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空に響くは、花と剣と龍の歌  作者: 飛坂
青い空と赤毛の男
1/18

01

01 始まり



精霊魔法と機械文明が共存している世界…リーシエ。

様々な種族が共存する街ソルートで若者は歩みを止め、溜め息を吐いた。


種族戦争から幾つもの年が流れたが、種族差別は未だに無くならないのが現状だ。


ある者はヒトが自分と違う者を拒むからだと言い、ある者は他種族の考え方が頑なだと言う。



若者は正直面倒くさいと思っていた。


 風に舞う金の髪を撫で、怒声が響く路地裏に視線を向ける。

当たり前の事ではあるが、どの種族にだって違いはあるもの。

最近では別の種族同士が婚姻する事もあるというのに。


 眉間にシワを寄せる若者の目の前では1人の獣人が4人のヒトに囲まれていた。


先ほどの怒声が聞こえたことから仲良く談笑している訳ではないようで、少々緊迫した雰囲気だ。


 またか、そう何度目かのため息をし、若者は腰の鞘に収まったレイピアを鞘越しに軽く撫でた。



「お前さ~……こんな【姿眩まし】で俺様達を騙していたんだってなぁ?」


呆れと嘲笑が混じった口調の男の言った【姿眩まし】とは種族差別を受けたとある種族の技術者が開発した自らの姿を別種族に眩ますアクセサリーの事だ。


種族差別が激しかった頃に発明され、自らの身を守るために獣人や機械人が身につけるという。


姿眩ましを身につけた後の姿は人口の多いヒトになるのが一般的だったか。


目の前の男は姿眩ましと思われるブレスレットを乱暴に掴むと、両腕を掴まれている獣人の男の頬をそれで軽く撫でた。


獣人族の赤い毛を持つ者は気性が荒いだとかどこかの学者が言っていた気がしたがその男はどうやら例外だったらしい。



「お…俺は…ッ騙したつもりは…ッ」


獣人の男はカチカチと歯を鳴らせ、微かに震える口から言葉を紡ごうとするが、2人の男に両腕をガッチリとホールドされている為、勝ち目が無いと解ると口を閉じ、諦めたかのようにうなだれた。


