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08 計画

 処刑があった日以降。俺はふと、思う事があった。

 

 なぜ人間達はこれ程楽しげなのだろうか、と言う事をだ。

 足元に何時爆発するかわからない爆弾があるというのに。

 知らぬ事だから仕方ないが、それでも腹立たしく思う。

 これが人間達に引きずられる事か、とも考える。


 いや、ダメだ。考えが悪い方向に向かっている。

 

 それもこれも、前任者から引き継いだダンジョンの情報を見ているせいだ。増え続けるベヒーモスの数に、毛の先ほども減らないマナ。


「はあ、どうにもならないな……」


 ため息を漏らし、イスの背もたれに大きく寄りかかった。

 ここはアパートの103号室だ。テーブルの向かいにはリーチェが座っている。

 彼女も俺と同様に情報ウインドウを開き操作していた。彼女がやっているのは、現在のマナ分布と、どこのマナと消失させればもっとも効果的かのシミュレーションだ。

 

 リーチェは大きく伸びをする俺にあきれた視線を向けてくる。


「ユウさん。私達のお仕事は長期間にわたって続くんです。

 慌てた所で仕方ないですよ?」

「それはわかってるんだかな……」

「王都に作ったダンジョンのおかげでオドの回収は実に順調です。

 特に問題らしい問題も起きていませんから、これからはオド回収に関してはこの方式のダンジョンが一般的になると思いますけどね」

「それは喜ばしいことだがな……」


 全世界の都市部でオドを回収できたとしても、根本解決にはならないだろう。そのことは口には出さずにおく。

 リーチェは困ったかのような笑顔を浮かべる。


「それ以上の事は神さまに丸投げするしかありませんよ。そもそもこんな欠陥世界を作った神さまが悪いんですから」

 

 リーチェが神さまを罵倒するのは、どうにもならない事への怒りのハケ口なのだろう。たしなめる気も起きない。


 俺も神さまを罵倒することによって、気分を変える事ができればいいのだが、そんな事をしても意味が無いとわかってしまうので意味が無い。

 どうしても何とかできないか、という考えに向かってしまう。


 そんな俺の考えを、すでに把握しているようで、リーチェは心配そうな表情でこちらを見てくる。


 そんな彼女に気にするなと無理な事も言えず、俺は再び目の前に広がる情報ウインドウへと視線を戻した。


 この世界の問題点は大量に存在するマナ。そして、それを消すためのオドがあまりに少ない事だ。生き物から回収できるオドはごくわずかで、回収できなかったオドはマナへと変化してしまう。


 俺が作っている王都のダンジョンのように、全世界を、オドを回収するダンジョンにしてしまえばマナの増加が止まるのだろう。

 だが、世界は広い。とてもダンジョンにするだけのコストは支払えない。


 俺のダンジョンは今、王都の三分一ほどを覆っている。人口密度の高い場所を優先したために、王都に在住する人間の半数以上が放出するオドを回収できているだろう。これからはダンジョン領域を広げた所で効率は徐々に下がっていくということだ。

 その前に別の街で同様のダンジョンを作った方が効率がいいかもしれない。

 ダンジョン・コアの設置のコストと相談しなければならないだろう。


「そもそもだ!」

 苛立ちのあまり、強い口調で愚痴をこぼす。

「何で人間達がまき散らしたゴミであるマナを、俺たちが必死こいて何とかしなきゃならないんだ?!」


「それは、そのために私達が作られたからですよ」


 実に正論だ。前には同じような事を俺が言ったような気がする。


「それはそうだが。普通自分の出したゴミは自分でなんとかしろって親に言われるものだろう?」

「私達の親は神さまですよ。それで、その神さまは人間たちの出したマナを何とかしろって、私達を作ったんです」

「くそ! 典型的な長男だけを可愛がるダメ親じゃないか」

「たしかにそうですねー。人間も神さまの子供ですし」

「人間たちが自分で出したゴミを何とかすれば、俺達の仕事も楽になるだろうに……」

「無理ですよ。人間たちにマナをどうにかできるなら私達は居ませんし。そもそも、人間たちにマナの危険性を教える事なんてできません。欲望のままにマナ災害を利用しようとする者が出てくるだけです」


