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09 平騎士エルネストの衝撃

 エルネスト・トッドはアルヴェン王国第一騎士団に所属する騎士だ。


 騎士とは言ってもエルネストはいわゆる平騎士と言われる平民出身の人間であり、貴族というわけではない。


 一般人が騎士と言われて思い浮かべるのは、板金鎧に全身を包んだ騎馬にまたがる姿だろう。

 そういった騎士は貴族出身の正騎士だ。


 平騎士は正騎士の手足となる存在で、他の国では普通に兵士と呼ばれるような立場だ。

 平騎士の鎧は正騎士のそれは違い、胴と肘膝の先だけを守る鎧だ。


 第一騎士団というのは王都アルヴェント周辺を管轄としてる騎士団という意味しかなく。王国各地を管轄している騎士団は第8まである。それらに所属している騎士の多くが平騎士だ。

 

 多くの正騎士が所属しているのは、王家直轄の近衛騎士団だ。


 第一騎士団の仕事は一言で言えば、王都並びに周辺の治安維持だが、その実態は多岐に渡る。


 泥棒をとっ捕まえることから迷子の親探し、酔っぱらい同士の喧嘩の仲裁。殺人事件が起こったならばその捜査。街中で逃亡した家畜の捕獲。

 周辺でモンスターが出たとなれば隊を率いて討伐におもむき。王都市壁の門の警備も重要な仕事だ。

 王都とその周辺で起きたトラブルを、とりあえず、何とかしてくれと持ち込まれるのが第一騎士団といってもいい。


 エルネストは一年前に騎士学校を卒業して、第一騎士団に所属することになった十八歳の新人だ。人数も多いが管轄は広く、仕事も多いため様々な仕事が第一騎士団には存在している。新人騎士たちはいくつもの部署に回され、それぞれの適正に合った部署に所属することになる。

 

 その日、エルネストは王都の南東門の警備についていた。


 王都アルヴェントの市壁には7つの門がある。その中で南東門はもっとも人通りの少ない門だ。理由としては門が他より小さく、隣街に行くには遠回りになる。また、街の中の市場や商店街などから離れているため、かなり不便な位置だからだ。もっとも不便なりに使う者もいる。


 エルネストはここの門番の仕事はすでに二十日以上続けていたので、そろそろ別の部署に回されるのかなと思っていた。


 門番の仕事は単純だ。朝、夜も明けきらぬ時刻に閉じられている巨大な門を開く。すると門の前で待っていた人々が出入りを行う。街から出るものが先という決まりがあるので、人々の流れがぶつかる事は無いが、時に渋滞が起きたりもする。それらの対処も門番の仕事だ。

 その時刻に王都から出て行く者の多くは商人だ。商品を満載した馬車で日のあるうちに次の街にたどり着こうと、朝一番に王都を発つ。

 反対に入ってくる者の多くが周辺に住まう農民たちだ。収獲したばかりの作物を馬車に載せて市場へと向かう。

 

 門番の主な仕事は指名手配犯と、違法な品物を運んでいないかの確認だ。


 日が落ちるまで確認作業が続き、日が落ちると同時に門は閉じられる。この時点で昼番の仕事は終わりだ。交代の夜番の者たちに引き継ぎを行うことで、正式に一日の仕事が終了する。


 夜番の仕事は昼とは一転して、王都の出入りを禁ずる事だ。モンスターが夜陰に乗じて街の中に入らないようにするためだ。

 門が閉じて以降に外から街に辿り着いた者がいたとしても、基本中に門を通す事はない。朝まで待ってもらうことになる。もっとも門のすぐそばで待つ事を咎めることはないし、近くの農村に宿があるためそちらを利用することになるだろう。

 

 夜番の者たちは寝ずの番を続ける。そして朝が来ると、昼番の者たちと交代し、彼らの一日の仕事が終わるのだ。


 朝も明けきらぬ時刻、エルネストはあくびを噛み殺しながら門が開くのを待っていた。夜番の者たちと交代し、これから一日の仕事が始まるのだ。


「しゃんとしろ! 俺たちは王都の顔とも言える存在なんだからな!」

「あ、すいません副隊長」

 

 隣の同じく開門を待つ副隊長に頭を引っぱたかれ、エルネストは謝る。周囲には二個小隊、計16人の騎士が居る。彼らにからかいの視線を向かられエルネストは気まずい思いをする。

 これから第一小隊が門の外に、もう一つの第二小隊は門の内側に配置して、門を通過する人々の誘導と確認を行うのだ。

 エルネストは門の外の第一小隊所属だ。


 門が開くと、多くの農民たちが荷馬車と共に待っていた姿が見えた。その向こうには朝焼けに染まる畑が広がっているのが見える。


「綺麗なモンだな……」


「さて! 今日も気合を入れてやるぞ!」


 エルネストのつぶやきは、小隊長の訓示の声にかき消される。慌てて返事をして、槍を担いで定位置についた。


 何か劇的な事が起きるワケでもない。いつも通り商人達が馬車で街の中から出てくる。彼らが一段落したら、次は門の外で待ってた者たちの番だ。彼らの荷物の確認も大したことは無い。いつも通りの馬車に載せられた作物に家畜だ。二十日も門番を続けていたら、ちらほらと見慣れた顔もできる。


