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05 リスク

「どうしました?」

「ワインを一本追加で頼む。あと食器も下げてほしい」


 やってきた店員に俺は頼む。店員がやってきたせいで問い詰める事ができなくなったリーチェは不満気な表情でこちらを見ている。


「分かりました。ワインには赤と白がございますが、どちらにします?」

「あー、じゃあ次は白で」

「すぐにお持ちします」

 

 ワインの代金を受け取った店員は食器を下げてゆく。この店は注文した時に支払う方式だ。


「昼間っからお酒を飲むんですか?」

 

 リーチェも飲んでいただろうに。そんな思いが視線から出たのか彼女は反論する。


「コレはご飯と一緒に飲んだものです。お酒を飲むためだけに頼んたんじゃありませんよ」

「まあ、俺達は酒には強いんだ。別にいいだろう? これから説明するのにも時間がかかりそうだしな。なにも注文もせずに、席を占領し続けるわけにもいかないだろう?」

「それはそうですけど……」


 そう言っている内に店員が、栓を抜いたワインを持ってきた。


「どうぞごゆっくり」


 離れる店員に、仕方ないとばかりにリーチェはため息を漏らす。認識阻害の結界を貼り直し、俺は彼女のカップにワインを注ぎ、自分のカップには手酌で注いだ。


「俺が勘違いしていたのは、この世界のダンジョンにおけるリスクとリターンの大きさだよ」

「リスクとリターン?」


「そう、この世界のダンジョンはハイリスクハイリターンだ。

 冒険者達は危険を承知でダンジョンに挑み、成功すれば財宝を手に入れることができる。失敗すれば確実な死が待ち構えている。

 それがこの世界の一般的なダンジョンだ。なにか間違ってるか?」

「いえ、合ってます。けどダンジョンってそいうものですよ?」

「俺はそれを勘違いしていたんだよ。

 それならリーチェが言ってた、近くにダンジョンができたら力のない村なら村を捨てるし街なら徹底的に出入り口を塞ぐって話にも納得できるんだ」

「どう勘違いしていたんです?」

「ダンジョンっていうのはもっとローリスクローリターンだと勘違いしていた」

「ローリスクローリターンですか? どんなふうに?」


 想像ができないのだろう、首を傾げている。俺はワインで唇を湿らせ答える。甘さの中に僅かな酸味が残るスッキリとした味だ。


「たとえばだ、食い詰めた男が粗末なこん棒を手にダンジョンに入る」

「普通のダンジョンならただのカモですね」

「ああ。だがそんな男でも浅い場所ならモンスターを倒す事ができる。そして、モンスターを倒した報酬として金品が手に入るとしたら? 金品の価値は数日食いつなげる程度でもいい。そして、そのまま引き返せば無事にダンジョンを出てくる事ができる。

 俺が考えていたダンジョンっていうのは、そんなローリスクローリターンなダンジョンだったんだ」


 俺が答えるとリーチェはまゆをひそめている。


「むー、そんなダンジョンありませんよ? それに第一、そんなダンジョンでどうやってオドを集めるんですか?」

「ローリスクローリターンなダンジョンなら大勢の人間がやってくるだろ。その中から適当に間引きばいい」

「結局はカモにするんじゃ、やっぱり危険だって事で、人が入らなくなりません?」

「同じ期間で、同じ一人の死亡者だとしてもだ。十人にしか入ってないダンジョンと、千人入ったダンジョンじゃ受け止められ方は全く違うよ。

 前者ならば危険なダンジョンだと判断するだろうけど、後者なら死んだ奴の事は『運が悪いマヌケな奴だ。俺はそんなことは無いから大丈夫だ』って根拠のない判断を下す奴が多くなる」

「うーん。そう上手くいくものでしょうか?