「それはわかってるんだが……」


 俺は唸り、ふと、思いついた。


「ん? 人間たちはマナをどうにかできない? おかしくないか? この世界の人間たちの中には魔法を使う者もいるんだろう? マナを使用した魔法もあったはずだ」

 

「確かに人間たちの魔法にはマナを使うものもあります。そしてわずかながらにも、マナを消失もさせてます。けど消失するマナの量は私達天使が消すマナの量に比べたら誤差にしかなりません。

 一人の天使がほんの少し気合を入れて十分位作業するだけで、全人類が一年間に消失させるマナの量を超えますし。

 その程度の量で、人間たちがマナをどうにかできるなんて言いたくありません」


「ふむ。つまり、ごくわずかな量ではあるが人間たちもマナを消失させる事ができるワケだ」

「ユウさん?」


 つぶやき、俺は巨大データベースへアクセスする。調べるのは人間たちが使っている魔法の術式だ。とくにそれぞれの魔法が使用されると、どれほどマナが消失するかを詳しく調べる。


「ユウさん。意味ないと思いますよ? いくら魔法の術式をマナの消失に対して効率良くして、人間たちに教えたところで、だれもその魔法は使いませんよ?


 人間の魔法使いたちは、マナを消失させる事は嫌がりますから。必死になってマナを消失させるような術式を削っていってます。

 魔法使いたちにとって、強い力を有したマナは重要なエネルギー源扱いです。それを無駄にするだけの、効率の悪い術式は淘汰されるのは当然の事です。


 マナを消失させるような術式を進化させてくれれば、私達も楽になったんですけどねー」


 ボヤくリーチェだが、少し勘違いをしている。


「人間の魔法使いに教えるつもりは無いさ」

「はい? じゃあ、魔法の術式なんて調べてどうするんですか?」

「まだ、ただの思いつきの段階だからな。なんとも言えないが……。

 少なくとも人間たちは責任の一端は取るべきだろうよ」


 

 俺の考えた事は単純だ。ただ、人間達が出したマナを人間達自信の手で処分させる事だ。

 少なくとも、人間たちにはマナを消去できる能力がある。それが魔法使いというごく限られた数で、かつ効率の悪い術式と言う事で淘汰されていっているとしてもだ。


 人間たちもこの世界に生きる以上。この世界に対して責任を負うべきだ。責任を負う能力が足らないと言うのであれば、能力を底上げさせてやるまでだ。


 巨大データベースで魔法の術式を調べれば調べるほど、できるんじゃないかと確信が強くなる。


 参考にするのは現在の術式ではなく、古い時代の術式だ。前者はマナを増やすだけの欠陥術式だ。なぜ改悪を続けたのかと怒りを覚えつつも、人間にとってはそれが改善だったのだと諦めるしかない。

 古い術式の中でもマナに干渉しない術式は、マナ消失をしない。だが、それ以外のオドを使用してマナに干渉する術式では多くのマナが消失していた。

 

 使用する術式にある程度の目星をつける、と別の情報の検索を始める。その情報に関してはすぐに目的に叶う品物の情報を見つける事ができた。


 思わず口元が釣り上がる。


「いけるかもしれない」

「ユウさん? 一体なにをするつもりなんですか?」


「リーチェは知ってるか? 魔法の無い俺の元居た世界。地球で何で文明が大きく発展したか?」

「え? えーと……産業革命ですか?」


「そう!

 産業革命では機械の力が大きく影響した。人間のできない事を機械に肩代わりさせることで、大量生産を実現した。人間の力だけでは大量生産なんて不可能な事だったからな!」

「はあ……」


 リーチェは俺が何を言ってるのかわから無いのだろう。安心しろ、すぐに教える。


「つまりだ! 人間の力だけでは不可能ならば、人間に機械を与えて不可能を可能とすればいい!」

「はあ?」


「人間にはマナを消失させる事はできない? できたとしてもごくわずかな量に過ぎない?

 なら、大量消失ができるような機械を与えればいい。


 人間たちにはマナの危険性を教える事はできない?

 なら教えずにマナを消すように仕向ければいい。

 

 人間の魔法使いはマナ消失をするような術式の魔法は使わない?

