17章 真摯
霊夢たち治安保護兵を何とか撃退したものの、吹き曝しとなった電車に乗っていた菫子たちは安堵感に浸っていた。
冷たい風が彼女たちの身に染みる。
菫子は吹く風に髪を靡かせ、憔悴に浸っていた。
「・・・全て、私の所為なのか・・・。・・・今までのB町の侵略も、C町の侵略も・・・」
「ど、どういうこと?」
こいしはそんな菫子に聞くと、菫子は霊夢に言われた事を全て述べた。
悲しみが、憐れみがそこに含有していた。
「今まで私が歩んできた町々が・・・全て侵略されていたのは私を捕えるためだったらしい。
・・・もう私はこのまま捕まった方が・・・全員の幸福となるのなら・・・私は諦めたほうがいいのかもしれない・・・」
「今更何を言ってるんだ!菫子!」
そう彼女に怒号を叫んだのは、誰でも無いメランコリーであった。
いつもは強気な彼女の弱音が受け入れられなかったのであろう。
「お前が起こした反乱だろう!今更身を引いたって向こうの思う壺だ!
・・・いいか、弱音を吐くな。徹底的に・・・やるしかないんだよ!」
「・・・」
菫子はメランコリーにそう言われると思っていなかったのだ。
何処か彼女は不安であった。怖かった。それは自分の所為でどれだけの人が犠牲になったのか、という事であった。
自分を捕えるために・・・治安保護兵が動いていたと考えると、やっぱり身震いがするのだった。
「・・・でも、私が・・・私が・・・」
「お前の所為で私の町が消されたのなら・・・私はお前を逃さない。
ここで死なれるよりも、世界を変えて貰った方が・・・よっぽど嬉しいから」
「・・・そうか。・・・私がおかしかったな」
菫子は気持ちを改め、流れゆく景色を眺めた。
何処か遠くの水平線を見つめて・・・。
「・・・私は永遠の罪を背負うからに、戦わなきゃいけないんだな・・・。・・・悪かった」
「謝ることは無いわ。・・・だけど、目の前の現実から逃げないで。菫子には・・・私たちがいるから」
「うん!ジュノアもちゃんといるから!」
「こいしもお姉ちゃんも仲間だよ!」
「私もメランコリーと一緒にいるから、菫子と一緒にいることになるよ」
4人はそう菫子に言ってくれたのであった。
どれだけ気が軽くなったのであろうか。考えが深くなってしまう菫子にとって、それは安堵そのものであった。
「・・・ごめんな、私の我儘に付き合って貰って・・・」
「我儘?それは違うわ」
メランコリーはそんな菫子の言葉を真向から否定した。
それは彼女なりの信念に基づくものであった。
「これは菫子の我儘では無いわ。これは私たちの我儘よ」
「・・・随分深いことを言うね」
すると電車を運転していたさとりが中にいた5人に告げた。
「もうすぐD町に着くわ。降りる準備でもしといてね」
風が吹き抜ける車内から見えたのは、安心できる町々の明かりが灯った家々では―――無かった。
◆◆◆
電車はボロボロのホームに入線し、菫子はホームに降り立った―――。
思わず絶句してしまったのだ。その光景は・・・衝撃が強すぎた。
「・・・何だこれは・・・」
驚くことも出来なかった。そして、心に生まれたのは悲しみであった。
安心できる家々の明かりは燃え上がる炎と為りて、上空には黒点5つが浮かんでいたのだ。
そして・・・6人の視界には縄で結ばれた街の人たちの姿であった―――。
「治安保護兵だ・・・!・・・急ごう!」
「言わなくても分かってるわ・・・それ位!」
「懲りない奴らだな・・・!」
6人は炎の中の街を駆け抜け、町民たちを飛空艇に連れて行こうとした見張り治安保護兵の前に姿を現した。
予想外の出来事だったのであろうか、野太い声で素っ頓狂な叫びを上げた。
「ど、どうしてだ!?あの霊夢様が直々に鎮圧に掛かられたのに・・・!?」
「悪いが私も元治安保護兵だ・・・舐めて貰っては困る」
菫子は見張りの治安保護兵の元に走っていき、横を通り抜けた瞬間に―――彼は血の池となった。
無残にも体内から内臓が溢れ、そんな光景を見て菫子は不快な顔をした。
「他にもどうせいるんだろう・・・。・・・容赦はしないぞ」
「あ!あっちに沢山!」
ジュノアの声が炎の音と共に鼓膜を振動させたと同時に、菫子はすぐさま振り向いたのだ。
そこには大量の治安保護兵を奴隷のように連れた、漆黒の両翼を生やした『天使』が存在したのだ。
目を赤く煮えたぎらせ、同士である治安保護兵1人を血の池にした6人に・・・強い眼差しを向けていた。
「フン、霊夢では相手にならなかったか・・・」
「相変わらず気持ち悪い容姿だな、ルーミア」
ルーミアは両翼を炎の煙に靡かせて、菫子の元に近づいた。
畏怖そのものを纏った彼女の目に映った同期は・・・今や敵であった。
「・・・私はEXルーミアだ。そこら辺は忘れて貰っては困る」
「どうでもいいことを吐くものだな。・・・身体に比例して、中身も幼稚か」
「・・・調子に乗るな」
ルーミアは闇に染まった大剣を手に取り、そのまま刀身に刻まれたルーンを菫子に見せつける。
赤く光るルーンはまるでルーミアの目のような禍々しさを放っていた。
「・・・ルーミア、所詮お前も・・・ただの会社の駒に過ぎないんだよ。何故それに気づかない?」
「逆に聞こう。・・・菫子、所詮お前も・・・周りに持て囃された、偽りの主人公に過ぎない。何故それに気づかない?」
「質問を質問で返すな、低能が・・・!」
尖った口調で、菫子はそんな彼女に怒号を言い放った。
元より、ルーミアに嫌悪感を示していたのは事実であった。
格好つけた容姿、吐き気を催すほどの邪悪な両翼、それに見合う冷淡な言葉・・・。
・・・全てに於いて、『彼女が大嫌いであった』。
「それにな、私には『仲間』と呼べる存在がある。・・・お前らは所詮、金で契約された哀れな関係だ」
「くだらない。・・・それに、この反乱の主人公を自分だと思い込んでるお前が一番痛いんだよ」
「その容姿でよく人の事を言えたものだな。それに、言ってることも見当はずれの頓珍漢。
・・・お前に『脳』は存在するのか?幼き治安保護兵よ」
「・・・お前は人を罵ることだけは一級品だな」
ルーミアは大剣の先を菫子に向け、闇の両翼を更に大きくする。
―――彼女が怒り高ぶっていることの、何よりもの証拠であった。
「・・・これは上からの命令であり、私が今思ったことだ、言わせて貰おう。
―――『宇佐見菫子、ここで斬刑に処す』」
「相変わらず痛いね・・・。・・・その発言、その容姿、全てに於いて。
・・・悪いけど、私も容赦は嫌いなものでな・・・。・・・EXルーミア、全力でお前を―――『殺す』」
炎はひたすら燃え続けていた。
その中の沈黙は・・・何を物語っていたのであろうか。