目の前にいる男は余程獣人が嫌いなようだ。

血を吸う羽虫を叩き潰す事に等しい考えでも持っているのか、それとも猫のように弄ぶだけ弄ぶのか。


少なくとも、腕の一本や二本は覚悟しておいた方が良いかもしれない。


しかし、赤毛の獣人が覚悟を決める前に…


「ぐ、ふ…ッ」


鳩尾に突かれた痛みが走る。


それが男に殴られたのだと気付くのに頭の理解が遅れてしまった。


酒場で飲んでいた酒とつまみが胃液やら何やらと一緒になって逆流する。



「あ…、がッ」


見ていられない。


若者が男達へ近付こうと歩を進めると…


【ミュイッ】


一匹の小さな魔獣が若者の足元をするりと通り抜け…若者が向かわんとする路地裏へと走って行った。


小猿のような体つきにキツネのような大きな耳。柔らかな長い毛に覆われた二つの尾。

そして額に輝く石。

 薄い金の体毛はピョコピョコと動く度に日の光を反射してキラキラと輝いていた。

 確か変身能力を持つ魔獣だった筈…と思わず目で魔獣を追うと背後から誰かが駆けてくる足音が聞こえた。


「待って…待ってよメルディーッ」


チリンッと微かな鈴の音を鳴らし、先程の獣を追いかけ若者の横を少女が通る。


 どこかの位が高い娘なのだろう。少女の青銀髪の長い髪は綺麗に結い上げられており、走りにくそうな質の良い装束に身を包んでいた。


魔獣を追いかけるのに夢中で、少女の目には男達の姿が入っていなかったのだろう。


少女は2発目を繰りだそうとする男に勢いよくぶつかった。

あまりにも勢いが良く、男が倒れた為「衝突した」や「タックルを繰り出した」の方が正しいのかもしれないが。


少女が尻餅を付いていた為やはり「ぶつかった」のかもしれない。


「…いってぇー…何なんだよお前は!!」


「良かった~…もぅ、勝手に走っちゃ…めっだよぉ?」


男の声を無視し、小さな魔獣を捕まえると少女は魔獣の鼻をツン、と人差し指ではじき、首を傾げた。


「ようようよ~う、嬢ちゃんよう~」


三流役者の演じる悪役のような口調で男は少女の腕を乱暴に掴み上げると、少女の姿を舐めるように見つめた。


何かを察知したのか少女のペットは少女の胸元へと入り、隠れてしまう。


その胸元の豊かさが羨ましいと思ってしまうのは若者の胸元が寂しいとか、虚しいからだという理由では無いはずだ。



多分。




若者の感じる虚しさとは反対に、少女を吟味していた男は自分の考えに酔いしれていた。

珍しい青銀髪の髪をしているうえに瞳は薄紫と金色だ。市場に連れて行けばそれなりに高く売れるかもしれない。


「何ですかぁ?」


驚いたように目を見開く少女に男は再び口を開く。


「人にぶつかったら言うべき言葉があるだろう?」


「人、ですかぁ…?私には弱者を虐める虫けらの姿しか見えな…むぐッ」


「今、何て、言ったんだ?」


男は少女の口を大きな手で押さえ掴むとググ…ッと力を込めて宙吊りにした。

そして、ゆっくりと言葉を確かめるように口を開く。

対する少女は呼吸器官を塞がれ「んー、んーッ」と苦しそうにもがく他に術が無かった。


虚しさを一蹴すると若者は気配を消し、少女を捕らえた男の背後に回る。


こちらにはまだ気が付いていないようだ。



脇腹に肘を入れ、鞘を足に絡め転倒させる。




「ぅぐッ」


呻き声を上げて男は地面に伏した。


男の背に足を乗せ、すかさず腰の鞘からレイピアを抜く。


「動くな!」


男は首筋に冷やりとした冷たい切っ先を感じた。


若者は翡翠色の瞳で残された取り巻きの男達を睨み付ける。

その流れるような動きを見ていた男達は慌てて逃げ出そうとするものの……



「ミリエル様に触れた狼藉者を捕らえよ!!」


路地の出口には腕に覚えのありそうな男達が細剣を構えており、先頭に立つ男は眉間に皺を寄せ、若者と獣人の男を睨み付けた。



「ミリエル…?」


「ミリエル=ザ=オーバロイド=リィリア様…先詠みの巫女姫様だ…まさか…まさかこんな所でお目にかかれるなんて…」


いつの間にか、気を失っていた少女……ミリエルを神でも崇めるかのように、獣人の男は両手を合わせ、祈った。

 どうやら最初に感じた位の高い娘。という見解は間違っていないようだった。


「…ミリエル=ザ=何とかって人は…その…偉い人か何かなの?」


若者の言葉にミリエルの護衛と思われる男は剣を若者へ向け、口を開く。


「女、口を慎め。我が巫女姫の名は貴様の様な女が軽々しく口に出来る名では無いわ」


深い紫の髪に静かな炎を連想させるような赤い瞳の男は言葉同様冷たい視線を女に向けた。

 護衛兵士達の先頭で指示を出していた事から兵長辺りの者なのだろうか。

 明らかな上から目線に若者の眉間に皺が寄る。

「…そりゃ、失礼しましたね」

そう女は吐き捨てるように呟くと背を向け立ち上がり、その場を後にした。


護衛の男はごくごく当たり前の行動をしているのかもしれないのだが、その口調は癪に触る。


だが、食ってかかっては面倒な事に巻き込まれるかもしれない。

若者は釈然としない気持ちを深い溜め息で押し流すと路地裏を後にしようと歩を進めた。


「待ってくれよ!」



路地裏を抜け、人の流れの多い市場に一歩踏み出すか否かの所、先程の獣人の男が声をかけてきた。


「アンタは…」


「俺の名はラルゴ。さっきは助けてくれてありがとうな」


ラルゴと名乗った男は人懐こい犬の様に微笑む。

ふさふさとした尻尾がぶんぶんと勢いよく振られており、不思議と笑みがこぼれてしまう。

動物は人の荒んだ心を癒すだったかなんだったか聞いた事はあるが、間違ってはいないみたいだ。


「私はリディア。何か用?」

 リディアと名乗った若者は首を傾げるとラルゴは照れたように笑い、口を開いた。


「いや、あの…さ、もしよかったら…そこの酒場で飲まないか?さっきの礼もしたいしさ」


「何?新手のナン…」


「パじゃねぇから安心しろよ。つかこんな状況で女誘う奴がいたら見てみてぇ」


「確かにそうよね」


 思わずクスッとリディアに笑みが浮かぶのを見て再びラルゴは口を開く。


「俺は単に礼がしたいんだよ。な?良いだろ?」


「まぁ、お礼って言うんなら……遠慮するのも失礼よね」


ラルゴの誘いにリディアは頷くと案内された酒場へと足を踏み入れた。



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