 この世界ではダンジョンといえば有数の危険地帯ということで有名です。そんなに人が集まるとは思えないんですけど……」


 首を傾げるリーチェに、俺もだんだんと自信がなくなってきた。


「まあ、その事は先の話だな。今は街全体にダンジョン領域を広げる事が優先だし、時間も掛かる。

 その考えを実現するにも問題がいくつかある。ダンジョンが有数の危険地帯って有名な事もその一つだな。

 いずれはやらなきゃならないが、それまでに問題解決のためのアイデアを捻り出さないとな……」

「いずれはやらなきゃならないって、どいうことです?」


 不思議な事を聞く。やらないとリーチェが最も苦労することになるのだが……。そこまで考えて俺は声を上げた。


「あ、ひょっとしてリーチェは今作ってるダンジョンの問題点に気がついてなかったのか?」

「え? 問題ですか? 他に類を見ないダンジョン形式ですけど、それが問題と言えば問題ですね」


 だめだ気がついてない。


「言ってる事は間違ってないんだが、ソレじゃない。今作ってるダンジョンはオドをかき集める事に特化しているといっても過言じゃない」

「それ以外の機能ってありましたっけ?」


 からかうように笑うリーチェに軽い頭痛を覚える。お前が笑っている余裕はどこにもない話題なのだか。


「言い直す。今作ってるダンジョンはオドをかき集める事に特化している。

 逆に言えば、オドをかき集める事以外は、何の役にも立たないダンジョンってことだ」


「あ!」

「ようやく気がついたか。ダンジョンのもう一つの役割であるマナの濃度分散化には、何の役にもたたないって事だ」

「だ、ダメじゃないですか!? 私の仕事が激増しかねないじゃないですか!?」

「だからいずれはやらなきゃならないんだ」


「い、今すぐマナの濃度分散化機能をつけましょうよ!」

「今すぐは無理だ」

「何で?!」

「なぜなら、マナの濃度分散化機能はモンスターの自動生成機能と完全にリンクしてるからだ。

 今、マナの濃度分散化機能を起動させたら、街中にモンスターが出現することになる」

「――!」


 リーチェは驚きのあまり声がでない。天使でも顔色を蒼白にすることは出来るのだなと的外れな感想を抱く。


「まあ、落ち着けよ。今すぐどうこうなる問題じゃない」

「な、なんでユウさんはそんなに落ち着いてるんですか!?」

「そりゃ、前任者が優秀だったからな」

「え?」

 

 意外な言葉を聞いた様子でリーチェはほおける。


「おいおい、リーチェも言ってただろ。前任者は優秀な人だと。

 おそらく、と言うか確実にオドの収集よりも、周辺地域のマナの濃度分散に重点をおいてダンジョンを作っていたんだろうな。時系列ごとにマナ濃度を見ればわかるが、見事に偏りがない。しかもこの地域で天使がマナ対策に出動したのは他の地域に比べたらかなり少ない」


 モンスターの自動生成機能とは、周辺地域のマナ濃度の高い場所からダンジョンへとマナを引き込み、そのマナを外殻にモンスターを作り上げる。

 結果ダンジョンの周辺はマナの濃度分布に偏りがなくなっていく。しかしマナは一つの場所に集まりやすい性質をもっている。それをダンジョンの調整でここまで偏りを無くすのは見事としかいいようがない。


 慌てた様子でリーチェは情報ウインドウを開く。そして、その情報を確認したのだろう。呆然とつぶやく。


「本当だ。こんなに手入れしないでも大丈夫な地域があるなんて……。私がマナ石作りデスマーチをしていた地域と全然違う……。あの苦労はいったい……?」

「あー、リーチェ? だからしばらくは問題は出ないと思うぞ」

「あ、でも、出来るだけ早くにマナの濃度分散化機能を起動出来るようにしたほうがいいと思いますけど」


 リーチェは不安げだ。マナ災害対策の為に慌てて創りだされた種族だけに、天使はマナ災害が起きかねない事に対して不安を懐きやすい。

 それでも俺は首をふる。しっかりと理を説けば納得し、不安も解消される。


「俺はそうは思わないな。前任者のおかげでマナ濃度は今は偏ってはない。

 幸いと言って良いかはわからないが、今のダンジョンはモンスターを作ってないからこそ、周囲のマナに与える影響は最小限だ。

 けど今、慌ててモンスターの自動生成機能を動かせるようにしたら、その影響は必ず大きくなる

 下手をしたら今の安定したマナ濃度を不安定なものにしかねない」


 街中に被害が出ないようにモンスターの自動生成機能を動かす為には、モンスターを閉じ込める地下の閉じた空間が必要になるだろう。しかし、その空間を作るためには地形変形機能を使わざるを得ない。地形変形機能も周囲からマナを収集することで機能しているのだ。そうすれば確実に周囲のマナの流れが大きく変化してしまう。


「それより、大量のオドを集められるシステムを作り上げてからの方がいい。

 大量のオドで大量のマナを一気消せるなら、その方がマナ災害が起きる可能性は低くなる。


 ダンジョンのマナの濃度分散化はあくまで補助的なものに過ぎないんだからな。

 ただ、無いよりあった方がリーチェは楽になる。だからいずれはやらなきゃならないって言ってるんだ」


「なるほど、私のためですか……」

「俺の仕事でもあるんだがな」

 

 そこは勘違いしてはいけない所だ。マナ対策は天使が主体となって行っている仕事ではあるが、ダンジョン・マスターにとっても仕事の一つである。ダンジョン・マスターはオドを集める事が主な仕事であるが、それはマナ対策のための仕事であることを忘れる気はない。

 リーチェは聞いた様子もなく、情報ウインドウの操作を続けている。どうやら、モンスターの自動生成機能を動かせるようにする時期を、今すぐか、それとも王都の全域をダンジョンへと変えた後の方がいいかを検討しているようだ。


