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07 哀れなモノ

 それから数日がたった。


 拠点としたアパートの103号室にはイスとテーブル、ベッドなどの家具がそろえられ、人の住む部屋へと変わっていた。

 だが、それらを購入したのも近所の人間たちへ対するカモフラージュにすぎない。

 家具屋の人間達に運び込ませるときに、田舎からやってきた人間だという自然なアピールを忘れずに行った。


 一番使用頻度の高い家具はテーブルと二脚のイスだ。逆に、眠る必要も無い俺たちにとって、ベッドはただの飾りだ。


 家具類を部屋に運ばぜ、生活環境を整えてからの俺の行動は、表向きの非常に規則正しい代物だ。

 朝、決まった時間に部屋を出る。その際に顔を合わせる人間たちと挨拶を交わし、アパート離れる。そして、夕方にアパートへと戻る。当然、顔を合わせた者たちとの挨拶は忘れない。

 近所の人間達はここから離れた場所にある職場に通ってると思っているはずだ。


 実際のところ間違いではない。ただし、その職場は街中にあるわけではない。

 俺の職場は、歩いてたどり着く事などできない。アルヴェン王国内、及びに周辺国家各地にあるダンジョンのダンジョン・コアルームだ。


 出勤時には街を歩き、周囲の視線が無くなった瞬間に瞬間移動スキルでダンジョン・コアルームへと移動する。

 帰りも瞬間移動だが、ひと目のない場所を巨大データベースで確認してから移動し、それから歩いてアパートへと戻っている。



 俺がダンジョンに足を運んでいたのは、前任者のダンジョンの確認と休止状態の解除が目的だ。


 三十八個のダンジョンは細部に違いはあれど、ほぼ同じ構造だった。目的に合わせ、性質の異なる空間が2つに分けられている。

 地下一階から最大地下三階まである上層部と、それ以下の階層にある下層部だ。


 上層部がこの世界の人間たちに一般的に知られているダンジョンの姿だろう。地上に入り口を開けた洞窟や地下通路の内部に多数のモンスターが蠢く。そして最深部には財宝が存在している。

 上層部はなんの問題も無いのだ。モンスターも人間たちにとって一般的な強さと多さだ。確認する前から極普通に稼働していた。


 問題なのは下層部だ。上層部から百メートルは地下から始まり、階層数は三桁が基本、一部のダンジョンは四桁に届いている。

 上層部との接続はネズミが一匹通れるかという穴が複数あるだけで、とても人間が立ち入ることは出来ない。


 下層部の役割はベヒーモスの保管庫だ。上層部とは違って迷路にはなっておらず、通路の両脇に整然と大穴が並んでいる。

 その穴の一つ一つに一匹づつのベヒーモスが隔離され、冬眠状態で保管されている。もし、ベヒーモスが目を覚ましたとしても穴からは出られない。穴の出入口には直径二メートルはあろうかという鉄の棒で作られた柵が設置されている。


 無数の大穴が並ぶ通路が、無数に並び、それを直角に貫く通路が一本ある。それが下層部を構成する一つの階層の構造だ。


 俺は一度、大穴が並ぶ通路を歩いてみた。


 ベヒーモスが通れるほどの広さの通路は闇に包まれていた。ダンジョン・マスターの体だからこそ見通すことのできる視力でも、果ては無いとも思える通路の先。左右には太い鉄格子越しにベヒーモスが窮屈そうに穴に収まり、寝息を立てているのが見えた。


 ベヒーモスの大きさは十メートルを超えているだろう。当然彼らの建てる寝息は重低音だ。無数の寝息が響き、まるで巨大な機械が遠くで駆動しているかの印象を受けた。


 その印象はあまり外れては居ないのだろう。なぜなら、これらのベヒーモスは、マナによって世界を滅ぼされないために作られた巨大な機械だ。

 求められてる機能は何もしないこと。起きていれば世界を滅ぼす存在となるが、生きて眠り続けていれば、その身を構成する膨大な量のマナを安全に保管できる。


 かわいそうな奴らだな。


 強大な力を有しているのもかかわらず、創造主にその力を振るう事を望まれなかった。そして、その引き継ぎをする俺からも望まれていない。創造主も俺も、彼らに望むことは唯一つ。力を振るう事無く、長い時間を無為に過ごし、マナを体内に保持し続ける事だけ。