「今日も一日頑張らないとな」


 口元を手で隠しあくびを見られぬようにする。昨夜の酒が結構効いてる。副隊長は自分以上に飲んでいたはずなのに、なんであんなに元気なのかと疑問にも思う。今日くらいは酒は控えておこうかと昨日も考えた事を思う。


 門から出る商人達はそろそろ一段落するなと思った時だった。

 

 突然、爆発音が周囲に響いた。


「なっ!?」


 周囲は騒然とし、エルネストは音のした方を振り返る。20メートルほど離れた場所に煙が漂っている。

 そこには誰も居なかったはずだ。けれど、いまは六つの小さな人影があった。


「ギャギャギャギャッハ!!」


 子供程度の身長しか無いのに、腕が異様に長い。猫背のくせに異様に膨らんだ腹が突き出ている。肌の色は緑色で額には角が生え、乱杭歯は尖り牙になっている。笑い声とも鳴き声とも取れないサビを擦り合わせるような雄叫びを上げた。


「モンスター!?」

「ゴブリン!? なんでこんなところに!?」


 周囲の人々が悲鳴を上げる。エルネストも驚きに動きが固まっていた。

 なぜ、王都の門のすぐ隣でモンスターが現れたのかと。ついさっきまでは居なかったはずだ。

 

 一番近くに居たエルネストにゴブリン達が襲いかかる。


「くそ!」


 考えてる暇などない。粗末な小剣を振りかざすゴブリンを槍で突き刺す。騎士学校で叩きこまれた動きが自然にできた。


「ガァ……!」


 黒い血を吐き出し、ゴブリンは倒れる。しかし一匹だけじゃない。


「エル坊!」


 隣にいた先輩騎士が駆け寄り、一匹を刺し殺す。


 残りは四匹。槍を引き抜き、牽制の為に大きく振るう。先輩騎士も牽制を行う。

 あと数秒の時が稼げれば、他の騎士たちが駆けつけてくれる。


 しかし、間に合わない。


 四匹のゴブリンが同時に、エルネストと先輩騎士に襲いかかる。

 一匹づつ倒せたところで、もう一匹の剣が襲うだろう。

 二人に二匹同時に対処するほどの腕はなかった。


「うわああああああっ!」


 エルネストは叫び、槍を振るう。

 だが一匹にもかすることなく空振った。


 なぜなら、四匹のゴブリンは騎士たちの槍の間合いに入る前に。上空から降ってきた光る槍によって、地面に串刺しにされていたからだ。


「え……?」


 エルネストは戸惑う。その戸惑いは彼一人だけでは無く、周囲の人々全員が共有していた。


 光の槍は空気に溶ける様に消えると、支えをなくしたゴブリンの死体は地面に倒れる。あっけにとられ、人々はその様子を見ていた。


 バサリ……。と翼の鳴る音が上空から聞こえた。


 見上げて、彼らは再び、ほおけた様に動きを止めた。


 そこには全身から光を放つ、美しい少女が空に浮かんでいた。

 白く輝く服に身を包み、背中には大きな白い鳥の翼が付いている。その翼をゆっくりと羽ばたかせながら空に浮いている。


「て、天使さま……?」


 エルネストのそのつぶやきを耳にしたのか、その天使は振り返る。


 彼を見ると、美しい顔の天使は慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「な……!」


 エルネストは絶句する。


 天使は彼の様子を気にすること無く。煙の漂っていた場所を指さす。


 そこは穴が開いており、ちょうどそこから新たなゴブリンが這い出て来た所だ。


「まさがダンジョン!?」

「第一小隊は前に出ろ! ゴブリンどもを倒す! 一人で対応するなよ! 第二小隊は人々を街の中に入れろ!」


 隊長の命令に一メートルもない穴から這い出たゴブリンは、複数の騎士の槍に速やかに倒される。出てきたゴブリンは二匹だけだった。


「このまま、警戒を続けろ! 穴からモンスターが出たらすぐに言えよ」

 

 隊長は命じて周囲を見回す。先の倒されたゴブリンの死体は全て消えていた。

 モンスターが死ぬと空気に溶けるのは常識だから不思議なことではない。

 だが、ゴブリンの死体があった場所の周辺には、何本もの短杖が転がっている。

 

 地面に降り立った天使がその短杖の一つを拾い上げる。そして、ボウッとしたまま天使を見つめているエルネストに差し出す。


「あ、あの……」


 彼がオズオズと受け取る。


 天使はもう一度微笑むと、翼を羽ばたかせ空を舞う。ある程度の高さまで飛ぶと、天使は光の残滓を残して姿を消した。


 エルネストは天使の消えた空をぼけっと見つめていた。


「おい! エル坊! なんで命令通り動かなかった!? 怪我でもしたのか!?」

「え? あ、隊長? み、見てくださいよ! 天使さまが俺にくれたんですよ?! うへへへ」


 だらしない笑顔に崩れるエルネストに、隊長は苦虫を噛み潰したような顔した。

 隊長は彼の頭に拳骨を落とす。


「イタッ!」

「このっ、ドアホ! とっとと、目を覚ませ! 再訓練は覚悟しておけよ!」


 エルネスト・トッド、十八歳。その日、生まれて初めて初恋というものを知った。


 

 

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