおっさんの俺にとって、その瞳は眩しい。
「解った」
俺は頷くと、右足を前に突き出し、
右拳を同じように前に突き出して構える。
そして背中の相棒に力の吸収を頼む。
――承知――
相棒は鞘のまま、力を集め始める。
俺の身に静電気が起こる。
これであの力とどれだけ対等に戦えるか。
剣無し、身一つでの対戦だ。
出来れば女の子に手を上げたくないんだが。
だがそれは失礼にあたる。
全力で相手をして欲しいと挑んでくるのだから。
「イヤッ!」
体が宙を浮いてスライドしながら
一瞬で俺の間合いを詰めた。
それを俺は横へ流れて
腕を押して流れを変える。
隙が出来た瞬間、足で鳩尾の下を薙ぐように
蹴る。
吹っ飛んだものの、直ぐ着地して
瞬時に距離を詰めてくる。
だが蹴りの強さで間隔を掴んだ。
あの白い炎も、バリアの役割をしているが、
衝撃までは吸収できていない。
その証拠にさっきより0.5秒位遅い。
それでは今の俺には掴み易い。
同じように避けて今度は肘に手を当て
肩と腕の繋ぎ目を空いている手で抑えて、
地面に押し付ける。
年齢が上な事、男である事。
これが絶対的な差ではないが、
抑え込む時に有利になる。
逆にこの子が体重が俺より重く、
身長が大きければ振りほどけたかもしれない。
「見切った」
「ナニ!?」
「悪いな。君は強いよ。でも俺はアルブラハさんや、もっと殺気があり殺す為に俺に挑んできた者と戦いぬいて来た。正直死ぬと思った事もある。これがどういう事か解るな」
「……経験の差という事カ」
「それもある。そして俺は君より背丈もあって体重も上だ。だけど安心して良い。数年後には俺を抜いている」
そう言って俺は右手でトントンと叩き、
手を離した。
「ソレじゃ……」
「ん?」
「ソレじゃお母さんを助けられナイ!」
涙などが混じったくしゃくしゃの顔で俺に
向き直り怒る女の子。
これは参った。
そのまま泣き出す女の子を、
リムンの時と同じように手を差し出し
「解った。力になるよ。俺で良ければ」
と言いながら微笑んだ。
それを見て一瞬泣きやむも、
更に泣き出してしまった。
俺は頭を掻きながら、
女の子を抱きしめる。
こうして闘技場での試合は終わりを告げた。
アルブラハさんは医務室へ運ばれた。
女の子も取り合えず俺が運んだ。
「コウ、お前は凄いな」
「アルブラハさんこそ。俺の手の内が解ってたら、勝てたはずです」
「それはお互い様だ。お前も俺も殺し合う気が無かったからな。その上でお前は俺を倒したのだ。竜人族の俺を。誇ってくれ友よ」
男の世界だなぁと思いながら、
俺は嬉しくなって握手を求めた。
アルブラハさんは寝ている体を起こそうとしたが、
それを止めて握手を交わした。
「すみません、一番に力になりたいのですが、泣く子には勝てませんで」
俺は申し訳なく思い断った。
恐らくアルブラハさんは俺に力を貸してほしくて、
戦いを挑んできたのだろう。
それは剣を交えて解った。
「であろうな。だが構わない。お前は俺にとって必要な人間だと言う事が解った。お前にしか頼めないと確信している」
「申し訳ない」
「次は必ず力になってくれ」
「お約束します。俺でよければ」
「頼む」
そう言ってアルブラハさんは眠りに落ちた。
隣を覗くと、しょんぼりとした女の子に
リムンや王子に王女、恵理が囲んであやしていた。
あれはあれで近付きたくないな。
顔を引っ込めようとした俺を
「おっさん!」
と叱る様に恵理は呼んだ。
アイツ子供の事となるとマジになんのな。
何があったのかしらんが
良い事だ。
「あいあい、呼ばれましたかお嬢様方」
俺はしょうがなく子供たちのところへ行く。
「この子の話を聞いてあげて」
恵理は真っ直ぐな瞳で言う。
コイツのこんな顔初めて見た。
俺がまじまじと見ていると、
「な、何よ!?馬鹿じゃないの!?」
と慌てふためく。
何故だ。
とりあえず俺は微笑んで、子供たちが
腰掛けているベッドの端に座る。
こうして俺ののんびりとした冒険者譚は
新たな局面へと動き出したのだった。