 なら、魔法使いじゃない人間たちに、その術式を使わせればいいだけの話だ。


 そうだろう!?」


 勢い込んでリーチェに同意を求める。リーチェはドン引きだ。


「ど、どこにそんなマナを消すような機械があるんですか?」

「今はない」

「じゃあ机上の空論じゃないですか」

「無いなら作ればいいだけの話だ」

「どうやってですか?」

 

 リーチェはジト目でこちらを見てくる。どうやら信じられないようだ。が、俺は自信満々に答える。


「決まってる。宝物作成スキルを使うんだ」

「……はい?」


 リーチェは目をぱちくりとさせる。


「それって、ダンジョンの奥に置く、お馬鹿な冒険者をおびき寄せるための、釣りエサを作るためのスキルですよね?」

「その通り。ダンジョン・マスタースキルの一つだな」

「金細工とか、宝石のカットとかに使うやつでしょう? そんな機械なんて作れるんですか?」

「作れる」


 断言する。柔らかい金属だけではなく、硬い鋼鉄でさえ芸術的な細工にできる。機械式時計も細工物の分野に収まり、一瞬で作ることのできる地球文明に喧嘩を売っているとしか思えないスキルだ。

 

 釣りエサ目的の云々はともかく、宝物作成スキルは一攫千金を狙う冒険者たちが求める物を作りあげる。

 そのため、作る事ができるのは人間社会にとって価値が高い物が多く含まれる。

 価値の高い物の中には、魔道具と呼ばれる物がある。


 魔道具は名前の通り魔法の道具だ。みすぼらしい外見の道具でも、魔道具ならばその価値は跳ね上がる。


 そして、ダンジョン・マスタースキルというのは意外と融通が利く。地形変形を全く行わずにダンジョンが作れたように。新たな機能を目的とした魔道具が作れない道理がない。


「え、けど試したことは無いんでしょう? なら……」

「ならちょっと試してみるか。【ダンジョン・マスタースキル。宝物作成スキル起動】」

 

 目の前に新たな情報ウインドウが開く。どのような宝物を作るかの設定画面だ。

 まず魔道具のカテゴリを選び、形状の設定を求められる。

 

「試作だし適当でいいか」


 短杖を選び、材料は一般的な石と宝石にもならない色石。

 この材料は前任者のダンジョン作成時に出た残土の一部だ。宝物作成スキルの材料はインベントリ内から求められる。


 これらは受け継いだ際にコアから俺のインベントリに移された。その中にはただの土砂や石だけではない。宝石の原石や、各種金属類の鉱物が大量に混ざっている。インベントリの整理機能を使えば、一瞬で製錬並びに精錬も可能となる。

 それはともかく、今は魔道具の制作だ。


 魔道具の術式としては、巨大データベースに存在していた。使用者のオド吸い出す術式。空気中のマナを吸収する術式。効率よくオドとマナを混ぜてマナを消滅させる術式。ついでにマナを少量に使って光を放つ術式を適当に組み合わせる。

 

 特に問題も発生せずに、組み上がる。

 

「【宝物作成スキル実行】」

 

 その言葉と共に、設計図だけの存在が俺の手の上に現れた。


 持ち手部分が白っぽい石、先端の宝玉部が半透明の白く濁った石でできたシンプルな短杖だ。


 早速使ってみると、宝玉は淡い光を放った。だが、光る機能はただのおまけだ。この魔道具の最も重要な機能はしっかりと稼働している。


「よし、我が設計に狂いなし。リーチェも使ってみるか?」

 

 ぽかんと口を開けて、魔道具を見つめているリーチェに差し出す。彼女はおずおずと受け取る。


「使い方は簡単、宝玉近くにつけた印を指で押すだけだ」


「ウソ……。本当に消えてる。こんなんでマナが消せるの?」

 

 短杖はリーチェから吸収したオドを使い、周囲のマナを消失させていた。


「言っておくが、天使達がマナを消す時に比べたらはるかに効率が悪いぞ。それにマナを消す術式は昔の魔法使いが使ってた奴だ。あっという間に廃れたらしいが」

「廃れなかったら私の仕事も楽になったんでしょうか……?」


 つぶやき、リーチェは短杖をテーブルに置く。彼女はあまり気に入らなったようだ。しかし、天使の彼女に使わせる物じゃないので問題ではない。


「よし、これから忙しくなるぞ。この魔道具を大量に作ってばらまいて、人間たちに使わせればその分だけマナが減る」

 