 そんな哀れな存在を、俺は増やし続ける。


 休止状態になっていた、モンスターの自動生成装置を再稼働し、地下空間に渦巻くマナをベヒーモスへと変換固定していく様にコアの設定を変更する。

 同様にベヒーモスを閉じ込める大穴も増設設定を再稼働する。幸いにも、増築費用としてのオドは、コアに貯めこまれたいたため、王都のダンジョンからの持ち出しは無かった。


 前任者の作るダンジョン――というより、一般的なダンジョン全般についてだが、オドの収集量が少ないと感じたのはベヒーモスの保管庫を建造していたためだったのだろう。


 マナを増やし過ぎないようにベヒーモスを作り。それを安全に保管するためにオドを使い。結局マナを消す為のオドがギリギリの量しか確保出来ない。


 オドを大量に確保するには生物の大量虐殺しかない。けれど、この世界で最も多い生物は人間と、人間によって育てられている家畜だ。けれど、人間の大量虐殺を行えば信仰心を失った天使も死に至る。家畜をターゲットにした所で、家畜の存在があるからこそ、今の人間は数を維持しているのだ。行き着く先は天使の減少だ。今の天使の数でさえ、世界を保つためにはギリギリの人員なのだ。天使を減らすような真似は出来ない。


 本気で詰んでるな。この世界。


 この世界の現状は決定づけられている滅びを、天使とダンジョン・マスターたちが必死になって引き伸ばしてるだけだ。


 俺が神さまだったら、こんな世界さっさと放り出して別の世界を新しく作る。


 ここ数日はそんな思いを懐きながら、前任者のダンジョンの視察と再稼働に費やした。日中は出勤を装い、アパートに帰ってからも、瞬間移動で別のダンジョンへと足を運び続けた。

 

 リーチェは基本的に行動を共にしていた。ある意味憂鬱な作業に同行してくれたことがありがたかった。リーチェも思う所があったのだろう時折暗い表情を見せていたが、それは長くは続かなった。

 

 実にありがたい事だ。俺としても気の滅入る状態を続けたくはない。


 一方、俺が作ってるダンジョンの方は実に順調だった。

 やることは決まっているので、アパートに滞在していたわずかな時間で作業は済んだ。

 王都のダンジョン領域は、王都に存在している全ての肉屋を覆う事に成功したのだ。

 今、王都のアパートにあるダンジョン・コアには、家畜を屠殺する事で放出される多くのオドが、定期的に回収されている。


 今後は人通りの多い場所を優先してダンジョン領域を広げる。すでに人通りの最も多い、中央広場を中心とした大通りはダンジョン領域に設定済みだ。


 そして、今日。その中央広場にてイベントがあるらしい。


 大勢の人々が中央広場に詰めかけている。ただ、その顔に笑顔は少ない。

 どこか陰鬱さが混じった静かな興奮を露わにしている者が多く見られる。

 そんな者たちの感情とは無縁とばかりに、広場につながる大通りには、集まった人々相手の商売を行う露店が並んでいる。多くが軽食や、飲み物を売る店だ。

 人々が多く集まり過ぎて、広場は歩くこともままならなくなってきている。

 そんな場所を避けて、俺は一つの露店のすぐ隣に立ちながら、購入した惣菜パンをかじっていた。


 甘辛いソースで味付けした焼いた薄切り肉とレタスを、縦に切れ目を入れた細長いパンに挟んである。トッピングされたスライスオニオンがピリリとしたアクセントになっている。


「意外と美味しいモノですね。このパン」

「ああ、たしかにな、こんな時の露店にしちゃ結構美味い」


 俺の頭上に陣取るリーチェの言葉に頷く。露店の店主にも聞こえたようだが、客の対応の為になにも行ってこなかった。


 リーチェは夢中でパンを頬張っている。


「こぼすなよ」

「ふぁはってます」

 

 頭上にいると言ってもリーチェは姿を消して飛んでいるわけでは無い。

 部屋出る際には姿を見えなくしていたリーチェだが、パンを買おうとしたら私も食べますと言って、一般人に変装した上で隣に現れたのだ。

 そして、人混みが激しい為に自分の身長じゃあ見えないと主張し、俺に肩車をすることを要求した。

 嫌な顔をした俺に対して、彼女は問答無用とばかり俺の体をよじ登って、特等席を確保したのだ。

 無理やり下ろして、暴れられるもの面倒なので、俺は放置した。そもそも体重が軽いし、俺に備わった身体能力からすれば大した事じゃないのだ。そう自分に言い聞かせて、視線を広場へと視線を向ける。


 広場からはわずかな動揺が伝わってくる。どうやら今日の主役がやってきたらしい。


「にしても、皆さん、よくこんなイベントに集まりますねー」

 あっという間にパンを食べ終えたリーチェは呆れた様子でぼやく。


 俺は周囲に対する認識阻害の結界を張りながら、答える。俺とリーチェの会話は人間達に聞かれると違和感を覚えるものだからだ。


「この世界には娯楽が少ないからだろうな。一般人にとって娯楽と言ったら酒と賭け事と女ぐらいしか無いだろうな」

「相変わらす人間さんたちは欲望にまみれてますねー。それにしても単なる処刑がそんなに面白いんでしょうか?」


 広場の中央にしつらえた舞台。絞首台の上には主役となる者が左右から兵士に引きずりだされた所だ。

 集まった人々は、口々に罵声を浴びせる。ひどく興奮した空気だが、実力行使をする者はいないようだ。兵隊が警備に付いている以上そんな馬鹿な事をする者は少ないだろうけど。