「わかりました。自動生成機能の動かすのは後回しにしましょう」


 納得し落ち着いた様子でリーチェは同意した。そして、彼女は小首を傾げる。


「にしてもなんで、神さまはユウさんをこの地域の担当にしたのでしょう? すぐになんとかしないとマズイと言われるような場所ではないと思うのですが……」

「それは多分だが、前任者のダンジョンには大量のモンスターが居るせいだろうな」

「モンスターがですか?」


「ああ、今の俺の権限だと、前任者のダンジョンの情報は見られないから憶測にしかならないんだが……。


 天使の出動回数が少ない地域にもかかわらず、あの程度のマナ濃度はおかしい。

 なら、前任者はあふれるマナをモンスターという形で、ダンジョンの中で大量に保管している可能性がある。

 つまり、天使でいうところのマナ石生産の代わりに、モンスターを大量生成して、マナ処理を後回しにしてるだけの可能性だな」


 モンスターの身体がマナによって作られている為に可能な、ダンジョン・マスターの裏技だ。


 どうにも、部屋を片付けられない人が押入れの中に、物を押し込んでいる様子が思い浮かんだ。

 いや、ある程度は仕方ないのだ。なにせマナというのはあまりに多すぎる。そんな手法を取ってでも処理しないとそれこそマナ災害が起きる。


「モンスターの状態に保持されてるならいいがな。何らかの要因でダンジョン内のモンスターが全滅したら、あっという間にマナが溢れかえって、マナ災害に一直線だ。なにせマナ石とは違ってモンスターは安全なインベントリに保管できない」

「直ぐに確認してみます!」

 

 リーチェは情報ウインドウを慌てて操作をする。対して俺は落ち着いてカップを傾けた。

 俺が慌ててもどうにもならないし、今の俺には何もできる事がないからだ。

 それにそもそも、ハイリスクハイリターンのダンジョンに存在する大量のモンスターが、マナ災害を引き起こすほどの量、殺害されるなんてとんでもなく低い確率だ。

 

「うわ、何ですかこのモンスターの数」


 どうやら俺の憶測はあたったようだ。


「なら神さまがこの地域の担当に、新しいダンジョン・マスターを作るもの当然だな。俺は今は新米って事で手出しはできないけど、いずれはそのモンスター達も管理しろって事だろ。

 今は別のダンジョン・マスターが管理してるんだろう? なら、俺たちが心配しなくとも何の問題もない」


 ただ後々、大量のモンスターの管理という面倒な仕事が待ち受けていると思うと憂鬱になってくる。新米卒業がいつになるかはわからないが、それまでは、じっくりと俺らしいダンジョンを作っていくしかないか。


「管理してるのはダンジョン・マスターじゃなくて天使の一人ですよ?」

「――はあ?」


 ありえない事を聞いたような気がした。驚いた俺にリーチェも驚いたように目をぱちくりとさせる。


「どうしました?」

「天使が、一人でダンジョンを管理してるのか?」

「ええ。私の知り合いの天使ですけど……。生まれたばかりのダンジョン・マスターに危険なダンジョンは任せられないって」

「いやそれはいいんだが。ダンジョンって天使に管理できるものなのか?」

「できると思いますけど?」


「どうやって?」

「え?」


「ダンジョン・コアはダンジョン・マスター以外には操作できない代物だぞ?」

「いや、でも。ユウさんのダンジョンでは、私もダンジョン領域を見ることはできましたよ?」

「あれは俺がリーチェにも見せてやったから、見る事ができたんだ。リーチェじゃ操作はできない。

 それにダンジョン・マスター以外にコアを操作できるようにするなんて不可能だぞ?

 そもそも、天使がコアの制作と操作ができるなら、ダンジョン・マスターなんて全く新しい種族を作る必要なんて無いだろう?」

「え、じゃあ……。前任者のダンジョンは今は……完全放置状態?」

「だろうな……」

 

 俺とリーチェの間に重苦しい沈黙が訪れる。


「完全放置状態でも前任者の功績があるから、しばらくの間はマナ災害が起きるようなマナの集中は無いだろうが……」

「そ、そうですよね!」


 わずかな希望に、リーチェは明るい声を挙げる。


「けど突発的な事態が起きたら、あっという間に手遅れになる」

「た、たとえば?」

「例えば、モンスターが大量に集められた部屋で、こぜり合いがエスカレートして殺し合いになった場合だな。

 ダンジョン・マスターが管理してるなら、すぐに察知が出来るし、命令一つであっという間に鎮静化できる。

 けど管理されてないなら、モンスターは本能のままに血に酔って、殺し尽くすまで止まらない」


 その結果として残るのは大量のマナだ。


「……」


 リーチェの顔色は悪い。俺の顔色も同様だろう。


「殺し合いじゃなくても、集団暴走を起こしてダンジョンの外へと逃げ出す可能性もあるな。周辺の村や街は全滅は必至だ」

「や、ヤバイじゃないですかそれっ?!」


「管理できてないダンジョンなんて危険物に決まってるだろ。

 とりあえず、その知り合いにすぐに連絡を取れ! ダンジョンを管理できてるかの確認はしないとマズすぎる!」

「わかりました! もう! 何やってんのよエレナは! これで管理出来てないって言ったら、ただじゃ置かないんだからね!」


 叫びながらリーチェは情報ウインドウから、その相手に遠距離通話を試みる。天界の者の間で使われる、電話代わりだ。

 俺はカップに残ったワインを口の中に流し込む。せっかくの美味いワインを楽しむ時間が台無しだと、俺は思った。



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