 魔道具が作る時に使うのも、ダンジョン制作時の残土と周辺マナだけだ。そのマナは魔導具が破壊されてしまえば、また周囲に解放されてしまうが、その量は微々たるものだ。


「せめて人間たちが作ったマナの分位は、人間たちに始末させないとな」

「人間たちが作ったマナって。どれだけの量が有ると思ってるですか……」


 あきれた様子のリーチェだが、俺はばら撒くための魔道具の設計に忙しい。


「人間たちにばら撒くってことですけど。どうやってばら撒くんですか?」

「そんなのは適当でいいだろう。便利な代物にするつもりだし、勝手に使ってくれる」

「ひょっとして何も考えてないんですか?!」

「そんな事は無い。この光の短杖。まあ、名前は懐中電灯でいいか。一つの家庭に一つ、転移スキルを使って、テーブルの上に置いておけば勝手に使ってくれるだろう?」


 なにせこの世界の夜は暗い。わずかなオドの消費だけで明かりを手に入れられるなら、こぞって使ってくれる事だろう。

 ダンジョン領域内の物品の取り寄せと配置は、ダンジョン・マスターの基本スキルの一つだ。ダンジョン領域で覆ったこの王都ならば、あらゆる物品を手元に取り寄せる事ができるし、逆に配置も可能だ。


「ユウさん! なにアホな事言ってるんですかっ?!」

「ん? ダメか?」

「ダメに決まってます! 高価な魔道具が突然自分の家の中に現れる、なんて不可思議現象が起こりまくったら、騎士団が調査に出てきて騒ぎになります。それにそんなあやしげな方法で現れた魔道具なんて、普通の人は使いませんよ!」

「そんなにあやしいか?」

「あやしいに決まってます」

 

 リーチェは断言する。ふむ、そう言われるとそんな気がしないでもない。


 ……いや、確かにあやしいな。


「じゃあどうやってばら撒けばいいだろうか?」

「普通に店に売りさばけばいいと思いますけど?」

「それをしたら確実に国に目をつけられる。今適当に作ったこの魔道具でも、この世界では珍しい機能のついた高価なものだぞ?

 大量に卸したら、店から足取りを追われて、俺にたどり着く可能性がある」


 ダンジョンの安全確保の為にそんな事は許容できない。一応考えた上で考案した、転移スキルを使ったばら撒きだったのだが。


「あー。それもそうですね。それはダメですねー」

「ふむ、どうするべきか……」


 二人はそろって首をひねる。


「いっその事、道ばたに置いておくっていうのはどうでしょう? 通りがかった人が勝手に置き引きしますよ?」

「いやそれはダメだろう。後ろ暗いから表立って使う事が無い。だから、多くの人間が使うようにはならない。

 家の中に置いておくのと変わらずにあやしいから、騎士団が出てくるぞ?

 

 それに、できる限り安定的に長期にわたってばら撒きたい。

 ごく少量の高価な物じゃなくて、大量に存在する誰もが当たり前に使っている物にしたいんだ。

 そうじゃなきゃ、この大量のマナを人間たちがどうこうできるはずがない」


「うーん。人間たちにマナを何とかさせるって考えは賛成です。ごく当たり前に全ての人間がマナを消すようになれば、この世界も何とかなるかもしれません。


 けれど魔道具をばら撒いたら、どっちみち騎士団が出てくるじゃないですか」


「たしかに騎士団さえなんとかなればな……」

「ダンジョン・マスターにとって騎士団はいつも邪魔になるものですからねぇ……」


 いつも邪魔? ああ、街の近くにダンジョンを作ると騎士団に入り口を潰されるとかいうあれか。

 ん?


「なあリーチェ。街の近くにダンジョンができると騎士団が入り口を潰すって言ってたが、それは入り口から出たモンスターを騎士団が全部倒してから入り口をふさぐのか?」

「? そうでしょうね。そうじゃなきゃ作業の邪魔になりますし」

「ならこんな計画はどうだろうか?」


 邪魔な存在が排除できないなら、利用すればいい。

 その後、俺がリーチェに説明した計画は、議論の後に一部を修正されて実行される運びとなった。


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