「ただ単に普段はめったに見られない事だから、怖いもの見たさってこともあるだろうな」

「ふーん、そうですか。ワケわかりませんね。人なんていくらでも死んでるものでしょうに……」

 そのつぶやきに俺はふと、聞いてみたい事が浮かんだ。

「なあ、リーチェ一つ聞いていいか?」

「はい? 何ですかユウさん?」

「リーチェは天使だよな? 天使っていうのは、こういう、人が死ぬ事に対してどう思ってるんだ?」

「ふむ。そうですね……」


 リーチェは少し考えこむように言葉を途切らせる。

 舞台の上では、罪状が読み上げられている。罪人はどうやら元地方領主の代官だったらしい。罪状は税の横領。領地の民を苦しめ、王家への背信として処刑するそうだ。


「かわいそう、とは思います。けど、私にとって人間が死ぬことは、他の動物が死ぬことと大して変わりがありません。

 私は天使です。人間とは違います。だから人間が死んでも、心の底からかわいそうとは思えません。私達天使がその死を心から悼めるのは、同胞たる天界の者達だけでしょうね」


「なるほど、けど、天使は信仰心の問題があるだろう? だから人間は特別な存在なんじゃないか?」


「たしかに、私達天使は人間の信仰心によって形作られています。けど、それは、人間を救おうとする考えにはならないんです。

 ただ、私達天使に対して信仰心を向けてもらうために、その手段として人間を救っているだけなんです。


 そりゃ、人間達が大勢死んでしまったら天使もただじゃすみませんから、そういった事態は避けようと思いますけど……。

 そうですね。私達天使は人間たちが程よく繁栄してくれれば、それで満足です。


 だから程よく繁栄するのに害さない程度になら、人間達がいくら殺し合いをしようが気にしません。私個人としては面白い戦いになれば言うこと無しなんですがね」


「なるほどな」


 あ、リーチェの話を聞いてる間に、元代官が吊られた。しまった。メインイベントを見逃した。

 人々はぶら下がるそれに向けてまだ罵声を続けていたが、その興奮も長くは続かないだろう。


 リーチェが俺の顔を覗きこむように見る。そんな体勢だと転げ落ちそうだ。


「私としては、ユウさんが人が死ぬ事にどういうふうに思っているが気になる所なんですがね。

 ユウさんは今はダンジョン・マスターですが、元は普通の人間だったはずです。例え、この世界とは違う世界の出身だったとしてもです。

 

 ユウさんは人間が死ぬ事を、どういうふうに思っているんですか?」


 真剣な眼差しに、真面目に考えてみる。


「そうだな。とりあえず、あそこでぶら下がってる人間の死に対しては、人事、だな。

 俺には関係の無い人間、関係の無い出来事だ。

 ただ、俺はいずれ人間を殺す事があるだろうな。それが、俺が直接手にかけるか、それともダンジョンを介してかはわからないが……。

 多分、何も思わないんじゃないかな。


 あ、いや違う。多分怒りを覚えると思う」

「怒り?」

「ああ、多分おれはこの世界の人間の事を腹立たしく思ってる。こっちがこんなに苦労して、世界が滅びない様にしてるのに、人間達は何も知らずにのほほんとしてる。

 いや、人間達がマナ災害の事を知らないのはこっちの都合だってことは分かってる」

 

 マナ災害の原理を知れば人間達はいずれ、それを利用しかねないからだ。


「ただ上から目線の傲慢な感情だってことも分かってる。

 けど、生まれたにもかかわらず、力を振るう事も許されず、ただ冬眠するしかない奴らに比べたら……。

 人間達は好き勝手に振るまい、自由そのものだ。

 それが、結構腹が立つ。

 

 だから、人間達が死んでも、何も知らないまま幸せに死んだんだろうなって怒りを覚えるし。同時に、自由の対価が支払われたんだと思うだろうな」


「ユウさんは難しいことを考えてますね……」


 呆れた様子にリーチェはつぶやく。


「そんなつもり無いんだがな……」


 俺の考えはただの八つ当たりに近いものだろうに。


「そんなユウさんには一つ言っておきましょう。

 ユウさん。貴方はもう人間では無いんですよ? だから、人間たちの死にあまり特別な意味を見出さない方が良いです。

 でないと、ユウさんは人間たちに引きずられてしまいますよ?」

「引きずられるのはマズイのか?」

「ええ。心を病みます。

 私達は心身ともに頑丈ですけど、それでも心に傷が付かないわけではないんですから」

「……わかった。気をつける」


 真剣な眼差しに、俺は頷く。

 途端に満足そうな笑顔を浮かべるリーチェに、俺は少しほっとした。


「さて、もう帰りましょうか。メインイベントは終わった事ですし。ついでに、他にもいくつか露店によっていきましょう。せっかくですから!」

「強調しなくてもいいから、寄ってやる」

 

 苦笑しながら俺はリーチェを肩に乗っけたまま、彼女の示す露店へと向かっていった。


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