19章 噬臍
ルーミアの姿はそこにあった。自身の大剣を枕にして、涙を流していた。
鬮された彼女はもう気力など存在しなかった。しかし菫子もまた、心の中で泣いていたのであった。
「・・・私は・・・誰も助けられないのか・・・」
彼女の中で迸った悲しみが、辛さを煮えたぎらせた。
行き場の無い八つ当たりが彼女の中で繰り返されるのであった。
「・・・いいや・・・違うよそれは・・・。・・・菫子さん・・・」
そう言いながら彼女の元に近寄ってきたのはジュノアであった。
彼女はそんな菫子の気持ちを悟ったのか、彼女の右手を仄かに暖かい両手で握った。
仲間を4人も失ったのは辛いことであり、菫子は何よりも救いの手が差し伸べられなかった事を噬臍しているのであった。
「・・・私が逃げた時、さとりさんたちは私に向けて、何か優しい視線を送ってくれたような気がしたんです・・・。
・・・きっと、さとりさんたちは・・・菫子さんを信じてるんだと思います。・・・だから1人で悩みを抱えないで下さい・・・。
・・・私たちが、さとりさんたちを攫った、オデュッセウス・アーバンテクノロジーから助け出そう・・・!」
少女の何処か力強く、何処か優しい言葉は菫子の心を貫いた。
・・・まるで彼女の心の中心を射貫いたかのような、大きな『動揺』という名の地震が心の中で発生したのだ。
「・・・ここで何時までもくよくよしてたって駄目か。・・・そうだな、ジュノアの言うとおりだ。私が間違ってた。
・・・行こう、オデュッセウス・アーバンテクノロジーに。確かここから本社へ行けたって聞いたな・・・」
「待って、菫子」
彼女の元にやって来たのは蝙蝠の羽を生やした、吸血鬼の姉であった。
燃える街の中を歩き、血の池を踏みながら、そのまま進んでいく。
「・・・お前は助かったのか、レミリア」
「さとりたちに助けられて貰ったわ。・・・フランも同じようにね。・・・それで、本気で本社に潜入するつもり?」
「当たり前だ、私はもう・・・ここまで罪を犯してきた。・・・罪滅ぼしだ」
レミリアと菫子には親交があった―――と言うのも、彼女も元々は治安保護兵であったのだ。
しかし社長が退陣し、新しい社長になった時、彼女は治安保護兵の身を捨てて、郊外のこの街に移り住んだのであった。
そしてそれはフランも同じであった。
「・・・フラン、ここからあそこに繋がってる道、知ってるよ」
レミリアの横にやって来たのは彼女の妹、フランであった。
装飾が施された羽の動作は、彼女の動揺を示唆しているものであった。
「・・・ここからオデュッセウス・アーバンテクノロジーに繋がる道か?」
「うん。フランたちがよく使った地下道なの。・・・でも、逃げ遅れちゃって」
「・・・私と同い年かな・・・」
ジュノアは自分と同じ背の高さである2人を同級生だと思っていた。
しかし彼女は同い年の子には余り話しかけ辛いのであった。
ここでレミリアが口を開いた。それは少し恥ずかしそうにしていたジュノアに向けられたものであった。
「・・・私たちと同じ背丈の子ね。貴方も菫子と一緒に来ていたの?」
「う、うん・・・」
「相当度胸があるのね。・・・名前は何て言うのかしら?私はレミリアよ」
「わ、私は・・・その・・・じゅ、ジュノア・・・」
頬を真っ赤にしながら名前を告げたジュノアに対し、レミリアは微笑んでいた。
「フフッ、貴方は照れ屋さんなのね。そんなに恥ずかしがらなくてもいいわ。
・・・フラン、貴方も自己紹介くらいしなさい」
「あ、うん。分かったよお姉さま」
するとフランも優しい笑顔で彼女に自己紹介をする。
そこにあったのは天使のような、全く罪の無い微笑みであったのだ。
「私はフランドールって言うけど、名前が長いから『フラン』って呼んでね!」
「あ、うん・・・。・・・わ、私はジュノアって言うの・・・」
「ジュノアちゃんかー。いい名前だね!」
フランはそんなジュノアの名前の響きを褒めると、彼女は下を俯いていた。
しかし内面の表情は頬の色にしっかりと示されていた。
「確かに2人とジュノアは同じくらいの背丈だな。・・・まあ茶番はこれくらいにしておこう。
・・・フラン、その『地下道』とやらは何処にある?」
「それなら私たちが案内するわ。・・・今回は不意打ちを突かれたから捕まったけど、元々は治安保護兵なのよ」
「戦えるって言いたいのか?・・・それは安心だな」
菫子はルーミアを斬ったオデュッセウスウェポンを砥石で研磨していた。
血塗れた魔剣とでも勘違いされそうな程、彼女の大剣は血に塗れていたのであった。
「因みにその地下道を使えば、OUTの地下の秘密酒場へ行けるの。そこから中へ侵入よ」
「流石にフランもこれは許せないし、さとりさんたちが私たちを助けてくれたから、今度は恩返しをしなきゃ・・・!」
フランは右手を固く握っていた。
彼女の想いは、元いた会社への遥かなる悔恨であった。
「・・・2人とも、私たちをそこへ案内してくれ。・・・こんな都合いい事があるとは予想外だったが」
「分かったわ。・・・でも秘密酒場には沢山の待機中の治安保護兵がいるわ。
・・・だからここで死んでる治安保護兵の服を借りてくといいわ」
「・・・そうか、分かった。私は治安保護兵と言えど、あそこは気色悪くて行ける気がしなくてな」
菫子はオデュッセウスウェポンを研ぎ終え、剣を背中の鞘に仕舞った。
そして、炎の中で倒れている治安保護兵を適当に見つけ、服を奪ったのだ。
何事も無かったかのような治安保護兵に彼女は変装したのであった。
「・・・ジュノア、お前も着替えろ」
「で、でも私は大人用の服なんかぶかぶかで・・・」
「・・・ならこうすえばいいか」
菫子はもう1人の治安保護兵の骸から服を取り上げ、剣で着やすいように加工したのだ。
丁度ジュノアが着やすい大きさに加工した菫子はそのい服を彼女に投げて渡す。
「加工技術はお手の物なのね」
「慣らされた、からな」
ジュノアはそんな菫子に加工された服を受け取り、そのまま上から着た。
ぶかぶかではない、子供に丁度合うサイズであった。
「あ、ありがとう・・・」
「これでいいだろ。・・・後は教えてくれ、その地下道を」
「私たちが案内するわ。行くよフラン」
「うん、お姉さま!・・・菫子さんも、ジュノアちゃんも来てね!」
「分かってるって!」
ジュノアはさっきよりも明るくフランに返事をした。
彼女のフランに対する心の融解が出来たのだろう。
「・・・待ってろよ、メランコリー、スーさん、さとり、こいし・・・」
小さく、誰にも聞こえないように彼女は呟いた。
・・・それは、彼女に秘められた想いに臍を固めたと同時に世界に反逆をする事を恐れぬ敢然さでもあった。