02
「フランディル~!ティティカバカクテル2つ!」
【酒場*女神の涙】と掲げられた看板の酒場に入るなり、ラルゴはカウンターで派手な装飾の付いた本を読む男に手を振り大きな声で注文した。
「…私ではなく、注文はジョシアにと何度言えば理解して下さるのでしょうね?…ジョシア、ティティカバカクテル2つだそうですよ」
フランディルと呼ばれた胡散臭い雰囲気を匂わせる黒髪の男性は気怠そうに長い髪を指に絡め、ラルゴの言動に大きな溜め息を吐くと傍らでグラスを拭いている機械人に指示を出した。
「了解しました」
桃色のメイド服を纏った機械人…ジョシアはフランディルに頷くと手際良くカクテルを作り、リディアとラルゴが腰掛けるテーブル席へと運んだ。
「…お待たせ致しました。ティティカバカクテルでございます」
淡々とした口調でカクテルを置くとジョシアはにっこりと微笑んだ。
ふわりと揺れる瑠璃色の髪はとても綺麗で愛らしく見え、感情の起伏の無い口調を聞かなければ人の少女だと思うかもしれない。
「あ…あああああ…ありが…っ」
ジョシアの笑みに見とれていたかと思えば挙動不審になり、落ち着きが無くなるラルゴにリディアは苦笑した。
「手、震えてるわよ?」
「う…うるせぇよ!…女の子は…苦手なんだよ」
慌ててリディアに反論するが、緊張からくる手の震えは止まりそうに無い。
ラルゴの反論に自分はどうなんだ?と疑問に思うが、流石に【女の子】とは言えないな。と心の中で苦笑した。
「そういえばお前…何で俺なんか助けたんだ?」
微かに震える手でオレンジ色の液体を口に運び、ラルゴは溜息混じりで訊ねた。
獣人がヒトに絡まれているのはよくある事であり、数えていたらキリが無い程である。
同じ獣人だろうと見て見ぬふりをするのが当たり前。
少なくとも自分はそうしていた。
「何でって言われてもなぁ…何も考えて無かったというか何というか…」
「…考えて、ない…」
リディアの返答は想像していなかったようでラルゴはポカン、と呆気にとられる。
「人を助けるのにいちいち理由なんて考えられないわよ」
あっさりと答えるリディアにラルゴは深く溜め息を吐いた。
目の前に腰掛けるリディアは簡単にヒトの男を倒してみせた。
ヒトは男女による力の差が大きいと聞いていたが自分の聞いた情報は間違っていたのかと不安になった。
自分のような獣人は何の獣に属するかで大体の強さが解る。
男女の力の差はヒト程大きなものではなく、女が男よりも強い場合さえある。
現にラルゴは犬の獣人であり、同じイヌ科の狼や山犬の獣人女性と比べると圧倒的に頼りない。
ラルゴの何か言いたげで、言葉にならない空気が煩わしく思えたリディアはオレンジ色のカクテルを喉を鳴らして呑み込んでいく。
「ぷ…っはーぁ!…あ、ねぇ、ジョシアちゃんだっけ?」
目の前にいるリディアはラルゴの苦手な女性らしさが失礼ながら見えなかった。
「はい」
機械人のジョシアの方が[作り物]とはいえ守ってあげたくなる印象を受けるのに。
「ジョシアちゃ~ん!バブルサワーをジョッキで頂戴❤︎」
目の前にいるのは本当にヒトの女なのだろうか…?
ラルゴは目の前に出された豪快に泡立つ炭酸酒をグビグビと飲み干しているリディアを眺め、大きな溜め息を吐いた。
出会い方の問題だろうか…やはり理想と現実は違うのか…?
同じヒトの女でも先程の少女、ミリエルとリディアは大きな違いがある気がする。
いや、「気がする。」どころか正反対だろう。
「おや、女性の方と一緒とは珍しいですね」
際限なく酒を飲み続けるリディアを横目にツマミに手を出すと甘く品の良い声が背後から聞こえた。
「て…っててて…店長っ?!」
「おや…?私は【ルー】と呼んで欲しいと言った筈です
声の主の姿を確認するとラルゴは慌てて席を立ち、ラルゴと向かい合う赤毛の男は自らをルーと名乗ると品よく笑い、当然のようにラルゴの隣へと腰掛けた。